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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第四章 そして、その時は始まった
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第十一話 心の旅路 その十八

「いいこと、もし何か思い出しそうになって、頭が痛くなったらこの薬を飲むんですよ」


 そして、お茶会当日。そこへ行く準備をするエミリアの隣で、シェリルが心配そうな顔をして、口すっぱくそう言葉を並べ立ててくる。


 そうそれは、もう何度も聞いた言葉。なので、もういい加減にしてくれ! とでもいいたい気分になるが、何とかそれを抑え、手を動かしながら、はい、はい、とどこか投げやりにエミリアは頷いてゆく。


 そして身支度を整え、髪も服も完璧に整えると、ちゃんとバックに薬も入れ、取り敢えず全ての準備は終了した。なのに、まだ忘れたことはないかと、本当に準備は完璧かと、相変わらずうだうだと頭を悩ませてゆくエミリアで……。とにかく気になって何度も何度も鏡の前に立ち、ひたすら確認をしてゆくエミリア。すると、シェリルの「早くしなさい!」の声が不意に聞こえてきて、慌ててエミリアはフランズカム侯爵邸へと向かうべく玄関へとゆく。お供はティア。二人並んで玄関の扉を開けてもらい外へ出ると、そこには既に馬車が待っていた。


 開けられた扉から、早速中に乗り込む二人。そして席に腰を落ち着けると、しばらくして馬車はゆっくり動き出していった。


 それは、フランズカム侯爵邸目指して走る二頭立ての馬車。その馬車の中にて二人は、ウキウキとした気分を胸に湧かせながら、楽しげに、絶え間なくおしゃべりに花を咲かせていった。そう、過ぎ行く時も忘れて、きゃっきゃと笑い声を上げながら。そしてそうこうしている内、あっという間に屋敷に到着し、車寄せへと着き……否、着かなかった。不意に止まった馬車に、一体どうしたのだろうとエミリアは窓から外を覗き見ると、どうやらエミリア達の馬車の前に他の者らしい馬車がいるようだった。そう、その馬車が車寄せに止まっていたのだ。なので、先客であるその馬車が行ってからエミリア達の馬車は車寄せに止まることになり、ようやくといったよう扉が開かれる。すると、そこで待ち構えていたのはこの屋敷の従僕。その者の手を借りて二人はそこから降りてゆくと、出迎えの者だろうこの家の執事らしき壮年の者と、彼と言葉を交わしている一人の身なりのいい青年の姿がエミリアの目に入ってきた。そしてその青年、背後の物音に気付いてか、ふとエミリアの方を振り返ってきて……。そう、それは……


「あ、あれっ、エミリアも招待されていたの?」


 そう、レヴィンだった。どうやら前の馬車は彼だったようで、エミリアの招待を知らなかったらしい彼は、その姿を認めて驚きの声を上げる。するとそれにエミリアは、


「はい!」


 ひたすら素直で明るい笑顔だった。そう、嬉しさを隠せないかのような。だが……。


 何となくレヴィンは嫌な予感がしていた。


 そう、何故ここに彼女がいるのか、どうしてここに呼ばれたのか、と。


 それは、どこか微妙な空気。だが、そんな二人に構わず、その執事らしき者は、


「ようこそ、フランズカム侯爵夫人主催ティーパーティーにいらっしゃいました。失礼ですが、あなた様は……」


 エミリアのことを知らないらしい彼が、そう彼女に聞いてくる。


 すると、それにエミリアはにっこり笑って招待状を差し出すと、


「エミリアです。エミリア=セルウィン」


「ああ、モントアーク伯爵のお嬢様ですね。承っております」


 執事らしき人物はそう言ってエミリアに一礼すると、「グスタフ!」、屋敷の従僕らしき者の名を大声で呼ぶ。すると、脇に控えていたその者らしき男性、グスタフがエミリア達の前にやってきて、早速二人にお辞儀をしてゆく。


 それを見て執事らしき人物は、


「お二人を中庭まで案内してください。お供の方は用意してある別室の方へ。くれぐれも、粗相のないように」


「かしこまりました」


 その言葉に、再び深々と頭を下げてゆく従僕らしき者。そう、中々にしっかりとした態度で。それは、どうやら執事らしき者にとって満足のいく対応だったようで、にっこり微笑みながらエミリア達へと向き直ると、


「それでは殿下、エミリア様、どうぞ、この者が案内いたしますので、その後をついていってください。もう何人か見えられておりますので」


 そう言って屋敷の中を手で指し示し、二人をそちらの方へと導いていった。


   ※ ※ ※


 それから二人は案内の従僕の後につき、屋敷の廊下を抜けてゆくと、居間らしき所にやってきた。そして、そこに備え付けられているサンルームから中庭へと出てゆくと、広々とした空間が早速二人を出迎えてくる。そう、それは芝の美しい庭、更にその隅には日よけの白いパラソルのついたテーブルがいくつか並べられており……。すると、そんな風景から二人の耳に響いてきたのは、そこの椅子に座り、楽しげな笑い声を上げながら言葉を交わしてゆく声。そう、既に何名かの者は来ていたようで……。そう、殆どが若い女性の。だが、その中に一人だけ三十代後半ぐらいの女性がおり、見守る母親のよう、その光景を微笑ましげな表情で見つめていた。そして、


