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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第一章 ひとひらの花びらに思いを
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第一話 令嬢と性悪魔法使い その十二

「ふーん」

 

 屋敷の書斎で、魔法使いは買い物してきた紙袋を脇に置き、興味があるのか無いのか全く読み取れぬ表情で、暫し手にした鍵をじっと見つめていた。


 その脇にはどこか不安そうな表情のエミリア。魔法使いが帰って来た時、早速鍵を見つけたことを報告し今ここにいるのだが、やはり先程のはしゃぎようはそこに無く、今度こそは大丈夫だろうかと心配げに様子を見つめる姿があった。


「ま、確かめてみようか」


 魔法使いはそう言うと、再び手にした鍵を鍵穴へと運んでいった。そしてそれを鍵穴に差し込んでゆくと、チャっと鍵が穴の中をすべる音がする。どうやら今度は中に入ったらしい。そしてそれをくるりと回すと……。


 ガチャリ


 魔法使いは顔を上げてにっと微笑んだ。 


「おめでとう」


 どうやら鍵は開いたらしい。不安げだったエミリアの顔もぱっと明るくなり、早速興味は引出しの中身へと注がれる。そして何が入っているのだろうと中を覗き込むと、そこには……。


「花?」


 なんてことは無い、一輪のピンク色をした薔薇の花が、エミリアの視線の先に現れたのだ。これが一体、どう研究の成果と結びつくのか、エミリアは全く検討がつかなかった。だが魔法使いは「上出来上出来」と言いながらその花をいとおしげに引出しから取り出し、呆けるエミリアに面白いものでも見るような眼差しを送った。


「この花が、どのくらいの期間この机の引出しの中にあったか分かるかな?」


 水も与えられず、引出しの中に入れられていたのなら、普通の花ならば一日と持たず萎れてしまうだろう。だがこの花は今手折ってきたように生き生きとしており、やはり魔法の力が働いているだろうことを感じざるをえなかった。


 だとすれば普通の期間に収まることはないとエミリアは踏んだ。何せあの部屋の中に埋もれていた鍵なのである、ちょっとやそっとの日数ではいかにも普通過ぎてつまらなかった。ならば、


「五、六ヶ月前……ぐらい、ですか?」


 薔薇の咲く時期を頭に入れてそう答えた。今は春薔薇の季節には少し早かったので、その前の秋薔薇の時期を想定したのである。


 だが、それに魔法使いは首を横に振った。


「残念、十ヶ月だ」


「十ヶ月……へぇ……」


 どうやら、前シーズンの春薔薇を手折ったらしい。


 これが魔法としてすごいレベルに値するものなのかどうか、専門家ではないエミリアには理解できなかったが、どこか誇らしげな顔をして言葉を話す魔法使いに、きっと彼にとっては意味のある研究結果だったに違いないと、そう感じることが出来た。


「ちなみにこれは、元々枯れた花だった」


「枯れた花……再生魔法、ですか?」


 確かそんな魔法があった筈だと、エミリアは少ない知識の中から、その魔法の名称を引っ張り出した。


 それに魔法使いは、「ほう、知っているのか」と、意外な表情でエミリアの顔を見た。


「ええ……そういえば、散乱するゴミの中に、枯れた鉢植えも落ちていましたね。植物が専門なんですか?」


 再生魔法は植物以外に動物や人などにも施される。だが、屋敷に枯れた鉢植えは落ちていても、実験に使われるだろう動物の気配はなかったことに思い至って、エミリアはそう問い掛けた。


「今はね。いずれ人間にも施したいと思っているよ。再生魔法の研究者なら、誰もが夢見る……命の再生をね」


 再生魔法、それはその名の通り、失ったものを再生することであった。例えば人間なら、なくした腕、なくした足、病んでいる臓器、ざっくりとえぐられた傷口など等……。そしてその延長線上にある究極の技、それが人を生き返らせる事であった。つまり、命の再生である。だが、あくまでそれは目標であって、そこまで魔法の技術はまだまだ進んでいないのであった。確かに、植物ではこの魔法使いが行ったように、死したものを蘇らせることも出来るレベルまでいっていた。だが人間相手では、ちょっとした切り傷を治す程度で精一杯なのが現状なのであった。


「失った命を蘇らせ、そしてそれを保つ事を、花では成功しているんだ、人間にだって不可能ではないと思わないか?」


 それは、今まで誰も成功したことのない、不可能とさえ言われていることであった。なのにこの魔法使いは、不可能でないと自信すら覗かせて言っている。それはあまりにも現実離れしたものの考え方で……。


「植物と人間とではものが違いすぎますよ。動物実験でちょっとした怪我が治せた治せないって騒いでいる程度なのに。うーん、そういう問題以前に……確かに怪我を治したり、病気を治したりする力は素晴らしいと思います。でも、死んだ人間を生き返らせるなんて、自然から反したことですよ。それは神様の領域です。そんなことをしたら、きっとばちが当たりますよ」


