第十一話 心の旅路 その六
今回は短いです!すみません!
ばかやろう、ばかやろう、お師匠様のばかやろう!
あれから自分の部屋に戻ったエミリア、ベッドに身を投げ、涙を流しながら、伯爵令嬢にあるまじきあらん限りの暴言を胸の内に吐き出していた。
甘党で、枕が変わると眠れなくって、ひねくれて意地悪で、ちっともやさしくなんかなくて、いたぶり好きで……。
いくらでも出てくる魔法使いへの悪口。でも、どれもいつの間にか馴染んでしまった、親しみすら感じている短所だった。そう、こんなにこんなに短所があるのに、どっから見ても性格がいい人間という訳じゃないのに、憎むことすら出来なくなっていて……。
何故、どうしてと問いかけるエミリア。
考えれば考えるほど胸が苦しくなり、息をするのもつらいような気持ちになる。最初は恐れすら感じていた筈なのに……。分からなかった、この辛さが。この胸の苦しみが。
短いとはいえない期間、一緒に暮していたが故の情なのだろうか。それ故の、別れの辛さなのだろうか。ここにきて最初の頃、全ての掃除が終わった時にも確かに悲しさを感じた。だが、それとはまた違ったものの様にも感じられ……。
そう、これは……。
いや、それでもやはり、エミリアは分からなかった。そう、この苦しみが何なのかを。それは、世間知らず故か、ただ単に鈍いだけなのか。全く、今まで味わったことのない感情に、ただ混乱し涙を流し続けるばかりで……。そう、何もかもが分からず、ただ悲しいと、ひたすら涙を流し続け……。
そしてそうする中、一度魔法使いが部屋にやってきて、町に夕食を取りに行くことが告げられた。だが、それすらも受け付けられない程エミリアは打ちひしがれており……。
出る言葉は、
「行きません!」
思いっきり叫んで魔法使いを追い返し、更にエミリアは泣き続ける。泣いて泣いて泣き疲れて、やがてエミリアは……。
いつの間にかそのまま眠りに入ってしまっていた。そして……。
開けられたままのカーテン。そこからささやかなる月光が入り込む。そう、今は夜。時は静かに過ぎゆき、この眠っている間に、その夜はエミリアの部屋へとやってきていたようであった。そしてそれは、このほの暗い闇の中で着実に時を刻み、やがて大概の人々は寝に入っただろうと思われる頃へとひっそり忍び足で身を移していって……。
するとその時、
カチャリ。
エミリアの部屋の扉が不意に静かに開けられる。そう、ノックもせずに。
そうして、そこから入ってきたのは魔法使い。音を立てないよう足音をひそめながら、エミリアの下へとやってくる。そして傍らに跪くと、眠りに入っているかどうか確かめるかのよう、その顔を覗きこんでゆき……。
するとそこにあったのは、
「……」
安らかな寝息を立てるエミリアの姿。
そう、明らかに泣き疲れて眠ってしまっただろうことを示すように、布団もかけず。
それを見て魔法使いは、このままじゃ風邪を引くだろうと、彼女の下にある布団を引き出し、その上にかけてやる。そして頬にかかった髪の毛をのけると、愛らしいエミリアの顔が更に露わになって……。
それは、多分泣き過ぎた為だろう、少し瞼が腫れぼったくなっていて、思わず胸が痛んでしまうかのようになっていた。そんな彼女の顔をしばし見つめ続ける魔法使い。そう、先ほどの冷たさはもうない、どこか辛いような眼差しを浮かべた表情をして……。
そして、その頬に触れ、やがて決意したよう額に手を持ってゆくと、そこに手を当てたまま目を瞑り、とある呪文を唱え始める。
「カエキワ・クシクデ・アタビゾク・ズヲビノ・ソアフヲ・ゾオヨ・ザビヲナ・オヲシリ・カエキ・ゾクメ・ソアフヲ・ゾオヨ・セルアケイワ・クサツ・ヤキユ……」
それは、長い、長い呪文。延々と唱えながら、額に手を当て続け、魔法使いは渾身の力にて魔法をかけてゆく。そう、彼女から記憶を消す為、自分との記憶を消す為に……。そう、それが故にここへ来て、こうして脳に手を加えているのであって……。そして、
やるべきことを終え、魔法使いはゆっくりと目を開ける。そして額から手をのけ、一つ深い息を吐くと、名残惜しいよう再びエミリアの頬へと触れてゆく。それは、相変わらずの安らかな寝顔。だが、明日目を覚ませば……。切ない表情でエミリアの顔を見つめると、魔法使いは、
「すまない……」
夜明けは、もうそう遠くはないところに迫っていた。