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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その十一

 そうして魔法使いがムシ退治に躍起になっている時、一人面白くない思いをしている者がいた。


 そう、エミリアである。


 少し書斎にこもる、私が出るまで中に入るなよと言ってから、魔法使いは食事やお風呂などのやむをえない用事以外、自室の外に出てこなくなったのである。中に入るなという言葉も生きたまま、エミリアは掃除をしに部屋を訪れることもできくなっていた。ほとんど書斎にこもりっきりの魔法使い。何となく理由は感じていたが、それを彼の口から語ってくれることはなく、エミリアの不満はたまってゆくばかりだった。そして、


「また書斎にこもるんですか?」


 食事の時、ようやく顔を合わせた魔法使いに、エミリアは思わずそう尋ねる。だが、それに魔法使いは言葉数少なく「ああ」と答えるのみで、相変わらず何かを説明しようとする気配はないのであった。


 正直、納得いかなかった。何故何も話してくれないのかと、エミリアは悲しくすらなった。そして思う。そう、きっとこれはあの謎のムシにかかわっての事に違いない、と。新聞をにぎわせている謎のハチだって……。そう、それは、エミリアにとって確信に近い思い。なんてったって、外へ出て空を見上げれば屋敷の上空を覆うハチの大群、そして仕事の依頼内容、黒魔法使いの義兄宅への訪問……ここまで材料が揃っていれば、さすがのエミリアだって、言葉で言われなくとも大体察することが出来るというものだ。だが……それ故エミリアは心配でもあったのだ。そんな生活を続ける魔法使いが……そして、


「ムシがいなくなるまで続けるんですか?」


 ある日、エミリアはとうとう堪えきれなくなって、魔法使いにこう尋ねた。それに魔法使いは驚いたように顔を上げる。詳しいことは何も言ってないはず、それなのに全てを知っているかのようなその言葉に。


「あと……あと少しだ」


 それにエミリアは悲しげに顔をうつむけ、


「あまり顔色がよくありません。私は……心配です」


   ※ ※ ※


 そして魔法使いは部屋に戻ると、たらいの水へと再び手をつけていった。浮かぶ映像、そこから分かる現在の状況。そう、あと少し、少しなのだ。そしてオオクロマダラバチの女王は魔法使いに問う。


「まだか」、と。


「まだだ」


 断固とした拒絶。


 すると、それにオオクロマダラバチの女王は胡乱げに魔法使いを見遣ると、不意にしなを作って彼の肩に手を持たせかけていった。そしてその耳元に、


「これ以上は……ただで聞いてやる訳にはいかんのう……」


 意味ありげな笑みを浮かべる女王。それは実にもったいぶったような口調で……。そして更に、


「そなた……我だけでなく、もっと他のものを統べてみたいと思わぬか」


 きたか、という思いだった。その思いに、魔法使いはキッと鋭い眼差しをオオクロマダラバチの女王に向かって投げつける。


「思いのままに操れる力じゃ」


「悪魔のささやきか!」


「人聞きの悪い。もっと願い事を叶えてやろうと、いうのじゃ。こちら側に来れば、その願い叶えてあげよう」


 あとほんとに少しなのだ。なのに足元を見られているかのようなその言葉に、魔法使いは思わず歯噛みをする。あと少し、だがその少しを叶えるには……。


「その手には乗らないぞ」


 それしきのことで心が揺れる魔法使いではなかった。そう、黒魔法にこういった誘いはつきもの、十分それは分かっていたから。だがしかし……。


 すると、彼のその心を察してか、女王はどこか探るよう目を細めると、そのままじっと魔法使いを見つめてきた。そして、そういえばという感じで「そなた……」と言葉をもらすと、何者をも逃さぬような眼差しで魔法使いを睨めつけ……そして、


「そなた……再生魔法の研究をしているみたいだのう」


「!」


 それは魔法使いを大いに驚かせた。そう、確かに不意打ちということもあったが、何より彼女がそれを知っているとは思ってもみなかったから。


 すると、それにオオクロマダラバチの女王は笑いながら、


「それぐらいは、本棚を見れば分かること。だが再生魔法……無くしたモノを蘇らせる力か……」


 何を言おうか吟味するかのよう、オオクロマダラバチの女王は思案しながら口の中で言葉を転がす。そして、やがて女王はもったいぶったよう、再び、


「我らの闇の力を使えば、それも可能かもしれんぞ……」


 女王の言葉に、魔法使いは怪訝な表情をする。そう、一体何の意図を含んでの言葉なのかと、その気持ちをはかりかねて。だが、やがてじわじわと胸に湧き上がってくるまさかの思い。闇の力を使えば可能という、この己の望み。そう、まさか彼女は……。そして魔法使いは、警戒心も露にしながら、


「一体何が言いたい」 


「いや、例えば……死んだ人間を蘇らせることも、できよう……と」


 相変わらず、どこか飄々とした様子で笑みを浮かべているオオクロマダラバチの女王であった。だが、何気ない風を装っていながらも、その態度の中には、自らの言葉の持つ重みへの確信というものもしかと含まれているようであり……。確かに、その言葉は魔法使いに衝撃を与えた。そして察する、やはり彼女はあのことを知っているのだ、と。


