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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第九話 夢路の果ての歌姫 その三

 そして続く一頻りの舌戦。だが、やがてそれも収まって二人は落ち着くと、その場を仕切りなおすよう魔法使いが、


「で、依頼内容は何なんだ。手紙じゃ随分切羽詰ったような感じだったんできてみたが……内容によっちゃ手を引くぞ」


「あら、手紙どおり、切羽詰った状態よ。売れっ子になるってのは、色んな面倒もしょい込むってことなんだから」


 そして、「ほんとに色々……」とうんざりしたようにレティスは言うと、


「御託はいいから、さっさと依頼内容を話せ」


 つれない魔法使いの態度であった。それにレティスはぷっと頬を膨らまし、


「前に一度、ルシェフで公演したことがあるのよね。その時アルトゥール陛下も舞台をご覧になっていたんだけど、どうやら私、好意をもたれてしまったみたいで……」


 そのことがたまらなく困ったとでもいうように、つくづくため息をつくレティス。


 それは本当に心からといった感じで、嘘はないように思えたが、何故そこまで憂うのかが魔法使いにはよく分からず、困惑したように眉をひそめる。そして、


「それは、プリマドンナとして光栄なことじゃないのか?」


「単なる一ファンとしての好意ならいいのだけど……なんか、行き過ぎてるというか……それから頻繁に花やカードをいただくようになったんだけど、同時にルシェフの歌劇場の専属にならないかって打診もしきりに受けるようになって……それを断ったあたりから、帰り道誰かにつけられているような感覚を味わったり、誰も受け取ってないのに、いつの間にかルシェフからの花束が楽屋に置かれていたり、何者かに部屋が荒らされるようなことがあったり……陛下はまだあきらめてないみたいだし、何だか気味が悪いのよねぇ」


 その時のことを思い出してか、嫌だ嫌だというよう身をすくめてレティスは表情を歪める。


 ルシェフ、ここにもでてくるその名前。確かに不気味なその話に、何だか嫌な予感がして魔法使いは表情を渋いものにする。


「なるほど、ルシェフか……もしかしたらこれは厄介かもしれないな……」


 そして魔法使いはその表情のまま「それで……」と言うと、


「具体的に私はどうすればいいんだ」


 それにレティスは頷き、


「今度、ルシェフの皇太子が親善でノーランドにくるのよ。で、その時に御前演奏をすることになっているの。でも何だか嫌な予感がして……今日から皇太子が帰るまで、警護をお願いしたいのよ」


 魔法使いはしばし考え込む。確かに、最近ルシェフに関連する出来事が多いだけに、これは捨ててはおけない事柄かと思って。そう、もしかしたら、レヴィンが言っていたあのことにだって関連するかもしれない、と。ルシェフのあの企みの……。まあ、別件かもしれないのだが、それでも気になるその出来事に、魔法使いは納得したようコクリと頷くと、


「分かった。依頼を受けよう」


 その言葉を聞いて、ホッとして表情を緩めるレティス。するとその時、


 トントントン


 何者かが部屋をノックする音が聞こえた。


「はい? どなた?」


「僕だよ。アルフだ」


 それにレティスの表情が変わる。そう、まるで待ち構えていた者がようやくやってきたとでもいうように。そして恐らく出迎えようというのだろう、彼女自らが扉へと行ってそれを開けると、そこから入ってきた者は……。


「……男爵」


 落ち着いた、大人の雰囲気をかもし出す、三十代半ばくらいの男性だった。それに、レティスは途端に表情を柔らげると、初心な少女のようはにかんだ微笑みをその者へと向かって浮かべてゆくのだった。すると、男爵と呼ばれたその者も、それを好ましいような目で見つめながら微笑を返し、


「今日も素晴らしかったよ。花束は受け取ってくれた?」


「ええ、勿論よ」


 彼の名はアルフレッド=ドレーク、ドレーク男爵と呼ばれる者であった。レティスのパトロンであり、また……。


 二人の間に漂うのは、ただの知り合いというには親密すぎるほどの空気。そう、二人は単なる援助しされるだけの関係でなく、れっきとした恋人同士でもあったのだ。それは、身分違いの恋愛。だが決して遊びではなく、結婚秒読みとさえ噂される程の、真剣な付き合いである二人だったのだ。当然の如くそれはゴシップ紙の格好の的となり、公然となった二人の仲は、おかげさまというか何というかエミリアや魔法使いも知るところとなっていた。そして今まさに、その噂の現場を目の当たりにしているエミリア。公表されている関係とはいえ、何となく見ちゃいけないものを見ているような気持ちになって、思わず胸をドキドキさせていると、


