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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第一話 令嬢と性悪魔法使い その十四

 そしてその日エミリアは、気がかりを解決すべく、約束の期限について魔法使いに尋ねてみた。すると、


「屋敷が片付いたら、終わりとしよう」


 行きずりの少女を、いつまでも置いておく訳がない。やっぱりそうかと、エミリアは魔法使いの返事に項垂れた。途端に片付けの能率はさがり、だらだらと仕事は進んでいった。だが、いつか終わりは来るものである、あれから三日後、とうとうほうきで最後の一掃きをすると、この屋敷の全ての片付けは完了した。


 終わってしまった……。


 エミリアはほうきとちりとりを手に、気の抜けた表情で玄関ホールに立ちつくしていた。確かにこれだけのことをやり遂げたのだから、勿論達成感はあった。だが今はそれよりも、これでこの家を出なければいけないのだという虚脱感のほうが大きかった。


「ほう、終わったみたいだな」


 突然かけられた声の方へと目を向けてみると、ぴかぴかに磨き上げられた、十日前のあの様子からは想像もつかない景色に、見惚れるように見回しながら魔法使いが近づいてきていた。


「あと、このゴミを捨てておしまいです」


 そう言って、ちりとりの中のゴミを指すエミリアに、魔法使いは「そうか」と頷いた。


「だがまさか、ここまでやるとは思わなかったな。貴族の娘がな」


 いつもの何か企みごとでもあるような笑いではなく、邪気のない、自然な微笑みが魔法使いの口元に浮かんでいた。


 反則だ、とエミリアは思った。


 最後の最後に、この人のこんな微笑みを見ることになるなんて……。


「私は約束を果たしただけです」


「いや、よくやったさ。見違えたぞ」 


 そう言って、魔法使いはこれまでの苦労をねぎらってのことなのだろう、エミリアの頭を軽くポンポンと叩いた。


 今更の優しさだった。これで本当に終わりなのだということを実感させるその優しさは、余計エミリアの気持ちを重くするばかりであった。


 そしてエミリアは心の中で呟いた。


 私はここにいてはいけないですか。ここにおいてもらうことは出来ないですか。


 だがそれは、口に出すことはできなかった。


 魔法使いは、もうこれでエミリアは出て行くのだとばかり、思い込んでいるのだろうから。


「出る支度をしてくるといい。その後おまえは解放だ」


 エミリアの気持ちも知らず、無情にも魔法使いの言葉が響く。


「はい……」


 なんとあっけない別れだろうか。


 そう、自分はひょんな切っ掛けで知り合うことになった、ただ数日間の同居人に過ぎない。魔法使いにとってその存在は決して大きなものではなく、すぐに遠い彼方へと忘れ去られてしまうのだろう。だが、数日でも寝食を共にした人間なのだ、少しは悲しむ素振りくらい見せてもいいだろうに。


 家を出されることへの不安もあるのだろうが、あんな人間に対してでも情というものが形成されるらしい、不覚にも涙ぐみそうになりながら、ゴミを片付け、ちりとりとほうきをしまうと、エミリアは自分の部屋へと駆け込んだ。


 持ち物は小さな鞄一つだけ。ここに来た時に着ていたドレスに袖を通し、鞄を手にするだけで全ての準備は完了だった。


 だが着替え終わった後、まだ終わらせないとエミリアはひっ詰めていた髪を解き、ふわふわなその巻き毛に櫛を入れた。今のこの時間を限りなく引き延ばそうとでもいうよう、丹念に。そして、初めてこの家に来た時のように、髪の両脇を少し取って上げ、高いところの二箇所にリボンをつけると、鏡台の上に置いてあった薔薇の花に目を止めた。


 魔法使いが魔法を掛けた、あの枯れない薔薇である。


 それは十日前初めてこの花を見たときと何ら変わりない瑞々しさを保っていた。そう、ここに来た時との帰る時とのただ一つの違い、確かにここで生活していたのだという証の花。


 花言葉は『温かい心』。


 その心を、あの魔法使いに求めてはいけないものなのか。


 身支度を整えたエミリアは、名残惜しげに手にとってしばしその薔薇を見つめていた。だが、もうこれ以上やることがない事を悟ると、仕方なくそこから立ち上がり、借りていた魔法使いの服を手に部屋を出た。


 魔法使いは、階段下でエミリアの準備が終わるのを待っていた。


「これ、ありがとうございました。ちゃんと自分で洗濯してくださいね」


 そう言ってエミリアは手にもっていた服を渡した。だが、それを魔法使いは困ったような顔をして見つめると、暫しの逡巡の後、階段の手すりに引っ掛けた。


 嗚呼、これは後で洗ってもらえるのだろうか、それともこうやって再び部屋が散らかってゆくのか……エミリアは洗濯物の行く末を案じながら、後ろ髪引かれる思いでそれを見送ると、先を行く魔法使いに従って歩を進めた。


「大きな道まで案内しよう。そこを真っ直ぐ行けば、小さな街に出る。行き先は……王都でいいのかな? だとしたら乗合馬車だが、馬車の駅は、多分すぐわかるだろう。見つからなかったら人に聞くといい。次の馬車は午後五時三十分だから、今から行けば十分間に合う」


 そう言って魔法使いは屋敷の扉を開け、エミリアに先へ進むよう手で指し示した。


 そして、エミリアが扉を潜る瞬間、


「漸く解放だな。嬉しいだろ」 


 嗚呼、この人は私が解放されて喜んでいると思っているのだ。


 確かにおさんどんからの解放は嬉しい、だがこの家を出るということは……。


 沈んだ表情のまま、それに返事をすることもなくエミリアは家を出た。一方の魔法使いといえば、エミリアの表情に気付く様子もなく、変わらぬ態度でその後に続いてゆく。そして扉を閉めると、エミリアを先導するよう前を歩き始めた。


 何も気付かない、この人は。私が出て行くことを喜んでいるようにも見える。きっと、そうに違いない。思いもかけず振りかかった厄介ごとから離れられて、嬉しいのだ。


 揺れる魔法使いの背を見つめながら、エミリアはそう心に思っていた。


 場所は、開けた屋敷の庭から、鬱蒼とした森の中にある、今にも消えて無くなりそうな小道に変わっている。この小道を抜ければ、きっと本当の別れが来るのだろう。


 その先にエミリアの当てはない。


 嫌だ。


 絶対に嫌だ!


