第十一話 心の旅路 その十七
そうしてそれから何日かの日が過ぎた。舞踏会は激動に次ぐ激動、といった感じだったが、その後は特に何かが起きるというでもなく、平和に、淡々とエミリアは毎日を過ごしていった。するとそんな時……、
「お嬢様、お嬢様に郵便が届いてますよ。フランズカム侯爵夫人からですが……」
ティアがそんな言葉をかけてくる。
「フランズカム侯爵夫人?」
フランズカム侯爵夫人、中々に権勢を誇っている家ではあったが、モントアーク家にとって特に親しいという訳ではない人物だった。だが、その人物からの突然の郵便、一体なんだろうと、エミリアは疑問に首をかしげながらティアからそれを受け取る。そして、ペーパーナイフで封を開けると、中に入っていたカードを取り出し、
「十一月三日、フランズカム侯爵邸中庭にて、小さなお茶会を開きたいと思います。その招待のカードを送らせていただきましたので、ご出席のご検討どうぞよろしくお願いします……」
「まあ、お茶会のお誘いですね。素敵じゃないですか!」
まるで自分のことのように嬉しそうな顔をするティア。すると、それにエミリアはニコリと微笑みを返して、まだ更に続くカードの文章に目を走らせてゆく。
「えーと……エミリア嬢には是非参加していただきたいですわ。レヴィン殿下もいらっしゃる予定ですし、楽しいお茶会になると思います。いかがかしら?……」
恐らく、侯爵夫人直筆なのだろう、そんな手書きの文が案内の下に書かれていた。そして、そこから分かる重大事は、
「殿下もいらっしゃる……」
そう、レヴィンもくるお茶会だということだった。ならば勿論……、
「まぁ! 殿下もいらっしゃるんですね! これは絶対行った方がいいですよ!」
声を弾ませるティアにエミリアもコクリと頷く。そして、
「是非行きたいわ。でも……」
嬉しい筈の話なのに、不意に暗い表情をしてゆくエミリア。それにティアは訝しげな表情をすると、その表情のまま、
「でも……?」
それにエミリアはコクリと頷き、
「でも、その前にお母様とお父様に聞いてみないとね」
そう、記憶の無い自分、そんな自分がお茶会に行くことに、両親は許してくれるだろうか、と思って。大体あの舞踏会の時でさえ、両親は自分に気を使ってあちらこちら動き回ってくれていたのだ。言われなくても、それはひしひしと伝わってきた。なのに、今回はたった一人というのだから……。恐らく、両親は心配に思うだろう。外に出したくないとも思うだろう。なので、エミリアは困惑したよう、思わず眉をひそめてゆくと、
「そう、お父様とお母様が許してくれたら」
すると、それにティアは相変わらずの明るい表情で何度も頷くと、少し興奮気味に、
「そうですね、では早速聞きにいきましょう!」
気が早くも、そう言ってエミリアの手を取ってきて……。そして、早く早く、と更にはエミリアの心を煽ってもきて……。それは、正直焦ってしまうような煽りで、え、今? と困ってエミリアは一瞬行動の足を止める。当然といったよう、その口からも、
「今?」
まさしく今の心の中といった言葉が零れていって……。するとそれを聞いて、何度も何度も頷いてくるティア。そう、またもやの明るい表情と共に。そして、そこからエミリアは察してゆく。そう、どうやらもう逃げられないらしいことを。なので、とうとう観念してエミリアは心で覚悟を決めると、気持ちを切り替え、更なる急かしを受けながら、また引っ張られながら、ティアと共に両親の下へと向かってゆくのであった。
※ ※ ※
そして数分後、屋敷の居間にヴェルノとシェリルを呼び、早速エミリアはあのカードを二人に見せていった。するとそれに、
「これは……」
エミリアと同じく驚く二人。そして、辺りくまなく二人はカードを調べてゆくと、ちょっと戸惑ったような表情をしてそのまま顔を見合わせていって……。そう、招待されているのはエミリア一人、そこに彼女一人でやってもいいものかと、つい悩んで。できれば自分達もついていきたかった。だが……招待されてもいないのにくっついてゆくのはどうかという思いも、流石の二人にもあって……。そして、
「フランズカム侯爵夫人とは、あまり面識がないからなぁ……」
困ったようにつくづくそう言うヴェルノ。すると、それにシェリルは、
「でも、せっかくのお誘いですものねぇ。エミリアも家に閉じこもりっきりじゃ息も詰まるでしょうし……」
許したいが、でも……という思いをにじませながら、悩ましげにそう言葉を紡いでゆく。そう、やっぱり不安は不安、といったように。そして、それを示すかのよう、しばしああだこうだと言い合ってゆく両親。すると、そんな両親を目の前に、どう判断するかと、緊張と期待の目で見つめてゆくエミリアであって……。そう、今のところ、どっちつかずといった感じであったが……。
「まぁ確かに、殿下がいらっしゃるというのは、非情に心強いことだが……」
舞踏会での彼の態度、それは本当に素晴らしいものであった。そう、今思い返しても全く。なので、それにヴェルノは思わずといったよう表情を和らげてゆくと、それを見てエミリアも嬉しくなってゆき、心の中でうん、うんと何度も頷いてゆく。すると、
「そうね、殿下が一緒なら、大丈夫かもしれないわね」
シェリルも、それには賛成といったような言葉を吐いてゆく。
そう、これはいい兆候だった。なので、これを逃すかとエミリアは思わず、
「いいですか? いってもいいですか?」
身を乗り出して両親にそう尋ねる。勿論その眼差しは、期待満々といったもの。そう、行かせて、行かせて! を前面に出した。すると、それをひしひしと感じたのか、両親は仕方がないようコクリと頷くと、
「ああ、いってきなさい。いって楽しんできなさい。だけど、薬はちゃんと持っていくんだぞ」
とうとう出た了解の言葉。それにやった! とバンザイしたい思いになりながら、エミリアはティアと手を取って喜び、その幸福に思いっきり浸っていった。
そう、そこに待つもの、その裏にある黒い思惑にも全く気付きもせず……。そして、
その日も飲んだ振りして薬を外へと放り出していたエミリア、困ったことにそんな日々が何日も続いていって……そう、何日も、何日も、全く、そのままお茶会の日がやってくるまで。