「あれ、お客様が来ていたのかい?」


 男爵がエミリア達に目を留めてそう言う。それにレティスはその存在をやっと思い出したような表情をして、


「そう、そうなの。ほら、前にお話した、護衛の件で。彼にやってもらうことにしたの。こちらが魔法使いのレヴィル氏、で、お隣が奥様のエミリアさんよ」


 その紹介にエミリアと魔法使いは形式どおりの挨拶をすると、それに男爵は目を細めて微笑み、


「僕はアルフレッド=ドレーク。ドレーク男爵だ、よろしく。レティスを頼むよ」


 そう言って彼も形式通りの挨拶を済ませる。そしてすぐ男爵はレティスを見遣るが……その表情にはどこか納得のいかないようなものが浮かんでおり、


「でも……護衛だったら僕が探してあげたのに。きっと、飛び切り腕の立つ護衛をつけてあげられたと思うよ」


 彼女の一存で決めた今回の件、自分を頼ってくれなかったことに、不満の色を見せる男爵であった。そう、水臭い、と。すると、


「ごめんなさい。でも、彼の実力も中々のものなのよ。彼ならきっと安心して任せられると思ったの。だから……」


 それに淡い微笑みをもらして、困惑したような表情をレティスは浮かべる。それは、どこか暗さのある表情。更にまた、何かに心痛するかのようにも見える表情で……。


 幸せの絶頂にいるはずの彼女。なのにそれに似合わないような表情を、何故か……。


   ※ ※ ※


 それから魔法使い達は歌劇場を出ると、レティスの案内で彼女の家の近くのホテルへと向かっていった。そう、そこが仕事の間の二人の宿となるのだ。そして、取ってもらった部屋に早速魔法使いとエミリアは荷物を運び込むと……できればすぐに休息といきたいところだが、仕事はレティスが家を出てから家に戻るまでの間なのであった。つまり、行き帰りを含めて彼女が仕事をしている間中ということになっていたのである。なので、魔法使いは休む間もなくロビーに下りてゆくと、仕事を終えたレティスを家に送り届けるべく再び街へと出て行った。


 その道筋は、明日から毎日通うことになるもの。しっかり頭に叩き込みながら、魔法使いは彼女と並んで道を行く。するとその途中、道中の沈黙を埋めようとでもするかのよう、レティスは好奇心旺盛に色々魔法使いに尋ねてくるのだった。例えば、国王からエミリアを強奪したあの一件や、エミリア自身の事、事故のことやそれからどうしていたのか等々。正直言って、エミリアの件が嘘である以上、あまり突っ込まれた話はしたくない魔法使いであった。そう、出来れば面倒は避けたい、と。だが、そんな気持ちもつゆ知らず、次から次へと言葉を続けてくるレティスで……。そして、やがて話は魔法使いの行動の意外な気持ち、そう、エミリアを強奪するという手段にでたことや、ああいうタイプを選んだことにまで及んでいって……。まさか沈黙する訳にもいかず、とにかく嘘がばれないようにと、適当にあしらいながら話を誤魔化してゆく魔法使い。そうして二人は彼女の家に向かってゆくと……、


「見えてきたわ、あれよ」


 そう言ってレティスは正面を指差す。するとその先には、一般市民には中々手が出せないような洒落た高級アパートがあった。さすが売れっ子ということだろうか、思わず感心しながら、魔法使いはその建物を見上げてゆくと、「こっちこっち」と手招きしてくるレティスに導かれるまま中へと入っていった。そして、優雅な曲線を描く階段を上って、約束どおり魔法使いはレティスを部屋の前まで送り届けると……ここまでということを示してか、レティスはにっこり微笑んで魔法使いの方へと体を向けてくる。そして、「また明日ね!」そう言って明るく手を振ってきて……。そう、後は鍵を開けて中に入るだけだった。ならばもう大丈夫だろうと魔法使いは判断すると、彼女のその見送りを背に再びホテルへと戻っていった。


