第九話 夢路の果ての歌姫 その四
そしてその翌日から、本格的な仕事が始まった。やはりいつもの如く枕が変わったおかげで中々寝つけず、ようやく眠りについたのは大分夜も進んでから。なので寝起きの気分は最悪で、どうにもできない寝不足の頭を抱えながら、魔法使いはエミリアと共にレティスを迎えに行くこととなった。そう、これから皇太子が帰るまで約一週間、レティスを迎えに行って仕事場に行って警護して家に送って、というスケジュールをひたすら続けてゆくことになるのだ。
そして今、レティスは新作である『狂乱の宴』の舞台稽古に入っていた。セットを組み立て、本番の衣装を着ての稽古、何が起こってもすぐ対処できるよう、魔法使いはそれを舞台袖から静かに見守っていた。そう、彼にとって、とにかく優先させねばならないのは仕事。なので、くっついてきたエミリアはさぞかし暇をもてあますだろうと思っていたが、舞台裏に回ってみたり、地下に降りていってみたり、練習風景を見学していたりと、歌劇場の色んなものに興味を惹かれてか、あちこち動き回って、彼女なりにこの場を楽しんでいるようであった。特に不審な出来事というものも起こる気配はないようで、とりあえず平穏無事といってもいい日々が過ぎゆき、レティスだけでなく他の者皆、不安を忘れたかのよう無心になって、稽古の追い込みへと入ってゆくのであった。
そして二日、三日と時は経ち……四日目、プルミエ前日。通し稽古であるゲネプロが終了して、出演者達は皆それぞれ自分の楽屋へと戻っていった。それを客席から観ていた魔法使い。是非舞台を正面から見て欲しいというレティスの申し出に、今回はそうしていた魔法使いだったが、やはり余韻に浸っているような暇はないのであった。すぐに仕事と、共に観劇していたエミリアを連れ立って、魔法使いはレティスの楽屋へと向かっていった。すると、
「はぁ、今回の作品も素敵ですね。明日はきっと上手くいきますよ」
感激しきりのエミリア、どうやらこの作品も気に入ったようで、興奮冷めやらずといった様子で彼女はそう言ってくる。だが、魔法使いにとっては作品の出来より無事依頼を終えることのほうが大事で……。
「だといいが……」
そしてレティスの楽屋の前までやってきた二人。入っても大丈夫かと、その扉をノックしようとした時、
「キャー!」
不意に楽屋の中から悲鳴が聞こえてきた。
そうそれは、明らかなるレティスの声。
それに、一体何が起こったのかと、一瞬にして背に緊張を走らせ、魔法使いは何度も激しく扉をノックしてゆく。そして、
「アシュリーだ、いいか、入るぞ」
そう言って返事を待つことなく扉を開けてゆくと、そこには……。
口に手を当て、呆然と立ちすくむレティスの姿があった。そしてその視線は、とあるものへと向けられており……そのとあるものとは、
「花束?」
エミリアがそうポツリと言葉をもらす。
そう、レティスの目の前には、何本もの薔薇の花があしらった豪華な花束が置かれていたのだ。そして床にはその花に添えられていたと思しきカードが落ちている。それを魔法使いは拾うと、
「あなたの成功をお祈りします。ルシェフの者より……ルシェフからの花束か」
カードの文字に目を走らせ、渋い表情をする。
ただの花束。まだ、初日を迎えていない舞台に送られた。だがそれは……。
「エノーラ、エノーラ、あなたはこの花束、受け取った?」
付き人の女性にレティスはそう訪ねる。胸によぎる嫌な予感、まるでそれを拭おうとでもするかのように……。するとそれに付き人は、
「いえ、私は受け取っておりません。それに第一……」
そこで付き人は言葉を止め、表情を曇らせる。それを見てレティスは悟った。そしてやはりといったような表情をすると、
「そうよ、この部屋には鍵がかかっていたはず。そしてその鍵は」
「はい、私が持っておりました」
