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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第四章 そして、その時は始まった
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第十話 炎火の姫君 その十

 そしてリディアはイーディスの申し出を受けると、一昨日と同じ場所へ行き、早速剣の手合わせをし始めた。小気味良い音を響かせながら剣を打ち合う二人、そしてそこから少し離れた場所では、当然見なきゃとでもいうような様子で、レヴィンが興味深げにその様を観戦していた。


 右、左、右、左、剣を繰り出し、額に汗を光らせながら、イーディスは必死の表情でリディアに食らいついてゆく。そう、まったくをもって、必死そのものといった表情で。確かにそれは一昨日もそうだったのだが、今日のイーディスは更にそれを上ゆく程のものがあり……。いや、必死というより、異常ともいえる鬼気すら感じられ……。


 一方のリディアも、上手くあしらってはいたが、イーディスのその気合を感じてか、少し気圧されているような感もあった。そして、中々途切れない剣の打ち合いに自ら決着をつけるよう、リディアはイーディスの剣を弾いてその切っ先を左胸に突きつけると、


「私の勝ちです。少し休みましょう」


 だが、イーディスはリディアのその言葉に首を横に振った。


「まだだ! もう一本お願いする!」


 みなぎる気合。それを受けて仕方がないというようにリディアは首を横に振ると、


「では」


 再びの打ち合い。ひたすら突き進むイーディス。周りなど何も見えないかのよう、ただ剣を突き出すことだけにがむしゃらになって。


 それを見ながらレヴィンは思った。いけない、前に進むだけではいけないのだ、と。


 そしてリディアは頃合を見計らったように今度は思い切って中へ入り込むと、その首へ潰した剣の刃を向けた。そう、またしても、


「私の勝ちです。さあ、今度こそ休憩です」


 だがイーディスは、


「まだだ!」


 どうも空回りしているようにも見えるイーディスの気合。さすがにこれ以上はと思ったのだろう、リディアは、


「姫は大分疲れているように見えます。連続は体に厳しいでしょう」


「まだ大丈夫だ! お願いだ、私はもっと強くなりたいのだ! 強くなって、早く大人になって……」


 相変わらず、異常ともいえる気合だった。リディアも何かおかしいと思っていたが、それを口に出すことはできず、困ったように大きくため息をついてゆくばかり。だがやがて、その熱意に負けたかのよう、イーディスを受け止めるべくリディアは剣を構えると、


 カンカンカン


 再び響く剣の合わさる音。そしてそんなイーディスを見つめながら、レヴィンはなんとなく彼女に危うさを感じていた。そう、


 もっと強くなりたいのだ……その言葉に。


 確か同じようなことを一昨日も彼女は言っていた。そこから察するに……恐らく、その言葉には自分が子供である事の歯痒さというものが込められているのであろう。そして、強くなる、早く大人になる、その思いを突き動かしているのは、怒り、そして恨みであるように感じられた。両親をそして仲間を殺されたことへの怒りと恨みが、彼女を身動きの取れない感情の深みに落ち込ませてしまっている、と。強くなり、早く大人になって、皆の為に祖国を奪還せねばと、自分を追い詰めてしまっている、と。


 激しい感情にとらわれ、ただ前に進むことだけを見ているイーディス。時には引くことも必要なのに、まったく周りを顧みることもなく。そして、その気持ちが剣にも表れてしまっているような気が、レヴィンにはして仕方がなかった。更には、それがいつか命取りとでもなるような、そんな危うい気が。


「さあ、また私の勝ちです。いい加減、あきらめたらどうです?」


 三度のリディアの勝利。厳しい声で諭すよう、リディアはイーディスに向かってそう言う。だが、


「まだだ!」


 明らかに力の差がある二人、いくら戦いを挑んでいっても、イーディスに勝つ望みなどほんとにわずかしかないのに。だが、それでもイーディスは何度も挑戦してゆく。無理と承知しているはずなのに何度も。


 立ちはだかる目の前の壁、それを突き破るのは並大抵のことではない。だが、そのわずかな望みを手に取ろうとでもするかのよう、イーディスは唯がむしゃらに、何度も、何度も、リディアに挑戦してゆくのであった。


   ※ ※ ※


 そして時は流れる。イーディスの苛立ちに頓着する気配もまったく見せず、無情なる流れの前にはそんな気持ちも無に等しいとでもいうかのように。彼女の気持ちを否応なしに押し流してゆく時、歯痒さを感じながらもどうすることもできない時。そうしてそんな思いを抱きながらも、相変わらず何も変わらぬまま、徒然に日々はしばし流れていった。


 そう、何も変わらぬままに……。そしてその日も……いつもの日和、いつもの退屈、いつもの苛立ち、いつもの……だがそんなある日、イーディスはどこかそわそわしたような様子で、とある扉を前にうんうんうなりながら右へ左へとウロウロしていた。傍らにはその扉を守るよう近衛兵達がでんと居座っており、胡乱げな眼差しで明らかに不審と分かるイーディスをじっと見つめている。あまりにもしつこくウロウロするものだから、何度も「何か……」と彼らもたまらず尋ねてきたりもするのだが……イーディスは、


