第十一話 心の旅路 その九
そして、それからシェリルとヴェルノは、馬車を探し……というか、本当は馬車の位置は分かっていたので、エミリア達を引きつれ、それを探すふりをした。そう、建前は、森の中を散歩しているうちに道に迷ってしまった、ということになっていたので。なので、しばしそういう振りをし、ようやく見つけたといった感じで馬車に駆け寄ってゆくと、魔法使いに別れを告げ、そのままそれに乗ってエミリア達は王都の屋敷へと向かっていった。
そして到着した屋敷。何だか不思議な感覚でエミリアは玄関をくぐってゆくと、そこで待っていたのは更なる困惑だった。それは、屋敷の者達の反応。そう、帰ってきた自分達を皆は迎えてくるが、そこに驚きのようなものが見られたからだ。そう、何故か、まるでエミリアがいることが信じられないとでもいうかのように。確かに、家出をした自分、そんな反応も当然なのだろうが、それにしても行き過ぎているような反応にも感じて……。すると、
「エミリア、ちょっと部屋へ戻ってなさい」
驚くエミリアを知ってか知らずか、シェリルは彼女にそう言ってくる。それに、どこか納得いかないように首を傾げ、渋々ながら従ってゆくエミリア。そう、テクテク、テクテク、と。そして、やがてこの場からエミリアの姿が消えゆくと、これはすぐにとシェリルは侍女のティアを呼びつけ、早速その耳元へとこう囁いていった。
「いいこと、エミリアは家に戻りました。けれど、家を飛び出してからの記憶がありません。それに気を付け、しばらく自分の部屋に彼女を引きとめておくように」
これは、命令と言ってもいい言葉だった。そう、恐らくかなり重要と思われる。そんな、課せられた重要な任務に、ティアは身の引き締まるような思いをすると、了解を示してコクリと頷く。すると、更にシェリルは続けて、
「取り敢えず、国王との結婚の話をした辺りまでは記憶があるらしいから、それを頭に入れておいて。その後の、空白の期間については、あなたには記憶の病気が といった感じで伝えてあるから。後は……」
そこでシェリルは何か言い忘れはないかと額に手を当てる。すると、思い出したよう、「ああ」と言うと、
「記憶を呼び覚まさせるようなことはなるべく避けるようにして。それに細心の注意を払って、エミリアに接して」
やはり、これは結構大変な任務。それを察して、「はい!」と覚悟を決めて返事をすると、その任務を為すべくティアはそこから離れていった。そう、その心現れてドスドスとした足取りで。そう、全くもって、大丈夫だろうかと、心配げな表情で見送るシェリルの視線を背に……。
※ ※ ※
そしてそれからシェリルはエミリアをティアに任せると、早速これと、屋敷中の者達に号令をかけ、大広間にティアとエミリアを除くその屋敷の者達を集めた。そう、この空白の時をどう辻褄を合わせ、口裏を合わせるか、作戦を立てる為である。
だが、その為には皆に事情を知ってもらわねばならない。なので、取り敢えず古代魔法の件も含む一蓮の出来事を話してゆくと、シェリルは目の前の皆に問うた。そう、
「どう辻褄を合わせればいいかしら?」と。
勿論、何とか皆の知恵を拝借すべく。
すると、白い調理服を着たコックらしき男が手を上げ、
「何者かに拉致されていて、しばらく行方不明だった、とか? 何かの事件に巻き込まれていたと」
だが、それにすぐ様女中らしき女性から横槍が入る。
「それだと世間一般に広まっている噂と矛盾してしまうわ。お嬢様が混乱してしまうんじゃないかしら」
「そうそう、宮殿でのお嬢様の啖呵は、消せない事実だし」
すると、今度は一人の従僕風の男が、
「じゃあ、離婚して、出戻った、と。赤ちゃんは流れたことにして」
「離婚の理由は?」
「うーん、駄目夫だった、とか」
噂を真実のものとして突っ走ろうという案であるが……それに空気は一気に停滞し、いやいやいやと皆が頭を横に振る。そして、
「辻褄は合うが、それじゃお嬢様の評判ががた落ちだ」
もう既にがた落ちになっているが、それじゃ更に貶めることになるだろうと、そんな窘めが飛び出す。そして、なるべく悪い影響のない口実はないものかと皆は頭を悩ましてゆくと、
「思い切って、真実を言う、とか。あれは嘘でした、と。結婚が嫌でつい言ってしまった。この身は潔白、と」
真実だし、これでエミリアの潔白が示せる、良くない印象も拭えるんじゃないかと、作業服姿の男が意気込んで言う。だが、
バコッ!
すぐに馬鹿野郎とでもいうように、その後頭部に別の男からの突っ込みが入る。
「それじゃ陛下の面子丸つぶれじゃないか。火に油を注ぐようなもんだ。世間の風当たりも強くなるぞ。大体、この空白の期間に何もないことに皆が信用するか」
うーん、と更に頭を悩ます屋敷の者達。真実を言っても駄目、噂のまま突き通しても駄目、上手く取り繕おうとしても駄目。
そう、全く駄目駄目尽くしで……。
すると、皆の意見に耳を傾け、しばし小首をかしげて考え込んでいたシェリル、不意に決意を秘めたような眼差しで顔を上げ、
「ある程度、汚れることは覚悟しないといけないかもしれないわね。妊娠駆け落ちは真実だったとして、流産し、夫と死別して出戻ってきたことにしたらどうかしら。そのショックで記憶を失ったと。少しはきれいな印象を与えるかもしれないし、世間の同情を買えるかもしれないわ。まあ、陛下が絡んでいる分、そう上手くはいかないかもしれないけど……」
その言葉に、再びうーんと唸りながら、だがそれでも渋々納得してゆく屋敷の者達で……。というか、一番ましなのはどう考えてもこれしかないような気がしたから、そんな風になってしまうのも仕方ないのであろう。
そして、皆のその反応を受けてシェリルは、
「じゃあ、これで決まりね。いいこと。これで突き通すことにしますからね。皆さんそのつもりでエミリアに接してくださいね。そして、くれぐれも記憶を刺激するようなことは言わないこと」
シェリルの言葉に、皆少し緊張した面持ちをして「はい!」と言うと、早速準備開始とその場からそれぞれに散っていった。