「奥様」


 エミリア達についていた従僕がそう女性に声を掛けてゆく。するとそれに、「何?」という言葉と共にその女性が後ろを振り返ってきて……。それは、どこか品のある女性で、この雰囲気から……そう、どうやらフランズカム侯爵夫人であるらしいことが分かった。夫人はエミリア達の姿を見つけると、途端に表情を緩めてきて、


「まあまあ、殿下、エミリアさん、いらっしゃってくれたのね。また奇遇にもお二人一緒で。さあさ、もう皆揃っておりますから、お二人とも席に座ってくつろいでいってくださいませ。ああ、その前に皆さんに自己紹介ね」


 そう言って椅子から立ち上がり、恐らく席へと導く為だろう、優雅な所作で二人に向かってやってくる。そして、言葉の通り、侯爵夫人は早速自己紹介と最初にレヴィンを指し示してゆくと、


「こちらは、皆さんもよーくご存じですね。そう、我が国の王子、レヴィン殿下です」


 途端に、大きな拍手が響く。そしてそれに応えるよう、レヴィンは左手を右胸にあて、軽くお辞儀をしていって……。それを見て、満足げに微笑む侯爵夫人。そして、


「では次ね。そのお隣は、この方も有名ねぇ、知らない人はいないのではない? モントアーク伯爵令嬢のあの(・  ・)エミリアよ」


 悲しいことに、それはどこか、悪意が見え隠れする紹介の仕方だった。そう、あのを強調したり、有名ねぇ、と意味ありげに言ったり……。すると、侯爵夫人のその紹介に、辺りはクスクスとした笑いに包まれてゆく。そう、まるでエミリアを笑い者にするかのように。それは正直、エミリアにとってあまりにいたたまれない反応というものであって……。全く、これは舞踏会の二の舞か、楽しみも、それは脆くも崩れ去ってしまうのかと、またもやいたたまれない思いになってゆく……。だがそれでも、負けるもんかの気持ちで、頑張って最後まで形式通りの挨拶をしてゆくエミリアだった。そう、絶対負けるもんか、と。


 そうして二人が終わると、それからその他のご令嬢達が侯爵夫人によって紹介されていった。そう、ランドワース伯爵令嬢、シンシア、とか、エシャン侯爵令嬢、ルアナ、とか、マージョラム男爵令嬢、メーベル、とか……。


 皆、顔と名前は知っている良家のご令嬢達だった。そして更に、ここにいるご令嬢達は……。


 殿下の取り巻きの女性達……。


 もしかして場違いな所に来てしまったのかもしれないと、身が縮こまるような思いをするエミリア。なので、その心を隠しながら、エミリアは紹介が終わったのを見計らって、適当な席に着いてゆくと、


「あら、あと一人……まだ。えーと」


 といって、侯爵夫人は辺りを見回す。すると、どうやら目的の人物を見つけたようで、不意に、


「キース中将! 自己紹介がまだよ! こちらにいらして!」


 そう叫んでゆく。


 すると、お茶会の会場から少し離れた所、庭のかなり先の方に、皆を背にして立つ一人の男性の姿があった。どうやら、侯爵夫人はその男性に向かって叫んだようで、夫人の声に、思わずといったようその者が振り返ってくる。そしてそのまま、男性はコクリと頷くと、やがて皆の方へと戻ってきて……。それは、軍服を身に着けた、渋みのある男性。そう、その男性とは、


「はい、最後の一人、第一魔法師団長キース中将よ」


 侯爵夫人の紹介に、軽く礼をしてゆくキース中将。そして、その彼を目の前にしてエミリアは、


 あれ、どこかで見たことあるような……。


 そんな気持ちになっていた。そう、特に気にもせず、何となく。


 だが、一方のレヴィンは、


「!」


 思いっ切り胸に衝撃が走っていた。そう、あの魔法軍の将校、舞踏会で絡んできたあのキース中将がいたのだから。それに、


 何故、何故?


 レヴィンの嫌な予感は最高潮に達する。


 すると、侯爵夫人からの紹介を終えたキース中将、口元に笑みを浮かべながら、レヴィンの方へと寄ってくる。そして、どこか意味ありげな表情をし、


「いや、またお会いしましたね。まさか、こんな所で、とは」


 白々しくそんな言葉を放ってくる。それに、レヴィンは訝しげな表情をしながら、このお茶会には何か企みでもあるのか、無事終わることは出来るのだろうかと、不安な気持ちに思わず眉をひそめてゆく。すると、相変わらずの意味深顔でクツクツと笑うキース中将。レヴィンの顔を見つめながら、更に彼の不安を煽るかのよう、ニッと口角を上げてきて、


「今日は、もしかしたら面白いものが見られるかもしれませんよ……」


 そんなことを言ってゆくのであった。

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