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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第二話 人と人との狭間で その七

 その後、この一件は何もなかったかのように片付けられ、久々の再会を味わう為の団欒も吹っ飛ばし、今日は疲れただろうからと就寝につくことをエミリアは勧められた。寝るには少し早かったが、確かに色々あって疲れを感じていたエミリアだったから、勧められるままに身支度を整え、ベッドへと横になった。だが……。


 眠れない!


 体は疲れているというのに、頭が冴え渡ってしまって、横になっても中々眠気というものが襲ってこなかったのだった。激動の一日の為か、ふかふかすぎる布団がいけないのか、ベッドの中を右に左にごろごろ寝返りを打ちながら、エミリアは暗闇の中で一人苦戦を強いられていた。

 

 そしてなお悪いことに、おなかまでがきゅるきゅると鳴り出して……おなかが空いて鳴っている訳ではない、どうやら下りそうな気配なのだ。

 

 久々にいいもの食べたからかな、なんかお腹の調子が……。

 

 あまり上手いとは言えない自分の手料理に慣らされたこの三ヶ月間、突然一流の食材を使った一流の料理を口にして、更にここぞとばかりに食べまくってしまったのだから、お腹がびっくりしてしまっても不思議ではないかもしれない。その結果か、どこか不穏な様子をみせるお腹。それはきゅるきゅる音を立てながら更に下腹部の痛みまでもが伴ってきて、そして段々とその痛みは増し……。

 

 もう、我慢できない!


 到頭エミリアはトイレへ駆け込んでいった。


   ※  ※  ※


 ああスッキリ。

 

 そして数分後、漸く苦痛から解放され、晴れ晴れとした表情を浮かべてエミリアはトイレから出てくると、今度こそ熟睡してやるわと、足取り軽やかに自分の部屋へと戻り始めた。すると、階段を上るべく玄関ホールを横切った時、行きはお腹の苦しみの為気づかなかったのだろう、廊下の奥の部屋の明かりが灯されていて、それが外の方にまで零れて床を照らしているのが目に入った。


 明かりの漏れるその場所は食堂で、まだ誰かが食事でも取っているのかと、興味を引かれて様子を窺うべく、エミリアは誘われるまま光の方へ歩を進めていった。すると、そこからはなにやら話し声のようなものがぼそぼそと響いてきており……。

 

 どうやらその声からそこにいるのは母シェリルと父ヴェルノであるようだった。どちらかといえば眠るには少し早いこの時間、二人が起きていても何も不思議なことではない。だが、二人の声はまるで密談でもするように潜めた聞き取りづらいもので、余計何を話しているのかが気になって、エミリアは扉口へと更に近づいていった。すると、


「あなた、一体どうしたらいいんでしょう」


 困り果てたような表情でシェリルがため息と共にそう漏らす。


「確かにエミリアが戻ったのは嬉しいことだ。だが、これをこのまま隠しておくことも出来まい。かといって、公表してそのままで済むとも……」


「陛下はまだ、諦めてませんものね……」


 肩にかかる、あまりにも大きすぎる問題を持て余すよう、そこで二人は大きなため息をつく。そして、訪れた沈黙にやがて気まずさまでもが加わり始めると、それを打ち破ろうとしてか、シェリルは「何か方法は……」とヴェルノに答えを求めた。


 それにヴェルノは渋々ながらも到頭決意を固めたよう一つ頷くと、


「やはり、エミリアに我慢してもらうしか……」


「ええ、そうですわね。陛下の不興を買うわけには行きませんもの。我が一族の繁栄の為にも」


 それにエミリアは耳を疑った。信じられない思いを胸に、走馬灯のように今日の出来事が脳裏に蘇る。そう、自分との再会に滂沱の涙を流した母の姿を。結婚の心配はしなくてもいいと、目を赤く染めながら真摯な眼差しで訴えてきた母の姿を。それに心打たれ、自分はこんなにも皆に心配をかけていたのだと、そう思ってエミリアは家に戻ることを決意したのだ。なのに、なのに、それは全て偽りだったということなのだろうか?


 エミリアは動揺に一歩足を後ろに下がらせた。


 いやいや、違う。きっと偽りではなかったのだろう、その時は。だが時間が経ち落ち着いて物事が見られるようになって、感情的な心に理性が戻った時、考え方が変わってしまったに違いない。エミリアの心よりも、やっぱり一族が大事、と。


 だが、どちらにせよ裏切られたことに違いはなかった。エミリアはたとえようもない衝撃を胸に、どうするべきか惑って更に一、二歩後退りした。そう、何も聞いてなかったことにして部屋に戻った方がいいのだろうか、それともここで両親を問い詰めた方がいいのだろうか、と。だが、何も聞いてなかったことにして部屋へ戻る、という方法は、すぐに断たれてしまった。何故なら、扉口の人の気配に気づいたのか、突如はっとして二人が後ろを振り返ってきたのだから。二人の目に入るのは、信じられないような顔をしてわなわなと体を震わせるエミリアの姿。


「今の話……本当ですか?……」


「エミリア……違うの、これはね……」


 言い訳をしてこようとするシェリルだったが、話をしっかり聞いてしまったエミリアにとって、それはただ白々しいだけだった。


「お願い……お願いです、お父様、お母様。私をお城にやらないで下さい……」


 何とか気持ちを変えてもらうべく、エミリアはそう懇願する。すると、どうやら全てを悟ってしまっているらしい彼女に、悪戯に誤魔化すのは逆効果になると感じたのか、シェリルは表情を真剣なものに変えると、


「エミリア、これはね。あなたにとってとってもよいお話なのよ」


 今度は言い聞かせるようにそう言ってきた。


「嫌です、私。お父様、お母様、結婚なんて私嫌です」


 だが、そこにあるのは冷たさすら感じられる父の、母の眼差しであった。それにエミリアは背中に怖気が走るのを感じると、到頭堪え切れないよう、その場から逃れるべく身をひるがえし駆け出した。


 するとそれを見て、逃してなるものかとシェリルが卓の上に乗っているベルを素早く手に取る。そして左右に振って思いっきりそれを鳴らし、


「エミリアを、エミリアをつかまえなさい!」


 シェリルの、使用人達に向けた大号令があたりに響き渡った。すると、一体どこに控えていたのだろうか、侍女や女中、料理人から御者、執事、挙句の果てには庭師まで、これでもかというほどの人数の使用人たちがわらわらと出てきて、エミリアの行く手を遮り、捕まえようとしてくるのだった。


「お願い、離して。そこを通して! 私は結婚なんてしたくないの! お城へやらないで!」


「お嬢様、すみません!」


「奥様の命令です!」


「観念してください!」


「伯爵家の為です!」 


 だがその叫び空しく、右から左から次々に伸びてくる幾人もの腕によって、エミリアは捕らえられ、羽交い絞めにされ、部屋へと閉じ込めるべく、ずるずる廊下を引きずられていってしまうのだった。


   ※  ※  ※


 もがきながら、叫びながら、廊下を引きずられてゆくエミリア。そんな光景を、屋敷の窓の外から見ている者がいた。そう、あのスズメである。スズメはその尋常ではない騒ぎに、何か大変なことがエミリアに起こっていることを察した。


 そしてスズメは飛び立った。これ以上はないくらいのスピードで、必死で翼を羽ばたかせて。この状態を何とかしなければと、とある場所へと向かって……。

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