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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第二話 人と人との狭間で その三

 それからエミリアは「クロンヌドール」の場所と交換に、フリルつきドレスの購入権を手に入れ、ご満悦の状態にあった。


 魔法使いはこれ以上エミリアのおねだり攻撃にさらされては叶わないとでも思ったのか、その後早々と眠りに入って……いや多分目を瞑っているだけなのだろうが……いる。

 

 だが、それだけでもエミリアは大満足だった。フリルつきドレスにわくわく感は更に増し、だがにやつく顔を何とか抑えて、再び空想を膨らませてゆく。ああいう態度ではあるが、もしかしたらその場になればもっと譲歩してくれるかもしれないと、あらぬ期待まで抱いて。


 だが王都までの道程は長かった。

 

 心地よい揺れに身を任せていると、次第に睡魔が襲ってくる。そして誘われる眠気にうつらうつらし、煮込み料理に、炭火焼お肉に、家庭料理、何となくいい夢に抱かれているような心持ちを味わっていると……。


「降りるぞ」


 魔法使いの声が突然エミリアの頭上に降ってきた。それにエミリアははっとして目を覚ますと、既に魔法使いは立ち上がっており、ここが目的の場所であることを告げていた。どうやら眠っている間、馬車はいくつもの駅を過ぎており、いつの間にか目的の駅まで到着していたらしい。それを見て慌ててエミリアは眠気を覚ますと、立ち上がって魔法使いの後に続いて馬車を降りる。すると、降りた先には久し振りといえる街の喧騒が広がっており、エミリアの頭もすっきり覚めさせるような心地よい刺激が入り込んできた。


 さて、これからどんなお店を回ろうか、いやその前にお昼ご飯だろうかと、先程巡らせた計画が再び頭に蘇って胸を躍らす。だが、


「私は私の買い物がある、夕方の五時にここに集合だ。遅れるなよ」


 そんなエミリアのささやかな幸せをぶち壊すよう、そう言って幾ばくかの、だがフリル付きドレスはなんとか買えそうなお金をエミリアに渡し、魔法使いは背を向けさっさと自分の用事を済ませるべくその場から去っていってしまったのだった。


「ちょ、ちょっと……お師匠様~!」


 私の買い物は、お昼ご飯はどうなるのですか。せっかく王都まで来たのに、一人寂しく過ごすことになるのですか……。


 そんな気持ちを込めてエミリアは魔法使いの背に声をかけるが、それは空しく弾き返され、まるで何も聞こえないかのようにその姿を小さくしてゆくのだった。否応なしに一人残されるエミリア。楽しみだったお出かけも、これでは大分味気ないものになってしまうではないか。だが置いていかれてしまったものは仕方がない、エミリアは一人で買い物することを心に決めると、一体ここはどこだろうと周囲を見回した。


 すると、そこには見慣れた、馴染みのある店が立ち並んでおり……。


「ア……アディントン四番街!」


 そう、ここは高級店が並ぶ上流階級御用達の商店街であった。伯爵令嬢エミリアとしてこの王都に住んでいた時、よくお世話になっていた場所であったのである。


 こんな所で降ろされては、知り合いに会う可能性が大ではないか。エミリアは背筋に冷たい汗が流れるのを感じると、今にもすぐそこを顔見知りが通るのではないかという危機感に陥り、慌ててうつむき髪で顔を隠した。そうする方がよっぽど不自然であったのだが、「あ、エミリアだ」と指差される恐れの方が大きく、自分の存在を気づかれないようにすることで頭がいっぱいになっていた。何となく周囲の注目を浴びているような気もしつつ、だが自分では隠れているようなつもりになりながら、顔をうつむけてこの通りから一刻も早く立ち去ろうとする。遮る髪の毛に前も横も分からないまま、ただ地面だけを見て歩を進めて行くと、


 ドン!


 案の定、何かにぶつかった。恐らく道を歩いている人にでもぶつかったのだろう。


「す……すみません!」


 そう謝って、慌ててエミリアは顔を上げると、そこには、


「お嬢様……」


「ティア……」


 小柄で、どこか人のよさそうな顔立ちをしていて、愛嬌のある少女、そう侍女のティアが立っていたのであった。最も会いたくなかった人物との不意の遭遇に、エミリアは時が止まったように硬直し、驚きのため声も出せずにただ呆然としていた。


「お嬢様、ああ、お嬢様なんですね! ご無事だったのですね! 良かった、本当に夢のようです。さあ、奥様のところへ参りましょう。それはそれは心配していらしたのですから!」


 ここであったが百年目、絶対逃してなるものかとでもいうように、ティアはエミリアの腕をがっしりつかみ、目の前にある高級帽子店へ引きずっていこうとしていた。どうやらその中に母が居るらしい。恐らくティアを供に買い物に出てきていて、今は品定めの途中なのであろう、そしてティアはその間外で待っていた、ということに違いない。


