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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第四章 そして、その時は始まった
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第十一話 心の旅路 その八

 そして早速居間にて、エミリアは両親と顔を合わせることになる。


 それは、どこか不安げな表情をした両親。そう、エミリアはどうなった、様子は大丈夫かと探るような眼差しで。するとそれに、エミリアもその不安が移ったようになり、戸口のところでおずおずと足を止めていると、


「気分は、どう?」


「もう、良くなったかい?」


 両親の言葉に訳が分からず、エミリアは混乱したような表情をする。そして背後にいる青年、魔法使いに助けを求めるような視線を向けると、


「お嬢さんは、昨日体調を崩されていたんですよ。覚えてますか?」


 それに、首を横に振り、


「ごめんなさい。私、何も覚えていなくって……」


 するとその言葉に、記憶が消えたことを察したのだろう、ホッとしたよう、一気に表情を明るくしてゆくヴェルノとシェリル。そしてこちらへおいでと手招きをして、


「まぁ、細かいことはいいから。さあさ、いらっしゃい。朝食を食べましょう。お腹、すいてるでしょう。こちらの方が用意してくださったのよ」


 食卓を見れば、その上にはスクランブルエッグやらカリカリに焼いたベーコンやらの乗った皿が人数分置かれており、他にも、パンの入っている籠、バター等々、様々なものが、さぁ食べなさいとでもいうかのようホカホカの湯気を立てながら、いかにもおいしそうな匂いを辺りに振り撒いてそこにあった。どうやら、まだ出来てからそう時間は経ってないらしい。気がつけばお腹はどうしようもない程にすいており、その否応なしにそそられる食欲に、流石のエミリアもゆらゆらと引き寄せられるかのよう心が動いていって……。だが、


「でも、結婚……」


 それよりもまずはこれと、エミリアは両親にそう切り出す。


「グレンヴィル陛下との結婚が決まったって……」


 消されたエミリアの記憶はここでの生活。魔法使いとの日々。なので、それ以前のあの結婚発言の記憶は残っていることにヴェルノとシェリルは気付くと、思わず困惑した表情で二人顔を見合わせる。そして、


「もう、それについては心配しないでもいいのよ」


「そう。陛下は諦められた。お前は記憶が無くて知らないかもしれないが、全て綺麗にコトは片付いたのだから」


 一体どうやって、そしていつの間にと、それを突っ込まれたらどうしようかと冷や冷やしながら、否、本当は記憶のことについて突っ込まれたらどうしようと、それに一番冷や冷やしながら、ヴェルノはしどろもどろにそう言ってゆく。


 すると……。


 そう、その心配は杞憂、どうやら単純にもそれを信じたようで、途端に表情を明るくしてゆくエミリアであって……。そしてホッとしたように肩の力を抜くと、


「もう結婚はしなくてもいいんですね」


 勿論、と答えるかのよう、にっこりとした様子で微笑んでゆくヴェルノとシェリル。すると現金にも、それを見て一気にエミリアの機嫌は元に……いや、上機嫌と言ってもいい状態になっていって……。そして、それに元気をもらったような気持ちになると、早速エミリアは朝食の置かれている食卓へと向かい、遠慮なくその席に座っていった。座って、「いただきます」と言って早速ナイフとフォークを手に取ると、その朝食を取るべく、それらを使って口に運んでいった。そう、まずは……ベーコン。焼き具合もちょうどよく、程よい塩加減のベーコンが、舌に、すきっ腹の胃袋にしみじみと染み渡ってゆく。勿論それは、すきっ腹の為だけでなく、晴れた空のような気持ちも手伝ってとても美味しいもので、エミリアは素直に、


「美味しいですね、これ」


 そう言って、隣の魔法使いへと曇りない視線を向けていった。


 それに苦笑いを浮かべる魔法使い。


 そう、いつも作ってもらっていたエミリアからそんな言葉を掛けられて。記憶の無い、そんな彼女から……。恐らく、自分が料理を出来ることを真の彼女は知らないだろう。そう、この先も。だが、伊達に一人暮らしは長くはないのだ。面倒くさいから作らないだけで、簡単な料理くらいならば、彼にも一応できるのだ。なのに、初めて自分の手料理を食べさせた彼女は、自分のことを覚えて無くて。これで最後となるだろう一緒の食事だというのに、そんな能天気な言葉なんかをかけてきたりして……。そう、これでは、ただ微笑むことしかできない魔法使いというものなのであった。そしてそれを前に、ヴェルノやシェリルも喜んでいいのかの悪いのかと、複雑な表情を浮かべその様子を見つめており……。


