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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第四章 そして、その時は始まった
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第十一話 心の旅路 その十三

 そして開会の儀に、国王がお言葉を述べ、宴の始まりを告げると、管弦楽の音が鳴り響き、早速舞踏会が始まった。紳士達は淑女達にダンスのお相手の申し入れをし、広間中央へと進み出て、数々の見事なステップを披露してゆく。そして、それと同時にレヴィンの下にも数々の取り巻きの女性がダンスの申し込みを期待して群がってきて……だが、正直それどころじゃないレヴィンだった。なので、「ごめんね、失礼するよ」そういってその場を後にすると、エミリアを探して広間を早足で歩いていって……。そう、この一度に何百人も入ることのできる大広間を。


 エミリア? エミリア!


 だが、勿論すぐに彼女の姿を見つけることは出来ない。


 どこだ、エミリア!


 そうして探しに探し回り、やがて……その甲斐あってか、しばらくしてレヴィンはエミリアの姿を見つけることができた。それは……そう、どうやらダンスを申し込んでくれる人もいないらしく、壁の花となって、皆の華やかな舞いを一人静かに見つめているエミリアであって……。意外だった。全く、以前のエミリアなら考えられない程に。全く、エミリアが曾てのあのエミリアなら、彼女の気を引くべく、幾人もの男性が常に周りに群がっていた筈で……。


 それに少し心痛い気持ちになりながら、レヴィンはエミリアに近づいてゆく。そして、


「エミリア」


 そう声をかける。すると、それに驚いたような顔をするエミリア。そう、顔を向ければそこには第二王子レヴィンがいたのだから。正直、記憶を失ってしまっている彼女にとって、以前のレヴィンは特に近しい存在という訳ではなかった。なので、その突然の声かけに驚くのも無理はない話で……。


 そしてそれはエミリアだけでなく、周りの人も同様だった。そう、いつも女性に囲まれている第二王子が、他でもないこのエミリアに自ら声をかけているのだから。なので、


「はい、殿下、なんでしょう?」


 訝しげに小首をかしげてエミリアはそう言う。それは、どこか他人行儀な態度。それに何か違和感を覚えながらレヴィンは更にエミリアへと近づいてゆくと、声を潜め、


「これは一体どういうこと、なんで君がここにいるの」


 その言葉にキョトンとするエミリア。そう、国王に言われるのなら分かるが、レヴィンがそう尋ねてくるとは思ってもいなかったからだろう。だが、誰もが興味津々なのかもしれないと、そう納得させてエミリアは表情に影を落とすと、


「すみません、私、夫とお腹の赤ちゃんを亡くしてしまったようで……陛下には大変失礼なことをしたようですが……」


「それは親父から聞いてるよ。何でそんな嘘をついて、ここに戻ってきたのかってことが知りたいんだよ」


「嘘??」


 これこそが真実と信じていたエミリアは、レヴィンの言葉の意味が分からず更に困惑した顔をする。そう、当然のことのよう目を丸くし、心から驚いた表情で……。


 すると、それにどんどん怪訝な気持ちになってゆくレヴィン。エミリアが記憶を無くしているとは知らなかったから、まるでその言葉が真実と信じているような様子が不可思議以外の何物でもなかったからだ。また、先程から気になっていたのだが、どうもエミリアの態度が他人行儀なのであって……。そう、まるで初めて会った人物と言葉を交わしているかのように。


 だが、どうやら惚けている訳でもなんでもないらしい。それにレヴィンはこの先どう言葉を続けていいのか頭を悩ませていると……。


「殿下! いやいや、エミリアにお話ですかな、申し訳ございませんがエミリアは……」


 不意に間に割って入ってきたのはヴェルノであった。そう、何か余りよくない雰囲気をかもし出しながら言葉を交わしているように見えた二人、それに何かあってはとひやひやしながら見ていた彼であったから、堪らずこうして割って入ってきたのであり……。