「いや、あの、私……」


 エミリアは何とかこの場から逃れようとするが、振り切ろうにも思った以上の力でティアががっちり腕を握っており、抵抗することすらできなかった。この小さい体のどこにそんな力があるのだろうと不思議に思いながら、だがそうこうしているうちにエミリアは到頭帽子店の中へ引きずり込まれてしまい、 


「奥様! 奥様!」


 店の中では、エミリアの母シェリルが顔を覆うベールのついたつば広の帽子をかぶって、右を向いたり左を向いたりしながら鏡の前でその姿を確認していた。だが、不意にかけられたはしたないともいえる大きな呼び声に、


「何ですか、ティア。大きな声を上げて」


 そう言いながらシェリルは何事かとそちらの方を振り返る。すると目に入ってきたのは、まるで天から金貨でも降ってきたかのような明るい表情を見せるティアであり、その腕には何かが抱えられて……何かが……。


「エミリア……」


 必死で顔を隠して逃れようともがいているが、ティアに腕をつかまれているその者は、紛れもなく我が娘エミリアであった。突然姿を消し、探しても探しても見つからなかったあのエミリア。国王との結婚話が良くなかったのか、それとも何か他の事件にでも巻き込まれたのか、どちらにしても自分達の行いがこういう結果を生み出してしまったに違いないと、悔やんでも悔やみきれない気持ちでいたシェリルであった。なぜもっと娘の気持ちになって、よく話を聞いてやれなかったのかと、罪の重さに辛い日々を送り……。だが今、その罪が許されたかのように、エミリアが目の前に現れている。もう駄目かと諦めかけていたあのエミリアが……。


 シェリルは思わず目から涙を零しながらエミリアの側に寄ると、その頬に手をあて、しっかりと確認するようその顔を見つめた。


 確かにエミリアに間違いない。


「エミリア、一体今までどうしていたの。こんなにすすけてしまって……」


 エミリアが着ているドレスは三カ月前と同じものであり、裾が破れているだけでなくどこかくたびれてしまっていた。見事な巻き毛も手入れを怠っていた為か、すっかりつやがなくなっており、全く化粧っけのない顔には疲労の色が露になっていた……爪の先まで身なりに気を使うシェリルから見たら、確かにすすけていると言われても仕方がないような状態になっていたのである。


 すすけている……そうか、自分はすすけてしまっていたのか。


 シェリルの言葉に時の流れというものを感じ、それに気づきもしなかった自分に何となく寂しいような気持ちになりながら、エミリアはおずおず母の眼差しを受け取ると、


「お母様……」


 何とか逃げることばかり考えていたエミリアであった。だが、あの気位の高い母が涙を流す、そんな姿を前にして、エミリアの胸は罪悪感で満たされていた。


 自分の勝手から起こした行動が、こんなにも母親に心配をかけていたのだ。結婚したくないという、そんな個人的な理由で。周囲にかけただろう多大なる迷惑に、心が痛むのを感じてエミリアは抵抗を止めると、母親の手を受け入れて思わず一緒に涙を浮かべた。


「心配しないでください、酷い目に遭っていた訳ではないですから」


 曖昧な言葉であったが、それにシェリルは今あまり問い詰めるのは良くないと判断したのだろう、納得したように何度も頷いてエミリアの手を取った。


「勿論、戻ってきてくれるんでしょ」


 だが、それには流石にエミリアも戸惑って、思わずうつむいてしまった。そしてうつむいたまま、


「結婚は……」


「心配しないで、あなたの気持ちは十分分かりましたから」


 国王との結婚を嫌がって家を出たということは、ランバートから聞いていたシェリルだった。なので、何とかエミリアを安心させよう、家に戻ってきてもらおうと、シェリルはそう真摯に訴えた。


 それにエミリアの心は揺れた。戻るべき場所は本来ならこの家なのである。自分の家族は父ヴェルノであり、母シェリルなのである。


 そう、あんなことさえなければ今でも伯爵令嬢として、ほほんと、何の疑いもなくあの家で過ごしていたはずなのであろうから。


 そして……。


 結婚の心配がないならばと、エミリアはコクリと頷いた。


 すると、切ない気持ちと共に、魔法使いの姿がエミリアの脳裏を過っていった。このまま何も言わず師の元を去ることになるのだろうか、決して短いとはいえない期間、住む場所を与えてくれ色々お世話になったというのに。だが、下手に巻き込む訳にもいかないのであった。魔法使いの存在が知れれば、彼をとんでもない立場に追い込むことにもなりかねないのだから。家族に、師に、二つの間で引き裂かれそうになりながら、罪悪感にエミリアの胸は痛んだ。だが元々魔法使いとは他人同士なのだ、何も無かったこととして忘れるのが一番なのだと言い聞かせ、エミリアは伯爵家へと戻る道を選んだ。

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