第二話 人と人との狭間で その八
それからエミリアは寝間着から外出用のドレスに着替えさせられ、髪を整えられ、化粧を施され、たっぷり時間をかけて念入りに身支度を整えさせられた。泣くわ喚くわ暴れるわのエミリアであったから、侍女達の苦労も並ではなく、予定よりも更に時間がかかってしまったが、その甲斐報われて一時間後には美の女神フレイヤの涙と呼ばれるに相応しい美少女エミリアが出来上がっていた。
それはシェリルも納得の出来栄えで、
「これなら、陛下も満足なさるでしょう」
そう言ってその姿を満足げに見つめた。
そして、早速嫌がるエミリアを無理やり馬車に押し込むと、王宮へと向かって出発したのだった。
馬車の中で、エミリアは相変わらずぐずぐずと泣いていた。もうここまできたらどうあがいても逃れられないのに、いい加減腹を決めて大人しくして欲しいのに、大事な時を前にしていつまでもこんな状態の我が娘、それが不甲斐なく、また腹立たしく、
「泣くんじゃありません、化粧が崩れます」
シェリルはそう言って厳しくエミリアをたしなめた。
だがエミリアは、そんなシェリルをまるでわざと困らせるかのよう、更に大きくすすり上げてさめざめと涙を流してゆくのだった。
やがて馬車は王宮へと到着し、許可を得て開かれた門を通ってその中へと入っていった。そして城の中に入ると侍従に取次ぎを願い、王を待つべく謁見の間へと向かってゆく。
王の思い人であり、そうでありながら突然姿を消してしまったエミリア。そんな彼女はすっかりこの都では有名になってしまっており、その不意の出現にすれ違う人達は皆好奇の眼差しを投げかけていった。それを受けながら案内されるがままヴェルノとシェリルは王宮の奥へと歩を進めてゆくと、到着した謁見の間で、まだぐずって鼻をすすっているエミリアを傍らに暫し王を待った。すると、
「王のおなりです」
侍従の言葉とほぼ時を同じくして、一人の壮年の男性が、興奮の為か頬を紅潮させて、慌しく部屋へ入ってきた。着ている服は寝間着で、いつもはきっちり整えられている金髪がおろされ自然な流れになっているところから、恐らくもう休んでいて、起こされたのをすぐやってきたのだろうことが窺える。
これが国王だった。
もうすぐ五十に手が届こうという歳であったはずだが、どこから見ても四十そこそこぐらいにしか見えず、この年齢にして若々しさすら感じられるその容貌は、数々の浮名を流すに相応しい中々の色男ぶりを示していた。
「陛下、こんな夜分遅くに申し訳ございません」
時はもう深夜、追い返されても文句は言えないこの時間帯の訪問に、ヴェルノとシェリルは恐縮して深深と頭を下げる。だが、王はその無礼を全く気にする様子も無く、いや、普通だったら気分を害しているところなのだろうが、それを打ち消すほどの朗報に、機嫌上々の笑みを浮かべていた。
「いい、それより、エミリアが見つかったそうだな」
「はい」
再び深深と頭を垂れ、ヴェルノが傍らのエミリアを指し示す。それに王は目を細め、愛おしげにエミリアを見た。そこにはどこか好色の光が見え隠れしているような気がして、更に王にまつわる噂も相まって、エミリアの体に緊張が走ってゆくのがわかった。
「皆心配していたぞ。大事無いか」
「へ……陛下……私……」
怖気を抑えながら、エミリアは自分の意志を伝えようと、恐る恐る言葉を口にしようとした。申し訳ございませんが、この話、受けるつもりはございません、と。すると、不穏な言葉が続きそうな気配を察したのか、素早くヴェルノとシェリルが、エミリアの口をその手で塞いだ。
「早く陛下にこのことをお伝えしたく、参上仕った次第です。エミリアも陛下に会えることを大層楽しみにしておりました」
「そうか、そうか」
シェリルの言葉に王は相貌を更に崩す。
それから両親は、エミリアが姿を消したことを謝罪し、いかに彼女がこの結婚を望んでいるかを白々しいようなおべっかを交えながら、王に向かって切々と語っていった。
それに王もまんざらじゃない様子で相槌を打っている。
思ったことを口に出すことすら許されず、自分の意思とは無関係に、どうやら物事はとんとんと進められてゆくようであった。それにエミリアはもう自分には逃げる道は無いのかと絶望しながら、あそこでティアと出会って家に戻ってきたことを後悔していた。
全く自分は師に何も告げることなく、置き去りにするような真似をしてしまったのだ。そしてそれが結局こういう事態を招き……。