 すると、それに思わず驚いたような表情をするレヴィン。そして、その驚いた表情のままヴェルノを見ると、


「エミリアは?」


「はい、エミリアは記憶をなくしておりまして……。色々不都合をおかけしているかもしれませんが……」


「記憶をなくしている?」


「はい、行方不明になっている間の記憶がないんです。夫を亡くしたショックで」


 またもや腑に落ちない言葉であった。彼女に夫はいない。いたのはアシュリーという名の師匠だ。それとも彼が死んだとでもいうのだろうか? 疑いの眼差しを向け、ヴェルノの顔を凝視してゆくレヴィン。すると、どうも彼の目はそれ以上の詮索はやめてくれと、どこか訴えているようでもあり……。


 思わずレヴィンは一つため息をつくと、ヴェルノの腕を取りエミリアから少し離れ、


「本当の所を話してもらえないかな。僕は、彼女のお腹に子供なんかいなかったことも、駆け落ちが偽装だったことも知ってるんだ」


 声を潜めてそう彼に言う。すると、それに驚いたのは勿論ヴェルノで、


「な、な……なんでしょう、それは。いやいや、そんな話は全くのデマですよ。誰から聞いたのかは知りませんが……」


 図星を指されてあからさまにうろたえるヴェルノ。だが、これが真実と認める訳にはいかない彼だったのだ。そう、嘘がばれれば、モントアーク家に大きな傷がつく。それは絶対絶対避けねばならないことで……。なのに、国王の息子である第二王子はこんなことを言ってくる。不味かった、非常に不味かった。なので、必死で場を取り繕ってゆくヴェルノで……。そう、相手は王子、ことさら話は慎重に運ばねばならないぞ、と。


 つい零れるのは、アハハという渇いた笑い。


 すると、そんなヴェルノに対し……レヴィンは唯ひたすら白々しいの一言でしかなかった。そう、全くこれは茶番だぞ、と。なので、ヴェルノのその態度にレヴィンは思わずため息を吐いて額に手をあてると、


「僕がノーランド王の息子だから警戒しているの? 心配しないで、僕はあっち側の人間じゃないから。彼女が身を隠していたのは、王都の北にある森の中。アシュリーという名の魔法使いのところだ。彼とエミリアは弟子と師匠の関係、そうだろ。アシュリーと僕は王立魔法研究所時代の上司と部下の関係だったから、そっちの方を通じてこのことは知っている。これでもまだ僕を信用しないかい?」


 その言葉に、しばし信じられないような表情で呆けてゆくヴェルノ。だが、ようやく事態を飲み込んで、コクリコクリと首を頷かせると、


「アシュリー殿と、殿下がお知り合い……」


「そう。だから全部知っている。このことは誰にも言わないから、安心して」


 少しずつ、少しずつ、歩み寄り心を開こうとしてゆくヴェルノだった。まだ警戒心は解けないながらも、この言葉が本当ならば、全てを打ち明けてもいいのではないかと、そう思ってしまう程に。そう、今までモントアーク家だけでこのことを背負ってきた。苦しく、つらい日々だった。その、ふさがれたような身動きの取れない自分達に、思いがけない助けの手が差し伸べられるのかもしれない、と。それも、相手はこの国の王子。理解が得られれば、これ以上心強いものはなかった。だが、どこまで話していいものかと、ヴェルノは苦渋に表情を歪めてゆくと……、