 そう、どう考えても、それは特定の出来事をさしているとしか思われない言葉だったから。恐らく、かつて起こしたあの事故の。その事故で亡くした恋人フィラーナのことを。この者はそれを知っていて……。


「一体誰から聞いた!」


「フフフフ、闇の力を使うがいい、あのときのまま、そなたの思い通りの姿で、そのモノは蘇るだろう」


 更に耳元に唇を近づけ、オオクロマダラバチの女王は魔法使いにそう言う。それは、あまりにもあからさまな闇への誘い。そう、あまりにも直接的な闇への……。当然の如く魔法使いの頭には血が上り、怒りは一気に沸点まで上がってゆく。


「闇の力は代償を欲する! 闇の力はまやかしでしかない! 何かのからくりを持った、偽りの力、人間の心の闇を増長する!」


 これは罠。絶対乗るものか、その一念で魔法使いはオオクロマダラバチの女王に向かってそういい放つ。そして、


「心を惑わすな、話をそらすな! 使役者は私だ、お前は約束した。私の命令に従うと! 今はそれだ!」


「せめぎあいになると申したであろう、今が引き時じゃ、女王として我が同胞を絶滅へと導く訳にはいかぬ」


「まだだ!」


「引き時じゃ」


 お互い一歩も引かないような睨みあい。ここまできて引く訳にもいかず、かといってあちら側の世界に踏み入れることも出来ず……。


 そして魔法使いは思う。


 あのくそ義兄は、毎回この駆け引きに耐えているのか! と。


 全く奇特な奴。いや、奴のことだから飄々と受け流しているのかもしれんが。だが……ああ、確かにそのまま飲まれてしまったほうが楽に違いない。飲まれて黒魔法に染まって……。くそっ、以前使った時はこんなに強い引きはなかったはずだが……それとも、それだけ私の心に隙が出来てしまったということなのだろうか。こうして付け込まれる程の心の隙が。


「頑なになるな……心のままに動け。我らの方にくれば、その願い叶えてやるのだから……」


 魔法使いの頬に手を添え、相変わらず誘うよう妖艶にオオクロマダラバチの女王は笑ってくる。そう、こちらへおいでよと、実に魅惑的に。だが、魔法使いの心は揺らがなかった。それに魔法使いは鬱陶しいような表情を浮かべると、オオクロマダラバチの女王の手を振り払い、そして、


「もう一度言う。使役者は私だ。私の命令に従え! まだ引き時ではない!」


 はっきりそう言い放つ。するとその時、


 バタン!


 不意に大きな音を立てて、部屋の扉が開かれた。驚いてそちらの方を見てみれば、憤懣やるかたないとでもいうような表情で、エミリアが扉口に立っており……。そして、


「いつまでもこもりっきりは不健康です!」


 怒りの声。


 それに我に帰ったようになり、オオクロマダラバチの女王を見られてはと、魔法使いはハッとして辺りを見回す。だが、もうこの部屋にあの女性の姿はなく……。取り敢えずそれにホッとする魔法使い。すると、そんな魔法使いを横目に、エミリアは怒りの足取りのまま部屋の中へと入ってゆき……。そして、何かを探すかのよう周囲を見回すと、とあるものに目を止める。それは……。


 少し書斎にこもる、私が出るまで中に入るなよ、と言った時魔法使いが持っていたあのたらいだった。それに、エミリアはまるで敵でも見つけたようズンズン歩み寄ると、それを手に持ち、そのまま窓辺へ、そう、一体何なんだと、訳が分からぬまま彼女を見つめている魔法使いを尻目に、窓辺へと向かっていった。


 そして到着した目的の場所。エミリアはおもむろに窓を開けると……、


 バシャ!


 中の水を捨てたのだった。


「あああああー!」


 命令はあれを使って行っていたのだった。それが捨てられたとなると……。


 命令できないではないかと、魔法使いは慌てる。


「な、な、な、なんで……」


「だからいったじゃないですか、こもりっきりは不健康ですって。なのでおもちゃを取り上げました!」


 なんという言い分。それはないだろうと、魔法使いは思わず頭を抱える。


「あと少しだったのに……」


 そしてそう言って、ハチはどうなったのかと不安になり、魔法使いは窓から身を乗り出して空を見上げた。すると、何も変わらずハチは空を飛び続けており……。


 どうやらまだ仕事は続行しているようであった。それに、取り敢えずホッとして魔法使いは一つ小さく息を吐く。


 だが……一体これはどういうことだろうか、最後に言ったあの命令が生きているということだろうか。あれが生きて、オオクロマダラバチの女王は引かせることをしなかったということ……と?


 だが、今となってはもうそれは想像するしかなかった。そして、こうなって何より困ったのは……そう、水が捨てられてしまったということだった。水がなくとも命令はできるのかもしれなかったが、黒魔法に詳しくない魔法使いは、それ以外の方法を知らなかった。となると、もう命令はできず……。もう一度あの儀式をしてオオクロマダラバチの女王を呼び出せばいいのだろうが、そうするのもなんだか気が進まず……。いや、その前にこの調子じゃエミリアが許さないだろう。


「ったく、お前は……」


 まだハチは働き続けているから良かったものの、そうでなかったら……。恨めしげに魔法使いは傍らのエミリアへと目をやる。するとそれにエミリアは、


「私はムシより、お師匠様のほうが心配です!」

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