第十一話 心の旅路 その十九
それから始まっていったお茶会。だが、エミリアは完全に蚊帳の外だった。どうやら、ここにいる者達は皆仲がいいもの同士らしく……いや、本当にそうかは分からなかったが、日々、レヴィンの愛情を受けようと切磋琢磨しているのだろうから、同志ではあるのだろう、と……まぁ、そんな感じで、彼女達だけで会話が進んでいったのであった。時々エミリアに話が振られることもあるが、それは答えられないことだったり、嫌味だったりして、どうにもいたたまれない思いに追い込められてゆく彼女なのであった。すると、そんな雰囲気をレヴィンは察したようで、心配そうな眼差しをエミリアへと送ってくる。そう、今にもそちらに行きたい様子で、心配げな眼差しをエミリアへと送ってくる。だが……残念ながら、キース中将はどうにも彼を手放さないつもりであるようで……。そう、絶対席を立たせないとでもいうように、そのタイミングというタイミングを全て遮ってきて……。勿論、
お願い、助けて。誰か、助けて!
そう心で祈ってゆくエミリアがいることは流石にレヴィンも感じていたが……。
参ったな……。
思わずため息を吐いてゆくレヴィン。
だが、エミリアも分かっていた。彼の状況は十分過ぎる程に分かっていた。確かに、彼にすがりたい気持ちもない訳ではなかった。だが、これは自分で何とかせねばならないことであり、絶対甘えちゃいけないことであり……。なので、ひたすらぐっと我慢してゆくと、
「ねぇ、ねぇ、大丈夫? 顔色、悪いわよ」
隣に座っていた少女、モリンズ男爵令嬢、リリスがそう不意に問いかけてくる。するとそれに、エミリアは愛想笑いをして、
「いえ、大丈夫です。心配かけてごめんなさい……」
それは、明らかに強がりと分かる言葉。だがそれでも、エミリアがそう言うならと思ったのか、納得したよう頷いてゆくリリスで……。そして、
「もう、シンシアったら、ライバルが増えると、いっつもあんななのよ。気にしないで」
シンシア……このグループのリーダー格のようであった。気の強そうな眼差しに、止まらぬお喋りを口に乗せて、この会話を引っ張っていっている。そう、当然のことのように、レヴィンに媚を売りながら。エミリアに向かって、敵愾心を見せながら。更に、エミリアに話を振ってくるのも殆どが彼女で……。先程も言った通り、答えられないことや嫌味を。そして、それに周りが笑ってゆくのだった。それが当然と、皆笑ってゆくのだった。だが……。
エミリアの隣にいる彼女、リリスは少し様子が違うようだった。確かにグループの一員ではあったが、完全に彼女に迎合している訳ではないようで、親身な態度をエミリアへと向かって見せてくる。それに、エミリアは少しホッとしたような思いになると、
「いえ……誤解させるような行動を取ってしまったんですね……私。申し訳ないです……」
すると、それにリリスはにこっとエミリアに微笑んで、
「無理しなくってもいいのよ。殿下、素敵でしょ? そう思うのは自由。だって、そういう人なんだもの、ね」
あけっぴろげな言葉だった。その言葉にエミリアは少し驚くと、思わずクスリとした笑いを口元に零していってしまう。そして、確かにそうだと心に思いながら、その微笑みで、
「そうですね」
それに、思わずといったようお互い顔を見合わせ、そのまま笑い合っていってしまうエミリアとリリスだった。そう、何となく、心と心が通じ合ったような気持ちになりながら……。するとその時、
「ではみなさん! ここで少し一息ついてお遊びといきましょう! 目隠し鬼よ。そうね……シンシア! あなた鬼やりなさい」
不意に侯爵夫人のそんな声が響いてくる。
それは、間としては中々なもので、いいね! と、お互い顔を見合わせ、皆納得の頷きをし……否、勝手に鬼にされてしまったシンシア以外は皆納得の頷きをしてゆく。
そう、明るい雰囲気の皆だった。だがやはり、シンシアは一人得心いってないようで、プッと頬を膨らませ、不貞腐れた様子を皆に見せてきて……。まぁ、流石に和を乱す訳にはいかないとでも思ったのだろうか、すぐに諦め、
「はぁーい」
と、仕方のないような返事をしてゆくのであったが……。
※ ※ ※
それから女性陣は、席を離れ、皆で目隠し鬼に参加することになっていった。男性二人は、席に座ったまま、高みの見物である。
そんな彼女達にかけられる声は、
「楽しんできて!」