 結婚なんてしたくない。


 路頭に迷うのも嫌だ。


 おさんどんでも何でもやるから、あの家にいさせて欲しかった……。


 エミリアは考えた。今自分はどうすればいいのかを。どうすれば、自分の場所を得られるのかを。


 そして、


「師匠!」


 エミリアは、目の前の魔法使いの背に向かって、そう声を張り上げた。


 魔法使いはその突然の大声に足を止めると、訝しげな表情でエミリアを振り返った。


「私はおまえに師匠と呼ばれる覚えは……」


 だがエミリアは魔法使いの言葉をさえぎるよう、その場に膝をつくと、


「師匠! 私を弟子にしてください!」


 そう言って平身低頭し、魔法使いに懇願した。そう、これが切羽詰ったエミリアの考えだした、最後の最後の手段であったのだ。


 そんな突然と言ってもいいエミリアの突拍子もない申し出に、魔法使いは目を点にして彼女を見下ろしていた。唖然としていると言って良いだろう。だが気を取り直すと、なにやら考え深げに首を傾げ、


「成る程、したくない結婚から逃れる為の、居場所が欲しいんだな」


 訳知り顔でそう言ってきた。


 だがそれを言っては身も蓋もない。


「そ……れもあるかもしれませんが、わたくしエミリアは、師匠の魔法に感服し、是非ともその技を教授していただきたいと思った次第であります。真面目に日々鍛錬していきたいと思っておりますので、どうぞよろしくお願いします!」


 魔法使いの魔法など、使い魔を行使した時と枯れない花を見せられた時ぐらいしか拝見しておらず、感服に至るかどうか怪しいところがあったのだが、とにかく体裁を繕うべく、恭しくそうエミリアは言った。


 だが、


「私は、弟子は取らない」


 魔法使いの返事は全くつれないものだった。


「師匠ー!」


 堪えていた涙が途端に溢れでる。エミリアはその涙で顔をグジュグジュにさせながら、魔法使いにすがった。取り合ってもらわねば、後は哀れ色ボケじじいの餌食になるか、路頭で乞食になるしかないのだ。このままでは引き下がれない、エミリアは必死だった。


「何でもやります! 掃除も、洗濯も、炊事も! だからお願いします!」


 必殺技を繰り出すエミリアだった。


 だがやはり、魔法使いはつんとそっぽを向いたまま、その言葉に動じる気配はなく、


「私は、弟子は取らない」


 この一点張りだった。


 エミリアはもうやけだった。


「肩ももみますっ!」


 つん


「野良仕事もしますっ!」


 つん


「薪も割りますっ!」


 つん


「食後のデザートもつけます……」


 もう駄目かと、力なくそう呟いた時だった。つんと背けた魔法使いの目が、ぴくりと反応して、エミリアに向けられたのだ。


 デザート……


「パウンドケーキ」


 ポツリとエミリアが言うと、再び魔法使いはピクリと反応した。


「洋ナシのタルト」


 ピクリ


「パンプディング」


 ピクリ


「アップルパイ」


 ピクリ


 しばしの沈黙が流れた。そしてエミリアは考えた。この反応は一体何なのだろうかと。


 そしてしばしの沈黙の後、魔法使いはゆっくりと口を開いた。


「それは、毎食後、かな」


 コクリコクリコクリ。 


 エミリアは必死で何度も頷いた。これを取り逃がしたら後がないとでもいうように。


 すると魔法使いは、もと来た道をたどるよう、身を翻して歩き出した。


 そして、一言言った。


「私のことは、お師匠様と呼べ」


 これは、どういうことなのだろうか? 門弟に入ることを許されたということなのだろうか? 去り行く魔法使いの背中を見つめながらエミリアは考えた。そうでなければお師匠様と呼ぶ事は許されないはず……いやだが、ただ呼び方を注意されただけかもしれない。


「何をやっている、早くこないか」


 ぼけっと突っ立って中々来ないエミリアに、痺れを切らしたように魔法使いは言う。


 その言葉を聞いて、エミリアの目から新たな涙が流れた。そう、今度は嬉し涙である。


「師匠ー!」


 あまりの嬉しさに、エミリアはその元へ駆け寄ろうとする。だがその瞬間、ギロリと突き刺すような眼差しで、エミリアは魔法使いに睨まれた。


「師匠?」


 それにエミリアは駆けようとした足をぴったり止めると、


「お……お師匠様……」


「よろしい」


 こうして師弟関係は出来上がった。一人は食後のデザートを求め、一人は身を隠す場所を求め、お互いの真の動機はなんとも不純なものだったが。だがこれで、エミリアは何とか住む家というものを得ることができたのだ。その先行きは、不安と恐怖が、複雑に入り混じったものではあったのだが……。 

これで第一話は終わりです。次から第二話に入りますが、うーん、もう少しテンポよくストーリーを進められるといいなぁ……。

ちなみにこの作品は短編連作と言う形式をとっていますが、第三話までで一つの大きな話となっております。第一話が序、第二話が破、第三話が急、といったところでしょうか。

つたない文章ですが、よろしかったらこれからもお付き合いくださいませ!

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