第十一話 心の旅路 その十二
そして、大分日も落ちたこの日、王宮へと向かう王都を走る大道は、連なる馬車達でギュウギュウに埋まっていた。そう、勿論皆舞踏会目当てで。そんな、迫る王宮を前に、改めてエミリアの胸に緊張が走る。そう、エミリアは事の顛末を話だけでしか聞いていない、記憶にないのだからどこか他人の話に感じてしまうが、国王の求婚を蹴って別の人と駆け落ちをしているのだから。もしかしたら噂の的になっているかもしれない、皆に快く思われてないかもしれない。そう、注目の中心になっている者にとって、それはとてつもなく恐ろしいモノで……。
なので、どんどん大きくなってくる王宮に、どんどん緊張も大きなものになってゆくエミリア。そう、ここに自分が乗り込んでゆくのかと、久しぶりの王宮に圧倒されながら。更に、押し潰されそうな程に高鳴る胸を、どうにかこうにか抑えながら。そうして、
「モントアーク伯爵一家、ご到着!」
やがてエミリア達は王宮へと到着し……。
早速止まった車寄せから、馬車を降りてゆくエミリア達。そのまま、会場である王宮の大広間へと向かっていって……。
するとそこに入った途端、会場のざわめきがエミリアの耳をつく。自分の姿に、気にしすぎなのかも知れないが、皆の視線が集まっているような気もする。思わず高まる緊張、それを抑え、エミリアは気丈ともいえる微笑みを浮かべてその戦場たる会場へと足を踏み入れてゆくと、自分の仕事をすべく、辺りを見回していって……。そして、顔見知りの者を見かけると、
「こんばんは、お久しぶりです。お元気にしていましたか?」
過去の諸々など忘れたかのようにこやかな表情でそう語りかけてゆく。だが、声をかけられた方は、どこか困った表情をして、
「ああ……エミリアこそ元気にしていたかな……」
しどろもどろに一言二言しゃべり、関わり合いになっては、とでもいうようにその場からすたこらと立ち去っていってしまうのであった。それはただの知り合いでも、以前仲の良かったお友達とかでも反応は一緒で、余程あの件が影響しているのかと、少し寂しい気持ちになってしまうエミリアであった。そう、陛下はどう思っているのか分からないが、不興を買っているのは確実だろうから、それに自分も巻き込まれてはと、きっとそんな感じでこういった態度に出ているのかもしれない、と。それは、全く世知辛いというもので、冷たい世間というものをつくづく感じると、思わずため息を吐いていってしまうエミリアなのであって……。
そう、本当にこれはつらい心。だが、両親はこんな中でも長い間ずっと頑張ってきたのだ。冷たい風にさらされ、陛下にももしかしたら遠ざけられていたかもしれない中で、ずっと。ならば、モントアーク伯爵家の令嬢として、自分も堂々とせねばと、エミリアは笑みをたやさず、知り合いを見つけては「こんばんは」と挨拶してゆく。そう、迷惑をかけた人々への謝罪の意も込めて。そして、
「まぁ、エレナ、こんばんは。クラーク様も、こんばんわ。それから……」
だが、やはりエミリアは一人ぼっちだった。こんなに沢山人がいるのに、誰もが彼女の登場に注目をしているのに、それでもやはり一人ぼっちだった。一緒にきた両親は、エミリアが知り合いに声をかける度、「いや、夫を亡くして家に戻ってきてね……。ちょっとショックでその間の記憶を無くしているんだが……」などと、社交界に再登場するエミリアの紹介、いや、事情の説明をしていっているが……だが、それでも一人ぼっちのエミリアで……。
そんな彼らの辺りには、遠巻きに眺める人々の姿が。時々「いや、全く素晴らしい神経をしてらっしゃる。あんなことがあって、この場に顔を出そうなんて……」という、嫌味な人に出会うこともあったが、また、「貴方の武勇伝は聞いてますよ、なんといったって……」と、記憶を掘り起こす、あの国王への啖呵事件を話そうとする輩に出会うこともあったが……やっぱりエミリアは一人ぼっちなのであった。勿論、そんな者が現れれば、ヴェルノやシェリルが慌てて話をそらさせたり遮ったりと色々苦心してゆくが、それが更にエミリアの異質を作り上げ……。
そしてやってくる国王達の登場の時間。楽団のファンファーレが鳴り響き、大広間の扉が開かれる。そして国王を先頭にした一団が、この広間に入ってくる。それを見て人々は広間の両端に引き、国王達の為に通る道を作って皆一礼していって……。それは、王座まで続く道。そこを国王と後ろに続く王子二人は歩み、周りに笑顔を振りまきながら、また、時には何者かに声をかけたりしながら、その王座へと向かってゆく。そしてゆっくり、にこやかに道を歩んでいると、不意に王の顔が強張ったものになった。そう、エミリアの姿を見つけたのである。
目と目がかち合う二人。それにヴェルノやシェリルも気が付いて、恐縮したよう再び頭を下げてゆく。すると、それに引き寄せられるよう、王はヴェルノとシェリルの元へとやってきて……。その行動に二人の王子も気付いてそちらの方を見る。そう、一人はこの国の第一王子アドルファス。そしてもう一人は言わずもがな、第二王子のレヴィン、だ。客人であるイーディスはまだ年齢がいってないこと、立場が微妙なこともあって、今回は一緒ではない。そう、あくまでノーランド王家だけの登場。そんな訳で、男三人で道を練り歩いていたのだが、不意に父親ヴレンヴィル四世が自分達から離れていったのに気付いて、レヴィンは知る。そう、エミリアの存在に。
何故、どうしてここに?
驚きを隠せないレヴィン。
するとその時、国王はヴェルノとシェリルの前まできてこう尋ねていた。
「これは一体どういうことだ」と。
それにヴェルノはひたすら恐縮しながら、
「あ……あの、子が流れ、夫とも死別し、こうして戻ってきた次第で……。ですが陛下、その時のショックでか、娘が行方不明になっていた間の記憶はなくなっているのです。申し訳ございません、陛下、どうぞ、ご配慮を……」
通らなければいけない一番の壁。その壁にとうとうぶち当たって、ヴェルノは切に切にそう訴える。すると、それに王は面白くないように眉をひそめ、エミリアを一瞥する。それは体の芯まで冷えそうな程の眼の冷たさで、エミリアも恐縮して深く頭を下げる。すると、それに王は不機嫌な顔を崩さないまま、
「私にはもう関係ないことだ、勝手にするがいい」
そう冷たく言い放って、その場を去っていった。再び王座へと向かって歩みを進めてゆく三人。それにレヴィンは気になって、
「父上、何故エミリア嬢がここに?」
小さな声でそう尋ねる。すると、
「子供が流れて、あの魔法使いも死んだということだ。それで出戻ったらしい」
えっ……。
寝耳に水の話だった。そう、事情を知っているレヴィンからしたら、ありえない話だったから。なので、今すぐエミリアに問うてみたい気持ちになるレヴィンだったが、父は既に先へと歩き始めている。立場として今勝手なことをする訳にはいかないレヴィン、確かに、すぐにでも詰め寄りたい気持ちであったが、思いっきり謎を感じてしまっている彼でもあったが、致し方ないと、王座の脇に添えられている自分用の椅子へと向かっていった。