一体いつ、どうやって、誰がこの花束を持ってきたのだろうか。そう、この、彼女の部屋に……。だが残念ながら、それを目撃した者は今ここにはいない。そうである以上、その者の正体を知ることは誰にもできないのであって……。そしてレティスはその気味の悪い出来事に表情を苦いものにすると、
「明日が初日だというのに、気分の悪いことが……ああ、縁起でもない」
そう言って疲れたよう額に手を当てた。
※ ※ ※
そしてとうとう新作歌劇『狂乱の宴』のプルミエがやってきた。新作とあってその成功はまだ遠く霞む霧の彼方。音楽は? 脚本は? 演出は? そして演じる自分達は? 何もかもがまだ手に取ることができないこの状態で、誰もが不安と緊張の中にいた。だが、ここまできたらとにかく全力を尽くすのみ、ただただ腹を据えて前へ進むのみであった。
舞台は静かに始まりゆく。心が震え、緊張は最高潮に高まる。そう、力を込めるべきはこのひと時。プレッシャーすらも糧に変え、このひと時へと向かって皆足を踏み出す。秘めたる闘志を胸に、成功への渇望を胸に、自分達の表現の場、そう、目の前の舞台へと向かって。そして……。
レティスの役は大魔女ベレニス。偉大なる力を手に入れ国を混乱へと導く美しい魔女。前作『古城の舞姫』とは打って変わって、ひたすら妖艶に、ずる賢く、蠱惑的に。
レティスとしては珍しい役どころではあった。だが、それは新境地を開拓したといってもいい程レティスにはまっていて、まるで大魔女そのものの如く彼女は歌い演じていった。確かに元々は澄んだ可憐な声質のレティス。この役柄ならば迫力のある野太い声がいいのだろうが、それを越えた圧倒的な歌唱力で、皆の心をつかんでいったのだった。
そして舞台が終わると、
「ブラーヴァ!」
「ブラーヴァ!」
「ブラヴォー!」
「ヴラヴィー!」
「ブラーヴァ!」
一斉に湧き上がる拍手。そしてスタンディングオベーション。新たに生まれたこの作品に、そして何よりプリマドンナであるレティスに、皆惜しみない賛辞を送ったのであった。舞台は大成功。何度も行われたカーテンコールの後も興奮冷めやらず、観客達はしばしその余韻に浸っていた。そして終演後……、
客席には、舞台の灯が消えても尚帰ろうとしない人々の姿が、まるで再びのカーテンコールを期待するかのようたむろしていた。それを舞台袖から見ていた魔法使い。だが、今日はこれで終わりということを知っていた魔法使いであったから、彼らのような高揚した気持ちはなく、落ち着いた、感情の薄い眼差しでその様子を見ていた。そして、それより何より気になるのはこれと、うずうずとした様子で魔法使いは時計へと目をやる。そう、すぐ楽屋に行ってはレティスが着替えているだろうと、終わる辺りを見計らってそこへ行こうと思ったのである。エミリアもついさっきまでは一緒に袖で舞台を観ていたのだが、終演するとすぐ、この仕事の間仲良くなったスタッフやキャスト達に挨拶するべく、さっさとどこかへ消えてしまっていた。なので魔法使いはそろそろ時間と判断すると、一人ゆっくりレティスの楽屋へと向かってゆくのだった。
終演後の慌しさ、色々な人とすれ違って、やがて魔法使いはレティスの楽屋の前に到着する。そしてその扉をノックしてゆくと、すぐに、
「だあれ?」
陽気な感じのレティスの声が、扉の向こうから聞こえてきた。
「アシュリーだ、入っていいか?」
「どうぞ、入って」
その促しに、魔法使いは扉を開けて中に入ってゆくと、そこには酒らしきものが入ったグラスを手に、微笑みながら彼を迎えるレティスの姿があった。付き人はおらず、レティス一人である。
「ふふ、可愛い奥さんは先程挨拶に来たわよ」
「そりゃどうも」
そして、今は他を回っているということらしい。意外と行動派なエミリアに魔法使いは困惑しながらそう言葉を返すと、その様子にいかにも微笑ましいといった感じでレティスは口元に笑みを浮かべる。そしてレティスはグラスの酒を一口飲むと、
「どう、凄い反響でしょう。この拍手を聞く度、私はこのために生まれてきたんだなって思うの」