「確かに……駆け落ちは偽装でした。お腹の赤ちゃんも狂言です。どうも、それほど陛下との結婚が嫌だったようで……」


 それにコクリと頷くレヴィン。


「なので当然、夫が死んで出戻ったというのも嘘で……ほんとに、殿下にも陛下にも申し訳ない気持ちで……」


「それはいいから、何故、彼女は記憶をなくしたの? これは嘘じゃないんでしょ。本当に記憶をなくしていて……」


 先程の様子を思い出しながら、あれは演技ではないことを確信してレヴィンはそう言う。すると、それに今度はヴェルノが頷き、


「はい、色々事情がありまして……アシュリー殿の助言で、あの屋敷にいた時の記憶を全て消し、家に戻すことになったのです」


 さすがに、エミリアが古代魔法の使い手だということまでは告白できず、曖昧に言葉を濁しながらそう零すヴェルノ。


 だが、レヴィンはそれで許しはしなかった。そう、誤魔化しはさせないとでもいうように、


「色々って、一体何があったの。余程の事情がない限り、そんな手段に出るとは僕には思えないんだけど」


 するとそれに、ヴェルノは更に恐縮した様子を見せると、


「……アシュリー殿が言うには、このままここで魔法を学んでも今からじゃ余程の才能がない限り、せいぜい助手が精一杯だ、と。なら伯爵令嬢として家に戻った方がいい、と。ええ、自分はエミリアを一時の預かりものだと思ってると、そんなこともいっていました。それで……」


「それだけの理由で記憶まで消すことないじゃないか。ただ家に戻せばいい。他に何かあるんだろ。隠さないで言って」


 だが、流石にこれだけは言えないヴェルノであった。なので、何とか古代魔法の件は回避できないかと、色々模索してゆく彼であって……。だが、きっぱりとしたレヴィンのその言葉の前に、彼の目論見は見事もろくも崩れ去る。そう、絶対に誤魔化しは許しはしない、と。だが、それでもまだヴェルノはしがみつくように、


「上手く社交界に戻る為にも、この間の記憶がない方が……」


「伯爵!」


 いい加減にしろという、厳しいレヴィンの問い詰めの言葉だった。そう、白々しい嘘は止めてくれとでもいうように。どうやら、レヴィンを騙すことは出来ないらしい。それを察してヴェルノはガックリ肩を落とすと、しばし躊躇うよう口をもごもごさせ……そして、


「えみ……は……だい……ほうの……つかい……て……のようなんです……よ」


 とうとう観念したのか、やがて聞き取れない程の小さな声で、そう呟いてゆく。それにレヴィンは眉をひそめて、


「えっ?」


 聞こえない、もう一度とヴェルノに言葉の催促をする。すると、


「エミリアは、古代魔法の……使い手のよう……なんです……よ」


 先程よりは大分はっきりとした声だった。だが、それを聞いた途端、レヴィンは思いっきり言葉を失っていって……。古代魔法使い、そうそれは……。その存在が知れれば、行きつく先は……。


「古代、魔法使い……」


 これで全てが納得いった。記憶を消し、家に戻した理由も、それを伯爵が必死で隠そうとした理由も。魔法に関する知識があれば、いつ何時古代魔法の力が発動されるか分かったものじゃない。それ故、エミリアの魔法に関する知識を消したのだろう、全ての真実を隠そうともしたのだろう。そう、それはレヴィンにも容易に察することができるもので……。そして、その事実を目の前にレヴィンは、


「これは……」


「はい、もしこのことが公になったら、エミリアは……」


「研究所行き……だね。これは絶対阻止しないと」


「はい。それで、こういう事態に……」


 納得を示して深く頷くレヴィン。納得して、レヴィンはヴェルノの肩に手を置くと、


「分かった。なるべく僕も協力しよう。今日も僕が側についていよう。何が切っ掛けで記憶が戻らないとも限らないからね」


 それにヴェルノはありがたいように深く頭を下げ、


「本当に、本当に感謝します」


 力強い味方を得て、また、その心遣いに深く感銘して心からそう言う。


 そしてレヴィンはそれにニコリと微笑むと、ヴェルノから離れ、相変わらず壁の花になって皆のダンスを眺めているエミリアの方に向かっていった。そう、どこか上の空といった感じの、エミリアの下へ。するとそれに、レヴィンは微笑ましく笑うと、


「ぼけっと見つめてばかりじゃつまらなくない?」


 親しげに、だが、以前ほどの近さは封印して、少しよそよそしさなんかも演出しながらレヴィンはエミリアにそう声をかける。すると、再びの声かけに、エミリアは驚いたような顔をし、


