表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第四章 そして、その時は始まった
139/165

第十話 炎火の姫君 その十二

 そうしてそれから……二人はひたすら前へと進み続け、一時間、二時間と時は流れていった。だが、じっくり吟味しながらの道程、歩む速度は自然ゆっくりしたものとなり、その距離は思ったほど進んだものにはならなかった。そして、心当たりのようなものも、残念ながら今のところまったく見当たらず……。あまりにも代わり映えのしない風景、なので気付かないうちに通り越してしまったのかと、そう思って不安なんかも胸に過っていってしまうイーディスであったが……だが、自分では大分注意して周りを見てきたつもりだった。ここまでの道程を、これでもかという程しっかりと。その限りで何かを感じるということは特になく……。イーディスは自分に言い聞かせる。いや、きっとまだ目的地に到着してないのだ、大丈夫、大丈夫、心配しないで、と。そして、何かあの時の痕跡のようなものはないかと、更にキョロキョロ荒野に目を走らせながら道を進んでゆくと、


「!」


 イーディスが何かを発見したように表情を変える。そしてそれを確認するかのよう道を駆けてゆくと、不意に前方を指差してイーディスは振り返り、


「あの木、あの木を覚えている! そうか、やっぱりまだ目的地にはついていなかったんだ」


 そう、イーディスが指差したそのずっと先、そこにはぼんやりと一本の木が生えていたのだ。


 やはり道は通り過ぎていなかった。そして、この道で合っていたのだ。それに、イーディスは胸に期待感というものが広がってゆくのを感じると、


「そう、こんな所にぽつんと立つ木だったから、よく覚えている。その木をもう少し行ったところだ!」


 そしてそれから二人は、その木を目指して歩みを進めていった。そう、急く気持ち、早くたどり着きたい気持を抑えながら、でも、自然足は早くなって……。すると、どうやら思っていたより場所は遠かったらしい、歩いても、歩いても、中々目的地が近づいてこない。それでもやがて……そう、最初は本当に小さな影のようにしか見えなかった木、いつまで経っても近づかないように見えた木、焦りを抑えてひたすら歩き続けることで段々それは大きくなってゆき、やがて見上げるほどのものとなって、ようやくその大樹の前へと二人は到着したのだ。それは、こんな所には全く不釣合いなほど、立派な太さを持った木であって……。二人はしばしその木陰に入りまじまじと木の威容を眺めると、確かに近づいてきている目的地に、心が湧き立ってくるのを感じていった。そして、気が済むまでそれを見つめると、更に周囲に気を配りながら、二人は再びそこから歩みを進めてゆき……。すると、


「ああ、何か目印のようなものがあるといいんだけど……」


 不安を隠せないような言葉が、イーディスの口からこぼれる。そしてしばし道をいった後、イーディスは不意に立ち止まって辺りを見回すと、


「ここだ……」


 ポツリとこぼれるイーディスの言葉。そう、確かにここだということは、レヴィンにも分かりすぎる程分かるものだった。目の前に広がる光景、それが明らかに今までと違っていたからだ。


 まず目を引くのは、なぎ倒され引きちぎられた雑草達。恐らく大量の魍魎が這いずり回ったからだろう、そのせいでか、土までもが見えてしまっている箇所がそこここに無数に広がっていたのだ。そして、所々まだらに点在する、黄色く枯れた箇所。これは、魍魎が吐き出した毒液のせいだと思われた。そう、それはまったく見るも無残といった感じで、大分日にちは経っていても、その時の傷跡をまだまざまざと残していたのであった。


「これは……ひどいな」


 その有様から当時の惨事をうかがい知ることができ、レヴィンは思わずそう呟く。そして、呆然としながらレヴィンはその地を見つめてゆくと……。


「?」


 傍らでは、そんな彼に構わぬようイーディスが、一人顔をうつむけ野原を忙しなく彷徨っていっていた。そう、その乱れた大地、草の陰、道の上等など、更にこの箇所を細かく調べるかのよう、目を地に走らせ……、


「何を、しているの?」


 突然はじめた、イーディスの行為に、不思議に思ってレヴィンは言う。すると、


「何か、仲間の痕跡が残ってないかと思って。ほんの、欠片でもいいんだ」


 目を地に落としたままのイーディスの言葉であった。それはどこか必死の様相で、その言葉の内容も相まって、レヴィンはすぐにピンときた。そう、そんな言葉をもらしたイーディスの胸の内というものを。それは多分……そう、多分だが、彼女は確かな証拠というものが欲しかったのだろう、ここで仲間が魍魎たちと戦ったのだという、過去の確かな証拠が。そして、それを心のよりどころとして、イーディスは彼らを弔いたかったに違いない。そう、かつて生きていた彼ら、そしてここで散ってしまった彼らに、今安らかに眠ってもらう為に。


 それは、ひしひしと伝わってくるイーディスの心、それをしっかと受け止めてレヴィンはコクリと頷くと、彼女と一緒にその何かを求めて地に目を落としていった。そしてしばし二人はそうしていると、


「あ……」


 不意にイーディスが小さな声を上げた。それを耳にしてレヴィンは訝しげに顔を上げると、


「どうしたの?」


 どうやらイーディスは何かを見つけたようだった。地に視線を釘付けにしたまま座り込み、何かを手に取ろうとしている。


「セリアの髪飾りだ……」


 それは、金地に細かい文様が刻まれている、櫛形の髪飾りだった。まとめ上げたセリアの髪にいつも挿されていた、彼女お気に入りの。確かに見覚えのあるそれ、彼女の遺品であるその髪飾りを手にして、イーディスの胸には例えようもない程の悲しみが、じわじわと湧水の如く湧き上がってきた。そして、それと共に蘇ってくるのはあの時の光景。そう、魍魎に呑み込まれながらも、気丈にイーディスを逃がそうとしたセリアを。行くのです! 私に構わず! と声を振り絞りながら、自らを犠牲にしていったセリアを。魍魎に取り込まれて、苦しい思いをしたに違いない。あのぶよぶよの体の中で息も出来ず、恐らくそのまま命を失って……。イーディスの胸に更なる悲しみが湧き上がってくる。そして、それと同時に怒りもふつふつと。そう、仲間たちをそんな状態に追い込んだのは……。


 堪えきれず、涙をこぼしてゆくイーディス。それにレヴィンも心痛くなり、何とか彼女を慰められないかと、その肩に静かに手を置いてゆく。すると……その時、


 ざわわ、


 草が触れ合う……音がした。いや、そんな生易しいものではない、何かが引きずられるような、ズルズルとした耳障りな音が。何かとレヴィンは顔を上げてみると、そこには……、


「!」


 レヴィンの視界に、ここにあってはいけないモノの姿が目に入ってきた。それは……ぶよぶよとした黒い体、エメラルドの模様、紫色の核。そう、魍魎である。


「イーディス! 魍魎だ!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