どうやら、もう少し酔っているようだった。頬を赤らめて、興奮が抑えられないというように、ひたすら陽気にそう話す。
「あれがあるからこそ、つらいお稽古も耐えられるし、色んな心配事や悩み事も、全部忘れて歌に打ち込むことができるの」
昨日とは打って変わって、明るさで満たされているような彼女だった。成功をこの肌で感じて、それに心地よく浸っているかのように。だが……どこか無理をしているようにも感じられる彼女であって……。昨日のことを忘れるため、表面的にそう取り繕っているような。酒を飲み、酔うことで胸の不安を抑え、この興奮に無理やり酔おうとしているような……。そして、レティスは少し愁いを帯びたような眼差しで魔法使いを見つめると、
「今があるのは、あの時のおかげよ。あの時があったからこそ私は……」
だが、そこでレティスは何故か言った言葉を取り消すよう首を横に振った。そしてもう一つグラスを用意してそこに酒をついでゆくと、
「今日はほんとにいい気分、あなたも少し付き合ってよ」
差し出されたそのグラス。仕事中でもありどうしようかと魔法使いは戸惑うが、少しだけならと言ってグラスを受け取った。それにレティスは嬉しそうに顔を綻ばせ、
「ねぇ、覚えている? 私達が最初に出会った時のこと」
するとその言葉に、嫌なことでも思い出したかのよう、魔法使いはレティスとは対照的に表情を歪めていった。そしてどこか皮肉っぽく、
「ああ? 魔法学校の誰かが拾うよう、お前が楽譜を飛ばしたことか」
「違うわよ、飛ばされたのよ。酷いわねぇ」
ちょっとむくれたように頬を膨らませるレティス。
「そうか? だが……おまえが魔法学校の人間に近づくチャンスをうかがっていたのは事実だ。自分の未来を知る為に」
「それは……完全には否定しないけど。でも!」
「おまえは野心に燃える少女だった。栄光をつかみ取る為なら何でもする、そう言う心持ちで私に近づいてきた」
かつての出来事を、自分が感じ、経験した出来事を淡々と述べる魔法使い。それはとても褒めているようには聞こえない言葉で、レティスは膨れた顔のまま、
「あなたを利用したつもりはないわ。でも、栄光……そう……ね。プリマドンナの地位を守る為、私は血のにじむような努力をしたわ。ほんとに、全てを犠牲にしてもいいと思った程……」
最初は膨れっ面で始まったレティスの言葉。だが、話が栄光のことになると、内に秘めた何らかの気持ちが触発されてしまったのだろうか、次第にその表情は暗いものになってゆくのであった。そして、やがてこらえ切れぬようレティスは大きく一つ息を吐くと、
「そう、栄光なんて儚いもの、気を抜けばふっと消えてしまうもの、それを分かっていながらも、必死で求めて……。トップになってからは、その地位を守るのに躍起になって……」
どこか憔悴した眼差しでそう言うレティスであった。だが、それに魔法使いはおかしなことを聞いたとでもいうよう、フッと笑いを鼻に乗せると、
「何だ突然、珍しくも随分と殊勝だな」
らしくもないその気弱な様子に、からかうような口ぶりでそうレティスに言う。すると、それにレティスはまたも膨れたような表情をするが、すぐに素直に受け入れるかのよう、自嘲的な笑みを口元に浮かべてゆき、
「ふふふ、酷い言い草ねえ、それじゃまるで、しおらしさとは無縁の人間みたいじゃない。私だって、落ち込む時はあるし、疲れてしまうような時もあるのよ」
冗談をにじませながらも、どこか同情を求めるかのような言い方であった。明るさの中にも、魔法使い曰く、らしくもないという彼女の弱音がそこに出た……。すると、それに魔法使いは、
「は、精神だけは鋼鉄だと思っていたがな。女王様も誰かに慰めて欲しい時があるという訳か。なら言ってやろう。そんなにしんどいなら、地位なんてものにこだわらなければいい。もっと肩の力を抜いていけばいい。そうだろ、違うか?」
やはり魔法使いは魔法使い、どんな彼女を前にしても、相変わらずな態度の彼であって……それに、思わずレティスは困ったような表情をすると、「確かに、そうだけど……」と力なく呟き、