 いやいやいや


 やはり中には入れないと、首を横に振るばかりなのであった。


 だがしかし……近衛兵も守るこの扉、何故かイーディスが躊躇するこの扉、この扉の正体とは、一体……何かのありがたい宝物でも納められているのか、躊躇うほどに高貴な者でも住まわっているのか。何も知らぬ者なら、イーディスの様子からきっとそんな風に思ってしまうことだろう。だが、実はそれは……いや、確かに高貴は高貴である者の住まう部屋なのであった。一般の人間ならばそうそうお目にかかることはできない程の。だが……いつものイーディスならなんてことはない、ほんとに全くどうってことはない……そう、これはレヴィンの部屋の扉なのであった。イーディスはレヴィンに用事があり、こうしてやってきた訳だが……。胸にあるとある事情ゆえ、どうにもその扉がくぐれずウロウロするばかりなのであった。レヴィンが在室していることは近衛兵の話から分かっている、なので、後はこの扉をくぐるばかりであったのだが……、


 ええい、もういいではないか!


 悩み悩んでいたイーディス、だがいつまでもこうしていても仕方がないと、とうとう心を決めたように扉へと体を向ける。そして、取次ぎもせずいきなり部屋の中に入ってゆくと、


 まずそこに広がっていたのは、上品な装飾でまとめられたレヴィンの部屋の居間であった。幸いなことに、レヴィンはその居間のソファーでくつろいでおり、探す手間なく求める姿がイーディスの目に入ってくる。すると、響くその物音で気付いたのだろう、レヴィンは誰かの訪れを察したかのよう顔を上げると、


「あれ、どうしたの。そっちから訪ねてくるなんて」


 いつもながら突然のイーディスの訪問。だがそれよりも珍しいイーディスの方からの訪れに、レヴィンは驚いたような表情をする。そして、「一体何?」と、彼女の言葉を待ってゆくと、


「ちょっと、頼みたいことが、あるのだが……」


 そう、イーディスの用事とはこれであったのだ。仕事放棄が引きずって、レヴィンに頼みごとをすることがいささか不本意であったイーディス、それ故話を切り出しづらく、こんな態度になってしまっていたのだ。今もどこか躊躇いがぬぐえない様子で、顔をうつむけながらもじもじとしてしまっている。


 だが、これは珍しいともいえる彼女からの頼みごとであった。それも中々見られないともいえる殊勝な態度で。その意外に思わずレヴィンは目を見張ってしまうが、すぐにいやいやと思いなおし、意外と可愛いところもあるではないかと、そのしおらしい仕草に思わずうんうん頷いてゆく。そして、


「何? とりあえず言ってみてよ」


 すると、それにイーディスは「ああ……」と言葉をもらし、


「実は……私を城の外へ連れ出して欲しいのだが……おまえは、お忍びの達人なのだろう。なら、この結界を抜けて私を外へ連れ出すことも可能かと……」


 心の思い、ようやく言ったという感じのイーディスであった。だがその頼みは……。それにレヴィンはうーんとうなりながら、


「まあ、不可能じゃないけど……君は王室が保護している立場の者でもあるし、ルシェフに狙われてる訳でもあるし、ホイホイ連れ出す訳には……理由にもよるかな」


「そうか……」


 やはりと、希望を砕くその言葉にガックリとうなだれるイーディス。すると、レヴィンはイーディスのその様子に興味が引かれたようで、


「でも、一体何故? どうして外へ出たいの?」


「それは……」


 その言葉に、一瞬イーディスは躊躇いを見せる。だが、思い切ったように口を引き結ぶと、


「アデランドから、自分がここに来るまでに、犠牲になった者たちがいるのだ。私につき従ってくれた……私の侍女や護衛の者達だ。その者の弔いを……したいのだ」


「弔い?」


「そう、ノーランドの国境を少し越えたところで、我々一団は魍魎の大群に襲われた。そこで魍魎達の手によって、我々一団はほぼ全滅してしまったのだ……もう骸も何もないとは思うが、せめて祈りだけでも……と」


 なるほど、と思った。それはきっと、リディアの言っていたあのことと絡むのだろうとそう思って。そしてレヴィンは腕組みをし、しばしそれについて考え込んでゆくと……うーん、イーディスを外へ連れ出す、それは今の状況を考えれば、そう簡単な気持ちでできるものではなかった。何より危惧しなければならないのは、その途中魍魎に襲われるかもしれないという可能性。そう、どうにも目を背けることのできない、重要な。だが理由を聞くかぎり、確かにそれは同情を禁じえないものであって……。状況からすると難しいことではあった。だが、仲間を偲ぶ彼女の気持ちというものを考えるのならば、できれば叶えてやりたいと、そう思う程のものであり……。そして、悩み悩みながら、しばしの時の後、


「そうか……」


 と、まだ躊躇いが取れないといったようにレヴィンは呟く。だがやがて、イーディスの気持ちをおもんばかってか、レヴィンは心を決めたよう頷いてゆくと、


「分かった。少しだけなら連れ出してあげるよ。でも、ほんとに少しだけだからね」


 レヴィンのその言葉に、不安げだったイーディスの表情は一気に明るいものに変わった。そして、


「ああ、ありがとう!」

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