 曇りない笑顔はエミリア唯一人。何も知らず、表面上の平和をかもし出しながら朝食は黙々と進んでゆき……。


   ※ ※ ※


 そうして朝食を終え、顔を洗ったり、髪を整えたり、一通りエミリアは身支度等を整えてゆくと、やがて何もやることが無くなった。やることが無くなったということは……。


「エミリア、準備が整ったら行きますよ」


 そう、ここから去るということだった。


 両親のその思いを察してエミリアはコクリと頷くと、色々お世話になったお礼を家族一同にて魔法使いに言う。そして、さてという感じでエミリアを振り返ると、


「エミリア、荷物の方は大丈夫なの?」


 そういえばと、シェリルが彼女にそう問う。するとそれにエミリアは、


「はい!」


 そう言って手に持つ小さなバッグを上げて見せた。それに、困惑した表情を浮かべるシェリル。そして、その困惑した表情のまま、


「そう……」


 と言って口をつぐむ。そう、これだけ長い間ここで生活していて、荷物がこれっぽっちとは、流石にあり得る筈がないだろう、と。確かに、本当はあの部屋にあった物全てがエミリアのものなのだった。どれを持っていっても本当は全く構わないのであった……。だが、今現在記憶がないエミリア、そういう答えになってしまっても致し方ないこととも思われ……。そう、彼女がこれと言うのなら、それでもいいのだろう、と。まぁ、家に帰れば大体の物は揃っているので、特に心配することもないのだが……。


「じゃあ、いきましょうか。……レヴィルさん、本当にお世話になりました」


 するともう一度、シェリルとヴェルノが魔法使いへと向かってそう頭を下げてゆく。勿論エミリアも続いて頭を下げ、


「見ず知らずの私達に本当に色々良くしてくださって、ありがとうございました」


 何気ない言葉だった。恐らく、特に意図する所も何もない。だが、その言葉は魔法使いの胸に、チクリと刺が刺さったような痛みをもたらした。そしてその痛みを感じながら、


「いえ、たいしたおもてなしは出来ませんでしたが……」


 そう言って、エミリア達を導くように、玄関の方へと向かってゆく。カツカツと鳴る靴音。そして、やがて玄関の前までくると、


「森の大道まで、ご案内しましょう。そこのどこかに馬車を待たせているんでしたよね?」


 そう言って魔法使いはその扉を開ける。すると目に入ってくるのは……。


 エミリアは唖然とした。そう、エミリアにとって今は春、その筈なのに……とても若葉芽吹く季節には見えなかったからだ。どちらかといえば……秋。まだ深いとはいえないが、深まりつつ秋というものをその木々の様子、流れる空気からエミリアは感じ取っていって……。


「お……お母様、今は春の筈ではないですか? なのに……何故……」


 心から驚いているらしいエミリアに、シェリルは慌てて、


「あのね、あなたは……あなたには色々あったのよ。それで……ちょっとした病気なの。そう、記憶の……」


「記憶の?」


 不安げな表情のエミリアにシェリルはコクリと頷く。そして、何とか言い繕って、誤魔化そうとシェリルは考えるが、咄嗟に上手い言葉が出ず、


「そう……詳しいことはお家に帰ったらね」


 いたわるようなやさしい微笑みだった。否、正直、今はそれしか出てこないのだった。


 すると、それに思わず不満げな表情になるエミリア。そう、その言葉に、無理やり納得させられたような気持ちになって……。だがそれでも、昨日の、否、もしかしたら長い長い間の、消えた記憶の理由がそこに隠れているのかもしれなくて、だからいつまでもそんな顔をしている訳にはいかなくて、渋々といったようエミリアはコクリと頷く。そして気を取り直し、玄関を抜けようとすると、その時、


 スッ。


 秋を示す涼しい風が、エミリアの間を吹き抜けていった。そう、七部袖一枚のエミリアには寒い程に。


 思わず両腕を抱いて身を震わせるエミリア。すると、それを見て魔法使いは「ちょっと待ってください」というと、そこから退出し、二階へと続く階段を上っていった。そしてしばしの時の後、とあるものを手に彼は戻ってきて……。それは大きな布のようなもの。それを彼は大きく広げ、エミリアの肩にパサリと優しくかけていって……そう、臙脂色の上品な女性用のケープを。


「これ……」


「その格好では寒いでしょう、持って行くといいですよ」


 だが、エミリアは困った。困って思わず、


「でも、これはこの家の人のモノではないのですか?」


 例えば、奥さんとか、兄妹とか、母親とかの。


 もしそうだったら、それは絶対絶対申し訳ないこと、なので思い切ってそう問うと、それを見て、魔法使いは淡い微笑みを浮かべ、


「いえ、いいんです。持っていってください。返す必要もありませんよ」


 そう、これはエミリアのもの、なのでどうしようと彼女の自由なのだから……。


 するとそれに、相変わらず困惑したような表情をするエミリア。だが、確かに今の彼女にとって、それはとてもありがたいものであり……なので、遠慮せず助かったよう微笑むと、


「ありがとうございます。では、いただいてゆきますね」


 そう言ってケープの前のリボンを器用な手つきで結んでゆく。そう、くるくるとした動きで。実に実に優雅に……。


 そうしてやがて、それが終わるのを魔法使いは見届けると、


「では、行きましょうか」


 もう大丈夫と、微笑むエミリアの笑顔を受けて、早速そこから歩み出してゆく。そう、皆を導くべく、森の小道を先に立って。ちゃんと皆ついてきているか時々後ろを振り返りながら。


 そんな皆の歩く道、カサカサと音を立てながら、心地よく雑草の鳴るこの道。いや、皆の頭上でも、カサカサと木々の枝が鳴る……。そんな道を、さまざまな思いを乗せながら、皆は行く。そう、不安も期待も綯い交ぜにして、皆……。それは、まだ色づくには少し早い秋の森の中、小鳥達がさえずり、翼を羽ばたかせる、そんなのどかな澄んだ青空の下にて。

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