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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第二話 人と人との狭間で その二

 それからエミリアは浮かれ気分で鼻歌なんぞ歌いながら、唯一の女物で自分の服、ここへ来た時に着ていたドレスへと腕を通していった。狼に噛まれて破れた裾が少し無残でもあったが、男物の服を着て出かけるよりも数十倍気分がいい、元の自分に戻ったような心地がして、エミリアは深窓の令嬢の如く……いや、実際深窓の令嬢なのだが、楚々とした仕草を鏡に決めると、階下へ降りていった。


 下の居間では、既に準備を終えた魔法使いが、苛立ちも露にエミリアを待っていた。


「遅い」


 男物の服から女物の服へ、エミリアの変化に頓着することもなく、一言そういい捨てる魔法使い。女性の身支度は時間がかかるもの、久し振りの外出にせっかく髪を整え、服を変えたのに、それを全く解さぬ魔法使いにエミリアは少し面白くない気分になりながら、ぷっと頬を膨らます。


「なーんだその顔は。何か言いたいことでもあるのか」


「別に何でもありませんよっ」


 言ってもきっと蜂の一刺しのような言葉が返ってくるか、右から左へ耳を素通りにされるかどちらかなのだろう。そう思うと言い返すのもばかばかしく、相手にするのを諦め、早速出かけるべく魔法使いの手によって開けられた玄関の扉を、エミリアはくぐって家の外へと出た。


 木立の緑がまぶしい深い森の中、徒で三十分程歩き、一番近い町まで行く。そしてそこの町にある駅から乗合馬車に乗って王都へと向かうのだ。片道二時間、歩きも入れれば合計二時間三十分の道程である。


 のんびり駅で待っていれば馬車は時間通りにやってきて、二人は数人の乗客と共にそれに乗り込むと、空いている席へと腰を落ち着けた。やがて鞭のしなる音が響き、ゆっくり馬車は動き出す。


 今日は天気も気温も丁度良く、絶好なお出かけ日よりだった。馬車に乗って早速、王都でどう時間を過ごそうか考えを巡らせてみれば、否が応でもエミリアの胸は高まってくる。屋敷を出たのがまだ昼前であったから、きっとお昼少し過ぎ位には王都に到着するだろう。となればお昼ご飯は王都で取ることに? いつものおさんどんから開放される喜びに、人気のレストランの名前がエミリアの脳裏を次々によぎってゆく。


「パナシェ」「モントレゾール」「カリヨン」……目に浮かぶのは一流シェフたちが腕を振るった一流の豪華料理。いやいや、こんな高級店を魔法使いに求めるのは酷というもの、ここは伯爵令嬢エミリアが好んでよく通ったお店なのだから。ならば、入りたくても入れなかった庶民のお店を堪能するというのも面白いかもしれない。


「おい……」


 煮込み料理がおいしいと噂の「銀の森」、かぼちゃ料理が豊富な「かぼちゃの楽園」、厚切りお肉を炭火で焼いたものが名物の「子ブタの足跡」……。


「おい……」


 お母さんの味を思い出させるお惣菜を多く取り揃えた「ママの食卓」、とれたての魚介類を使った海鮮料理のお店「バンプール湾の小波」、遠い異国の珍しい料理が味わえる「カンドーワの鐘」……。


「おい……」


 そうそう、ウィートパークで食べ損ねたミートパイも捨て難い。あそこは本当においしいと評判のお店だったのだから。そういった露天のおいしい食べ物めぐりというのも、いかにも庶民らしくっていいのではないだろうか。だとすると……。


 ペチッ!


 不意に額がジンとした痛みにつつまれて、何者かに叩かれたような感覚を覚える。それに浸っていた空想から目を覚まされて、何? 何? と驚いて周囲を見回すと、目の前で魔法使いが不機嫌な顔をしてエミリアを見つめていた。


「な……なんです。突然」


「突然じゃない、何度も呼んだんだぞ」


「え、何度も?」


「そうだ」


 呆れ顔の魔法使いを前に、どうやら空想に夢中で気がつかなかったらしいことを察して、エミリアは恥ずかしさに少し頬を赤らめた。


「ったく、何を考えていたんだか、顔が緩んでいたぞ。小っ恥ずかしいから、一人でニヤニヤするのはやめてくれ」


 胸踊る空想、夢のひと時。そう、ああしようこうしようと考えを巡らせている時が一番楽しいのだ。どうやらそのお楽しみの心が、つい顔に出てしまっていたらしい。


「でも、久し振りの外出なんですから、わくわくしてしまうのも仕方がないじゃないですか。お昼ごはん食べて、お洋服買って……ああ、ドレスはどういうのを買おうかな。勿論貴族のようなものは望みません。でも、少しは流行を取り入れたおしゃれ心のある服を選んでもいいですよね? 例えば縁にフリルがあしらってあるドレスとか。ウエストをキュッと絞って背に大きなリボンがついているのとか。胸元が少し開いていて、レースが飾ってあるのなんかもセクシーでいいかも」 


 いやん、セクシーとかいいながら、再び空想の世界に入り込み、顔が緩んでくるエミリア。だが、お金を出すのは魔法使いなのであった。おしゃれ度が上がれば上がるほど値段もそれ相応のものになり……それに魔法使いは面白くないとでもいうように目を細めると、


「服なんぞ、必要最低限の機能が果たされていればそれで十分だ。余計な飾りなんぞ必要ない」


 すげない魔法使いの言葉に、「ええー」「そんなぁ」「でもぉ」「やっぱり女の子ですし……」「少しぐらいのおしゃれは……」納得がいかないよう、エミリアはぶちぶちと文句を吐き出していた。


 だがやはり、それに魔法使いは鬱陶しいとでもいうように耳を塞ぐと、パタパタと手を振りながら、


「おまえは勝手に妄想にでも浸っていろ。私は寝る」


 そう言って馬車の壁に体を預け、王都までの距離を眠りで埋めるべく目を瞑っていった。


 だが、どう考えてもこれはエミリアのおねだりからの逃避であった。枕が替わると眠れなくなる、そんな魔法使いを知っていたエミリアであったから、寝たふりという防護壁を作って偽ふて寝しようとする彼を察して、その耳元に唇を近づけてゆくと、


「濃厚でありながら甘すぎず、しっとりとしてとろけるような舌触り。「シャルレ」の最高級クーベルチュールチョコレートを使った「クロンヌドール」のガトーショコラ。王室でも食されていて、貴族の間でも大評判。お店の前はいつも長蛇の列。それはそれはおいしいと評判の「クロンヌドール」のガトーショコラ。ああ、あのカカオの香りを思い出すだけでほっぺたが落ちそうになり……」


 これは強力な目覚ましになるはず、そう思ってお店の売り子の如く、さもおいしそうにうっとりとエミリアはそう語る。すると思ったとおり、それに魔法使いは聞き捨てならないとでも言うように眉をぴくりと動かすと、


「それがなんだっていうんだ」


 目を開いて体を壁に預けたまま不機嫌顔でそう言った。


 だが、不機嫌ながらも気になってしょうがない、といったところであろうか、どうやら食いついてきてくれたらしいことを感じて、エミリアは待ってましたとばかりに微笑を浮かべると、


「一度食べてみたいと思いません? 「クロンヌドール」のガトーショコラ」


 それに魔法使いは目を伏せて少し考え込むような仕草を見せる。そして、


「一体どこにあるんだ、その店は」


 そこでエミリアはしめたというようにニッと笑った。


「では、フリルつきドレスを」


 交換条件にと、魔法使いにそう言葉を続けながら。

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