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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その九

 それからレヴィンは本を手に王宮の自室へと戻り、早速金庫へその本をしまっていった。そう、金庫につくムシを払い、きれいになったのを確認して本を中に入れてゆくと、後は封印の魔法をかけて。そうしてしばらく金庫の様子を窺うが、数匹ムシがくっついただけで、特に大きな変化はないないようだった。まあ、そんなすぐに期待した効果がでる訳がないので、とりあえず今は置いてしばらく様子をみることにする。一体どの位の時間を必要とするかは分からないが、とりあえずしばらく。そしてようやくひと段落つくと、今は何時かと、レヴィンは時計を確認した。すると……今からだと少し遅刻になってしまうバークラム侯爵の舞踏会、どうしようかとレヴィンは頭を悩ませるが……。せっかくのお呼ばれ、ならば遅ればせながらも顔を出してみようかと、レヴィンはベッド上のマントへと手を伸ばしてゆく。そう、とりあえず今は置いても大丈夫だと、自ら判断して。


   ※ ※ ※


 そしてそれから……。


 金庫に本をしまって舞踏会へ出かけた後、コウタクハガネムシが気になっていまいちその場を楽しめなかったレヴィンであった。会話を交わしている時も、ワルツを踊っている時も、ムシのことが頭から離れず、どうにも気もそぞろになってしまう。そして舞踏会が終わるとそそくさ王宮へと帰ってきてしまったレヴィン、早速金庫はどうなっているかと見てみれば、やはり何も変わった様子はなく……。二日目も、三日目も、ムシはくっついているが、それ程数は多くなかった。もしかしたら封印を食い破ろうとしているのかもしれなかったが、魔法が強すぎるのか何なのか、中々そうできないようで……。ならばと封印をもっと軽いものにしてみようと、レヴィンは魔法をかけなおす。四日目、五日目、やはり変わりなし。ムシはくっついていてもそう多くはなく、封印を食い破ってもいない。そうなるといい加減苛立ってきて、それならば封印を解除してしまえと、レヴィンは全く魔法を取り払っていった。これならば丸裸でいらっしゃーいとムシを呼んでいるようなものだ、今度こそ上手くいくだろうと期待を膨らませ、レヴィンはひたすら待つ。そして六日目、七日目……クソッ! 確かにムシはくっついている、前よりも少し多くなったような気がする。だが、密集とまではいかず……。大体、どのくらいのムシがくっつけば中を探知することができるのだろうか? 正直、それすらも定かではなかった。ただ言えることは、ムシが引く気配を見せないのだから、その数を満たしてはいないだろうということ。ならば……ええい、もうこうなったら窓も扉も全開だ! とレヴィンはおののく侍女や侍従を横目に窓、扉全部を開け放っていった。八日目、九日目、それでもやはり変わらず、そして十日目、とうとうレヴィンは、


『アシュリー! アシュリー!』


 もう駄目だと観念して、魔法使いに向かって念を発していた。そう、在宅であることを願って、北の森のあの屋敷へと。そしてそれはすぐに魔法使いの姿を捉え、なんとかこちらへと振り向かせるべく、レヴィンはその心を強く叩いてゆく。すると、それを受けて、


『ああ、レヴィン。ずっと連絡を待っていたんだが……』


『駄目だよ、この案は失敗だ』


『これだけ日数が経ってムシが引かないとなると、どうもそうらしいな』


 それにレヴィンはうんうん頷くと、


『大体王宮にはムシが少なすぎるんだよ。封印を中々食い破らないから軽いのにして、次に取り払って、更には窓も扉も全開にしたのに、ムシが金庫に集まってこない。まさか結界を取り払う訳にもいかないし。まあ、結界を管理しているのは僕じゃないから、それをどうこうできる訳がないんだけど。でも思うに、この案を考えたルシェフの奴は、どっか抜けてるんじゃないかな。どうもそんな気がしてならないよ。これじゃ、街中にでも置いておかないとムシは寄ってこないんじゃないか』


『だが、そうする訳にもいかないだろう。民間の金庫に預ければ、一般市民を巻き添えにする可能性もある。まさか道端に落っことしておく訳にもいかないし』


『そんなことしたら、何か裏があるってのがばればれだよね』


 そう、あまりにあからさまな罠は相手を不審がらせるだけ。ならば王宮に預ける方法で他に上手いやり方を考えたいところなのだが……。いい案というのも中々浮かばず、どうやら袋小路にはまってしまったらしいことを察して思わず魔法使いはため息をつく。それでも何とかこの状況を打開できないかと、色々考えを巡らしてゆくのだが、どうにもこうにも……。