レヴィンのそれに、ニコニコと微笑みながら、芝生の庭へと移動してゆく女性陣。そして最初になされたのは、従僕に、大判の手拭いを用意させることだった。そう、用意させて、侯爵夫人は手拭いを受け取り、その手拭いを棒状に折りたたんで、「それでは早速!」と、シンシアの目を隠してゆく。すると途端に、女性達のからかうような声が、シンシアへと向かってかけられていって……。
それを、唯ひたすら黙って見つめるリリス、だが、隣にいたエミリアに、不意に、
「ねぇ、私、こういうの苦手。始まったら、逃げてしまわない?」
そんな言葉をかけてくる。それに、
「え?」
リリスのその言葉に、思わず驚くエミリア。困ったように、「ええ、まぁ……」と、言葉を濁していると、
「決まり。じゃあ、始まったら走るわよ」
邪気のない声でそう言って笑ってくる。
それに、エミリアもにっこり笑ってゆくと、一瞬、そう、一瞬だけ、何か裏が……なんて邪念が走っていってしまう。そうそれは、今までの過程からの、疑心暗鬼。だが、リリスのその邪気のない笑顔を見つめていると、やっぱりそうは思えず、
馬鹿ね……。
と、つい自分を反省してしまう。すると、
「行くわよー!」
シンシアの目隠しが終わった侯爵夫人が、不意に、そんな声をかけてくる。そして、目隠しをしたシンシアをその場でくるくる回しながら、「いーち、にー、さんー」と数え始めてきて……。それはしばし続き、やがて「じゅう!」という言葉が響くと、途端に周りにいた女子達が手を打ちながら彼女を導き、そして逃げてゆく。それを見てリリスは、
「さぁ、行きましょう!」
そう言ってエミリアの手を取り、今こそとその場から駆けだしていった。
駆けて駆けて、皆のいる場所から遠くに離れてゆく二人。その走りっぷりに、本当に大丈夫だろうかと流石に不安になるエミリアだったが、それでもリリスについてゆくと、
「?」
不意にリリスが足を止めた。何事かと思ってエミリアは顔を上げると、そこには、
「!」
この場には相応しくない、厳つい感じの男性が何人もいて……。そう、遠くの皆からは死角になるような場所に。
それは、どうにも隠れて待ち構えていたとしか思えない雰囲気。そう、何だか味方ではない空気を醸し出しながら。
何故、どうして?
ついそう思うエミリア。そして、もっとよく確かめるべくその者達を観察してゆくと……。一人は身分の高そうな衣服を着た中年の男性。そして、残りの五人程の人物も、それなりの服を身にまとっており……そう、ルシェフ風の服を。
この光景、どこかで見たような……。
突然目の前に現れたこの者達に、ズキリと頭が痛くなる思いになりながら、そう感じてゆくエミリア。すると、その男達の背後から、更に黒装束の引き締まった体つきの男性達が六名程、エミリア達に向かって詰め寄ってきて……そう、やはり味方ではない雰囲気で、そう、二人を襲おうかとでもいうように。それは、剣呑な眼差し。それに、リリスは危険を感じたようで、ブルブルと体を震わせると、
「あ……あなた方、何者です!」
それでも、何も答えずどんどん近づいてくる男達。そんな彼らに、二人は思わずおののいていると、
「う……」
ズキリとエミリアの頭が再び痛む。そして、脳裏にとある映像が不意に過っていって……。そう、この場面と似た既視感のある映像が。そう、曾てあった、迎賓館襲撃事件の映像が……。すると、蘇る、蘇る、過去の記憶。そして、その過去の記憶に現在がシンクロして、
この場を何とかしなければ!
何の考えもなしに、唯記憶に導かれるよう、エミリアは行動してゆく。そう、近場にある雑草を抜き、そして、それをその男達の目の前に差し出し。そんなエミリアが言う言葉は、
「ルシェフの皆さん、こっちです!」
それは、彼らの注目を自分に集めようとする行動。その行動により、皆が自分に集中するのを確認すると、エミリアは手の中の雑草を更に前に差し出しながら、
「ルシェフの皆さん、覚悟です!」
そう言って、呪文を唱え、知識を総動員して鮮やかに想像する。そう、勿論、あの熱帯雨林の巨大食虫植物を。そんなエミリアの心の中は、
巨大食虫植物よ、この、ルシェフの者達をみんな食べつくしてしまえ!
やはりあの時と同じ、攻撃的な気持ちで……。そう、全く不味いことに、攻めに攻めた超攻撃的な気持ちで……。
すると、途端にムクムクと大きくなるその雑草。しめたと思いエミリアはそれを放り出すと、それは……。
そう、しばしして、
「きゃー!!!!」
リリスの叫び声が辺りに響き渡ってゆくのであった。