「でも、どんな思いをしても、私はレティス=ハーウェイでいることが大事なの。プリマドンナ、レティス=ハーウェイとして歌うことが。それほど歌が大好きで。もしも私から歌がなくなってしまったらって考えると、恐ろしくなってしまうほど大好きで……」
何かを訴えるかのようなレティスであった。だがそこで、不意にレティスは言葉を止めると、どこか憂いを湛えた眼差しで遠い彼方を見つめてゆき……。それは魔法使いにとって不可解なもので、困惑も露に眉をひそめてゆくと、
「別に……歌がなくてもおまえはおまえだろうが」
「そうだけど……そんな私でも、愛してくれる人っていると思う?」
突然の問いだった。その瞳の奥に、不安げな、何かに怯えるかのような色を浮かべた。それに彼女は冗談でものを言っている訳ではないことを魔法使いは察すると、訝しげな表情を更に深めながら、
「結婚秒読みと噂されている人間が言う言葉か」
「結婚したらきっと仕事は辞めないといけない。歌のない私でも、愛してくれると思う? 彼は私の歌を愛し、応援し、支援し続けてくれた。彼が愛しているのは私? それとも私の歌なのかしら」
酔っているからだろうか、それとも昨日のことがあるからだろうか、どうやら彼女は情緒不安定になっているようだった。筋が通っているようで通ってない、そんなとらえどころのない問いかけに魔法使いは困惑して、
「別に舞台でなくとも歌は歌えるじゃないか。ってか、これは私に聞くことじゃないだろ。本人に聞け、本人に」
「聞けないわ……きっと、私を愛してるって言ってくれると思うもの……」
「のろけか」
「違うの! 彼は優しいから……そう、優し過ぎて……ううん、違うわね。私の本当の不安は……歌を捨てた自分を私自身が受け入れられるかってこと。華やかな歓声から離れた自分を受け入れられるかって。そのぐらい、私にとって舞台はかけがえのないものになってしまって……」
それにレティスはグラスを卓の上に置くと、ようやく自分の心を見つけたとでもいうように、深い苦悩の色を眼差しに浮かべてうつむいた。
「あの時から栄光の道を歩み始めたのならば、あれが私の分岐点。もしあれを見なければ私はどうなっていたかしら。垢抜けない、普通の音楽少女のままだったら……」
「未来が不安なのか? それでそこから逃げ出したいのか? お前の話を聞いているとどうもそうにしか私には思えんが。大体あの時、この道を選んだのはおまえだ。あの時のおまえはその道以外目に入らないといった感じだった。私と出会わなくても、あれを見なくても、おまえはやっぱり自分の心の赴く方へ進んでいたと思うがな」
甘さの欠片もない容赦ない言葉だった。それにレティスはやれやれといった感じで淡い微笑みを浮かべると、
「相変わらず、冷たいのね。でも時々思うの、栄光も何も知らないまま、普通の人間として生きていたらどうだったろうって。もしかしたらもっと幸せだったかもしれないって。例えば……フフフ、そうね、隣にはあなたがいたりなんかして」
それに、飲み込もうとしていた酒が気管に入り、魔法使いはゲホッゴホッとむせる。
「ゴホッ、それは……ありえない。ゲホッ、命……かけてもいい」
断言する魔法使い。
すると、それにレティスは面白くないよう上目使いで魔法使いを見遣り、
「あら、そんなに嫌うことないじゃない。それとも私、そんなに魅力ないかしら」
「魅力あるとか、無いとかの問題じゃない。性格的に相容れない、それだけだ」
それにあいかわらっず面白くないような表情をしているレティス。目は据わっていて、明らかに酔っ払っていると分かる表情だった。だが、レティスはめげなかった。めげない上に更に蠱惑的な笑みを口元に浮かべると、
「こうして再会したのも何かの縁。またやり直してみるってのも、いいと思わない?」
そう言って魔法使いの方へと身を寄せてゆく。そう、それはまるで誘うような目、やたらと絡んでくるようなその言葉。