 力説するエミリアだった。それに魔法使いは「ばちか……」と噛み締めるよう呟きながら、どこか憂いを含んだ眼差しで考え深げに俯いていた。だがすぐにそんな自分を打ち消すかのよう、魔法使いは表情を厳しくすると、


「ふん、そんなものクソくらえだ。たとえ悪魔に魂を売るような業だとしても、そこに可能性がある限り、私は挑戦する。今目の前にある課題を、一歩一歩こなしていくことが、いずれ未来につながることになると思わないか。何百年かかろうが、何千年かかろうが、そうする中で進歩し、生まれてくることだってあると……」


 どこまでも魔法使いの眼差しは真剣だった。だがそんな魔法使いを前に、エミリアは何か違和感を覚えていた。確かにその内容は至極真っ当なものであるのだが、彼の信念にはどこか歪みがあるような気がして……。そしてその違和感の正体がはっきり分からぬままに、エミリアはぽつり言葉を漏らした。


「なんだか、生き返らせたい人が、いるみたいですね」


 彼の熱心さに導かれるよう、思わず出てきた言葉であった。特に意味があった訳ではない。冗談すら込めて、軽く、本当に軽く言ったつもりだった。けれど、その言葉を聞いた途端、魔法使いはどこか遠い眼差しをして、


「そう……感じるか」


「え……ええ」


 何故だか、肯定するのが躊躇われるような雰囲気だった。だが、だからといって心を偽ってもいけないように感じて、エミリアは躊躇いながらもそうと答えた。


 するとそれに魔法使いは深い溜息をつくと、


「話し過ぎたかな」


 そう素っ気無く言い、エミリアの言葉を切っ掛けにその話を続けるのを止めてしまった。相変わらず遠い眼差しはどこか寂しげにも見えて……。


 もしかしたら、本当に生き返らせたい人がいるのかもしれない。それは恋人か、友人か、親兄弟かわからないけれど、その願いを胸に、叶わないと知りつつ研究を続けているのではないだろうか……。第一、都会に出ればもっといい仕事に沢山ありつけるだろうに、こんな森の中に一人引っ込んでいること自体奇異なのである。何か抱える大きな事情があるに違いないとエミリアは思った。


 だが、自分の思いで研究を続けるがために、大切なものを見失わないで欲しいと、エミリアは思わずにいられなかった。


 神の意志に反して造られた物にも、確かに命は宿っているのである。心だってあるかもしれない。魔法によって生かされているこの花にだって、何かのメッセージが込められているかもしれないのだ。無から新たなものを生む力は素晴らしい、失ったものを再び得ることが出来るのだから。だが、それによって生まれる弊害だってあるかもしれないのである。自分の思いを遂げたいがためにそれに目を背けるような事はしないで欲しいと、エミリアは切に願った。


「こんな花が普通に存在するようになる事で、何かが変わる事だってあるんです」


 あまり上手い例えではなかったが、中々枯れない、枯れたとしても蘇る、そんな花が普及するような世の中を想定して、エミリアは魔法使いに小さな警鐘を鳴らした。


 実際何が変わるのか、そんなこと分かる訳もなかったのだが、エミリアのその言葉に魔法使いは、「そうだな……」と反論する事もなく、静かに相槌を打った。そして、手にもっていた薔薇の花をエミリアの前に差し出すと、


「おまえにやる」


 そう言ってその手に渡してきた。


「いいんですか? 大事な研究結果じゃないんですか?」


「どこかに発表しようと思って行った実験じゃない。大体の成果は分かった、それでいい。枯れはじめたら報告してくれるとありがたいがな」


 その言葉にエミリアは薔薇を手にとり、匂いをかいだ。甘い花の香りが鼻腔をくすぐる。


「頭に飾ってやろうか?」


 そう言って魔法使いは、エミリアの頭の、高いところで少しだけとって二つに結わえられている片方を指差した。珍しく優しい魔法使いの言葉に、少し驚きを感じながら、だがエミリアはそれに首を横に振った。


「いえ、茎を折ってしまうのはもったいないですから」


「……そうか」


 すると魔法使いは、それに「じゃあ……」と言葉を続けて、彼女の手から薔薇の花をもぎ取った。そしてエミリアの姿をまじまじと見つめると、「ここだな」と言って、


 ぷすり。


 きょとんとするエミリアを横目に、それを彼女のとある部分に突き刺した。そのとある部分とは、


「便利な髪の毛だなあ」


 満足げに頷く魔法使いを前に、恐らくクリクリの巻き毛の横から真っ直ぐ伸びるよう生えているだろう薔薇を想像して、エミリアは拳を握った。


「人の頭で遊ばないで下さい……」

あと二話ほどで第一話は終了する予定です。

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