第一話 令嬢と性悪魔法使い その十一
それからエミリアは、頬を叩かれ、本で頭を殴られ、更には五回蹴りを入れられて、挙句の果てにベッド下に落とされたことを魔法使いに白状させると、それを理由に、今日一日片付けの手伝いをするという約束を取り付けた。
「何で私がこんなことを……」
散らかしたのは自分なのであるから、これは理に合わない言葉であったが、ぶつぶつ文句を言いながらも、魔法使いは渋々片付けに付き合っていた。だが、それもニ、三時間程度のことで、恐らく逃げの手段なのだろう、すぐに彼は買い物に行くと言い出したのだ。
「逃げる気ですね」
そうはさせじとエミリアが言うと、
「私がそんな人間に見えるか?」
いけしゃあしゃあと魔法使いはそう答える。
その彼を、じとっとした、エミリアの疑惑の眼差しが襲った。
「もう、食材がないだろう。これは事実だ」
エミリアの視線に耐えかねてか、言い訳がましく魔法使いは言った。だが、確かにそうだった。この先の食材は必要だったし、流石に地理の分からないエミリアが買い物に行くのは無理だったので、貴重な働き手を手放すことはいた仕方なく、渋々それに承諾するしかなかった。
「三時間後に戻る」
そう言って立ち去った魔法使いの後には、主を失った屋敷が残った。それはどこか他人行儀でよそよそしく、ここが孤立された場所であることを今更示すよう、しんとした静けさがあたりを覆っていた。
そんな屋敷に一人居残ったエミリアは、広がるゴミの中に立ち尽くし、これからどうしたらいいものかと考えに耽っていた。あれでもいくらか役には立っていたのだろう、途端に広広として見える屋敷に、エミリアは溜息の出る思いをしていた。
それにしてもなんという本の多さだろうか。収納ばかりでなく、ちゃんと分類もしておかなければ、どこに何があるのか分からなくなってしまうのではないかと思われる量だった。薬草の分類などもせねばならないようで、多すぎる仕事にエミリアは気が遠くなるのを感じながら、続きをはじめるべく腰をかがめていった。取りあえず、本は必要だろうと思われる方に仕分けてある。それを手当たり次第重ねると、かつては書庫だったのだろう部屋へ運んでいった。
そしてその往復を何回繰り返したろうか、かの地へ運ぶべく何かの辞典らしき分厚い本を持ち上げた時、なんとその下からくろがねの鈍い光を放つ細長い物体が、再び目の前に現れたのだ。
そう、鍵である。
本日二度目の快挙である。だが、先のことがあるだけにエミリアは胡散臭いようにそれを眺めた。大体このとっ散らかった屋敷で一日に二度もなど、胡散臭い以外の何物でもない。
エミリアはそれを手に取り、裏に表にくまなく眺め回した。それは飾りの施されていた先程の鍵と比べ、実用本位の味も素っ気も無い鍵だった。
まあ、後で魔法使いに渡せばいい、一度目のはしゃぎようとは違って、どこか落ち着いて、というか冷めた調子でそう思うと、エミリアはそれをポケットにいれ、再び片付けに専念した。
※ ※ ※
そして魔法使いが屋敷を出てから約三時間後、言葉通り彼はその時間に帰ってきた。
短い……(^^;