「いえ、皆さんの踊りを見てるのも中々楽しいですよ。それに……」


 誘われない理由が自分にはあるからと、少し寂しげに彼女は顔をうつむける。


 そうそれは、本当に心の奥が痛んでしまうかのような表情。なので、レヴィンはエミリアを元気付けるべく再び微笑みを浮かべると、


「大体の事情は君のお父上から聞かせてもらったよ。大変だったみたいだね……っと、君に記憶はないんだったね。でも、きっと大変だったんだろうと、思うよ」


 その言葉、それは、身内以外から初めてかけられたやさしい言葉であった。それにエミリアは思わずといったよう感激して、


「ありがとうございます。まさか、殿下にそう言ってもらえるとは……」


 国王の息子、ならば、邪険に扱われても当然なのにその心遣い。それだけで十分とエミリアは感謝の気持ちを露にする。そしてにっこり笑うと、それを見てレヴィンも微笑みを返し、


「どう? 僕と一緒に躍らない? ちょうど区切りもいいみたいだし」


 耳を音楽へと向ければ、ちょうど曲が終わったところであった。そう、途中から入るにはいいタイミングの。なので、またすぐに次が始まるだろうダンスに、レヴィンはエミリアを誘ってゆくと、それに更なる驚きを見せてくる彼女で……。そう、いつも取り巻きの女性陣に囲まれていたレヴィン、素敵な人だとは思っていたが、自分からは遠い存在だったから。そしてそんな自分が、その取り巻きの女性達を差し置いて、彼からダンスに誘って貰ったのだから。それは、本当に想像もしていなかったこと。なので、エミリアは少し申し訳ないような表情をすると、


「いいんですか? 私で……」


「勿論だよ。躍る?」


 レヴィンの促しに、表情を綻ばせて頷くエミリア。そしてそれを見てレヴィンはエミリアに手を差し出すと、その上に彼女は優雅に手を乗せていって……。そして、広間の中央へと進み出してゆく二人。それは、出戻り貴族の娘に、ノーランド王の息子、全く異色の組み合わせであった。そんな二人に皆は好奇の目を向けてゆくが、それにも構わずエミリアとレヴィンは広間の中央にて位置を取ると、


 にっこり。


 笑いあって向かい合う。


 すると流れ始める音楽。早速二人は手を組み、レヴィンはエミリアの背に右手を当て、エミリアはレヴィンの肩に左手を添え、軽やかな足取りで躍り出す。曲は、舞踏会の定番ワルツ。エミリアもレヴィンもダンスの腕前は中々なものであったから、映える容姿も相まって、二人の姿は動く絵画のような美しさを醸し出していた。それは、エミリアの風評も忘れてしまう程で、今だけはと思わず周りからうっとりとしたため息がこぼれてゆく。そしてエミリア自身も、自然で的確なレヴィンのリードに、何だか胸が高鳴るような気持ちを覚えていて……。そうそれは、エミリアにとって幸せな時。だが……その姿を面白くない思いで見つめる一団があった。そう、レヴィンの取り巻き達である。そんな彼女達の思いは唯一つ。何故、どうして、自分達を差し置いて、あんな出戻り女をレヴィンは誘うのか、であった。そう、それに、全く納得のいかない彼女達であって……。そんな彼女達の胸に渦巻くは嫉妬。レヴィンの前では可愛い女の子な彼女達ではあったが、普段だって可愛い女の子な彼女達であったが、その上っ面からは想像もつかない程、そこには醜い嫉妬が渦巻いており……。それを、まあ全てとはいかなくても大体把握はしていたレヴィン、陰で熾烈な争奪戦が繰り広げられていることも何となく分かっていたレヴィン、だが、まさか自分のそんな些細な気遣いが彼女達のやっかみを生んでいることまでには、残念ながら気付いておらず……。なので、それによりレヴィンはつい油断してしまう。そしてその油断が、彼の目を見誤らせてしまう。そう、見た目は可愛い彼女達、その見た目に誤魔化され、心を読むことを怠ってしまって……。そして、そんな状態のまま、刻々と時は過ぎゆくことになって……。


 本当に、全く。

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