 そうして到着したホテル。やはりこれも、どちらかというと高級に入るホテルなのであった。それに羽振りのいいことだと思いながらロビーを通って魔法使いは部屋に帰ってくると、ようやく解放されたとでもいうよう、ぐったりとした様子でベッドの上に身を投げる。そして、


「ああ、疲れた」


 夫婦ということからだろう、部屋はエミリアと一緒のツインルームになっていた。それは、いつもなら納得のいかない様子を見せる魔法使いであったが、流石に今回はこちらの事情、これも仕方がないとすんなり諦める。


 そう、ベッドが別々なだけまだましなのだ。この前のようにベッドがキングサイズだったら……今度は自分が長椅子行きかもしれないのだから。


 それは心の底でくすぶるかつての出来事。それに魔法使いは取り敢えず言い聞かせて自身を納得させると、ベッドの上で大きく身を伸ばし、やわらかな布団の感触を十分に味わっていった。すると……魔法使いが帰ってくるのを寝ずに待っていたエミリア、彼の様子を窺うようもう一つのベッドへと腰掛けてゆくと、


「明日から本格的なお仕事ですね。で、私は何をすればいいんでしょ」


 妻以外、まだ何も聞いてなかったエミリア。なのでその役割を知ろうと思ってそう尋ねてくる。だが、返ってきたのは、


「別に何もしなくてもいい」


 思いがけないその言葉に、エミリアは一瞬目が点になる。そして、何か聞き間違えたかと、


「は?」


 するとそれに魔法使いは、


「おまえは私の妻でいてくれればそれでいい。おまえの仕事はそれだ」


「……」


 言葉をなくすエミリア。ならば一体何の為に……、


「えー、私は何の為にお師匠様の妻でなければならないんでしょう?」


 そうなると不思議になってくる最大の疑問、それをぶつけてみると、


「ノーコメント」


 なんとも、全く納得のいかない答えである。


「じゃあ、私はここで一体何をしてればいいんですか?」


「何でも勝手にしてればいいだろう。王都観光するでもよし、一緒に歌劇場にいって、練習風景を見るでもよし」


「え、えー!」


 確かにそれは楽しいしお気軽だし楽チンといえば楽チンだが、仕事のつもりできていたエミリア、そんなんでいいのかとつい戸惑ってしまう。すると、


「とにかく妻ということを忘れるな。それさえ忘れなければ何してもいい。言うことは以上だ。私は寝る」


 魔法使いはそう言って羽織っていたローブを脱ぐと、飾り帯に手をかけ、それをほどき始めた。恐らく寝る準備に入ろうというのだろう。だが、それは今にも全てを脱ぎ捨ててしまいそうな様子で、エミリアは焦って、


「お、お師匠様」


「あん?」


「乙女の前で生着替えはまずいでしょう! お風呂場へどうそ、お風呂場」


 そう言ってトランクから寝間着を取り出し、魔法使いの手に持たせ、その背をエミリアは押していった。だが魔法使いは不満げで、


「おまえは師匠を風呂場に閉じ込める気か?」


「私だって着替えないといけないんです! 乙女の気持ちも分かってくださいよっ!」


「……」


 そして風呂場の扉を開けると、半ば無理やりとでもいうよう、エミリアはその中に魔法使いを押し込んだ。バタンと閉まる扉の音、当然の如くでてこないようエミリアはしっかりそれを手で押さえる。そして、


「いいって言うまで出てきちゃ駄目ですからね!」


 扉越しにそう叫ぶエミリアであった。


 その心に過るのは、


 まったく、デリカシーのない師匠!


 そう、流石にこれには、焦りに焦りまくってしまったエミリアで……。でも、まぁ、取り敢えず、文句を言うでもなく、魔法使いはお風呂場の中で何とか大人しくしているようであった。それに、どうやらこの難は逃れられたらしいことを察して、エミリアはホッと胸を撫で下ろし……だがそれでも、あまり長いこと閉じ込めていては可哀想だろうと、急いで着替えるべくトランクの方へと向かってゆくと、


「真っ暗で何も見えんぞ!」


 そういえば灯りを渡すのを忘れたことを思い出して、エミリアは「あ……」と肩をすくめる。そして恐る恐る物音から中の様子を窺ってゆくと……ぶちぶち文句を言いながらも、なんとか着替えをしているらしい魔法使いなのであった。

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