『どっかからムシを集めてくることは出来ないのか?』


 取りあえずといった感じで出された魔法使いの言葉だった。だが、それにレヴィンはもううんざりといった様子で表情を歪めると、


『虫取り網持って、虫かご肩にかけて、虫取りに行くのかい? 窓や扉を全開にしただけでも侍女や侍従に奇異な目で見られたんだよ、王宮の中でそんなことし始めたら、とうとう頭がいっちゃったのかと思われるよ。言っておくけど、街中でも嫌だからね、ばれたらゴシップ紙のいいネタだ』


『うーん……』


 やっぱりそうかと、再び悩む魔法使い。すると、


『このままじゃ、いつムシが引くか分かったもんじゃないよ。何か他にいい案はないのかい?』


 急かすようなレヴィンの言葉だった。それに、魔法使いの頭にはあの黒魔法のことが過ってゆくが……。


『ない訳じゃないが……あまり気の進まない方法だ』


 言葉通り、どこか浮かないような調子で魔法使いはそう言う。それは、何となくこれ以上強くけしかけるのははばかられるような雰囲気で……さすがのレヴィンもそれを察して口ごもると、どこか困惑の表情をして、


『とりあえず、僕はどうしたらいい?』


『わかった、この件から手を引いていい。私は……少し考えさせてくれ』


 それにレヴィンは納得して頷き、


『了解、そのもう一つの案とやらに期待するよ』


   ※ ※ ※

 

 レヴィンとの念のやり取りを終えると、魔法使いは疲れたような表情で書斎の机の椅子へと座っていった。そして静かに目を瞑り、深い考えへと落ち込んでゆく。その頭に巡るのはもう一つの方法。そう、義兄が提案したあの黒魔法の……。それは、失敗すればノーランド中を更にムシで蔓延させることになるかもしれない方法。だが……。


 こうなったら止むを得ないかと、グレンからもらったあの紙について魔法使いは考えを巡らす。そう、一体どこへやったかと。


 記憶に間違いがなければ、確かズボンのポケットにつっこんだままになっているはずだが……。


 エミリアが洗濯していなければ、そのズボンはソファーの背もたれに引っ掛けてあるはずだった。ならばと魔法使いはソファーに近寄ると、何枚かかかっている服の中からそのズボンを探し出す。すると……どうやら洗濯されてはいなかったらしい、まさしく目的のそのモノがすぐ魔法使いの目に入ってくる。それにホッとしたような、残念なような、なんとも複雑な気持ちを味わいながら、おずおずとズボンのポケットへと手を伸ばしてゆく魔法使い。すると……くしゃりと丸まった紙の感覚がその指先に伝わってくる。こうなってはもう後には引けないかと、思い切ったよう魔法使いはそれを取り出すと……感じた通り、しわくちゃになった一枚の紙が彼の目の前に現れる。広げてみれば、そこに書いてあるのは……。


 さて、どうするか……。


 それを前に、魔法使いは悩んだ。


 隔てるものは何もない。あるとすれば自分の良心と自信だけ。黒魔法の方法はしっかりこの頭に入っていたから。


 そして魔法使いは書斎から出ると、台所の方へと向かって歩みを進めていった。すると、そこではエミリアが何かのお菓子を作っていたようで、途端に甘い香りが魔法使いの鼻孔をくすぐってくる。


「お師匠様、今日のおやつは紅茶のシフォンケーキですよ」


 魔法使いの姿を認めて、にっこりと笑うエミリア。


 それは、曇りのない、明るい微笑み。


 だが、それに魔法使いは言葉を返さず、どこか困惑したような表情を浮かべると、たらいを手に取り、甕から水を汲んでいった。そして、


「これから私は少し書斎にこもる。いいか、私が出てくるまで中には入るなよ」


 珍しくもおやつに興味を示さない魔法使い。それが不思議で、また彼の言葉が何を意味しているのかが分からなくて、エミリアは思わずキョトンとする。仕方がないので、とりあえず言葉の表面だけを受け取って頷くと、


「分かりました。おやつは呼びませんが、それでいいですか」


 それに魔法使いはコクリと頷いた。


「ああ」


 そうして水を張ったたらいを手に持ち、魔法使いは書斎へと戻ってゆくのだった。

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