冗談か? 酔った上での冗談か? レティスの行動に戸惑って魔法使いはそう自分に問いかける。だが、どうも彼女の様子はそうとはとれず……どうやら迫られているようだった。それを察して魔法使いはたじろぐと、
「おい、私には妻がいるんだが……大体おまえにも恋人がいるだろうがっ!」
まずい状況だった。非常にまずい状況だった。思わず焦って魔法使いは後退ってゆくと、それにレティスは……、
「あら、別にいいじゃない」
全く悪びれる様子もなく、ふふふと笑って魔法使いの顎に手を当ててくる。それは、何とも顔が引きつってしまうような答えで、
「別にって……」
更に身を寄せられ、とうとう魔法使いの体が壁にぶち当たる。もう後がなかった。そして危機的なことに唇は触れそうなほど近づいており……流されるべきなのか、拒絶するべきなのか、一体どうすればいいのかと混乱する魔法使い。だが……流されてまたかつてのようになるのはごめんだった。そう、これは拒絶すべき状況なのだ。同じ過ちを繰り返さない為にも、絶対に! そして……拒絶する、拒絶する、しかと胸に誓って、まさしくそれをしようとした、その時、
トントントンというノックの音が不意に響く。そしてそのすぐ後、「失礼しまーす!」という声と共に、
ガタン!
と扉が開かれた。一体誰かと見遣れば、中に入ってきたのはエミリアで……。
助かった、と魔法使いは思うが、突然目の前に広がった光景に、エミリアの方は目が点になってしまって……。そう、どう見てもあやしい雰囲気になっていたとしか思えない二人、そんな場面に出くわせば、エミリアでなくともそうなってしまうだろう。そして、エミリアは思わず身を硬直させると、タラリ冷や汗を流し、
やばい時に入ってきてしまった……。
そして、
「失礼いたしました」
これは見なかったことにしてもらおうと、丁寧にお辞儀をして去ろうとする。すると、
「おい! 行くな! おまえ、妻だろ!」
「あ、そういえば……」
今思い出したかのような言葉に、魔法使いは頭を抱える。
あ、そういえばじゃないだろ、そういえばじゃ。
そう、この危険を回避する為にエミリアを妻にしたってのに、なのにこれでは……。
そして、何となく嫌な予感がして魔法使いは再び視線をレティスに持っていくと、そこにはいかにも疑わしいような視線で彼を見つめる彼女の姿が。
「なーんかおかしいと思ったのよね。全然夫婦らしくないっていうか」
「な、何言ってるんだ、二人はれっきとした夫婦。だから……」
「指輪もしてない新婚さんって、ちょっとやばいと思うんだけど」
はなっから信じていないような言葉を漏らし、レティスは意味ありげにニヤリと笑う。
それはすべてお見通しとでもいうような眼差し。それに魔法使いはどう対処したらいいのか困って、思わずすがるような視線をエミリアに送る。だが、
「なんか、ばれちゃってるみたいですね」
「そこで素直に肯定するな! 素直に!」
「ほら、エミリアちゃんも認めたしね。だから……ねっ!」
人差し指を魔法使いの唇にチュッとくっつけて、今一度……ということをレティスは暗に示す。それにふざけるなとでも言いたげに首を横に振り、じたばた無駄なあがきをする魔法使い。その珍しいともいえる光景に、エミリアは信じられないような顔つきでまじまじと二人を見つめると、
「凄い、お師匠様が追い詰められている」
「感心している場合でもない、助けろ、エミリア!」
だが、そんな魔法使いを横目に、レティスはにっこりと微笑を浮かべてエミリアを振り返り、
「後は任せてね~」
何を任せるのか、それはご想像にお任せしますといった感じなのであろうが、まあ彼女ならいいかとエミリアは脳天気に納得して、迷わずコクリと頷いてゆく。そして、ならばと再びお辞儀をすると、
「どうぞよろしくお願いします」
言葉通り、後を任せて部屋から去っていってしまうのであった。閉じた扉を背に歩むエミリア。そしてその向こう側から聞こえてくるのは、
「エミリア~!」
悲痛なる魔法使いの叫び声だった。