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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その六

「くそっ」


 おかげさまで髪の毛から服から、しっとりと濡れそぼってしまった魔法使いとグレン。各自で責任を取るようにということで、マティルダからふきんを渡されると、仕方ないように二人は自身の体を拭いていった。そうしてとりあえずひと段落ついたいさかいの場、まだ納得いかないよう、どんよりとした空気が辺りに漂ってはいたが、再び舌戦を交えようという気ははないらしく、意外にも大人しく二人は体をふき続けていた。するとその時、騒ぎが落ち着いたのを見計らってなのか何なのか、チョコチョコとあのクソガ……いやあの子供アビーがこの居間へと入ってきた。やがてアビーはエミリアの側までやってくると、ドレスのひだをつかみ、


「さっきはごめんね。一緒に遊ぼう」


 そんなことを言ってくる。それにエミリアは先程の件を思い出し、おののきながら一歩後ずさる。


「もう、あんなことはしないから」


 エミリアのおののきを察してか、大きな目でじっと見つめてくるアビーであった。そう、先程とは打って変わった殊勝な態度で。それは、偽りなのか本当に反省しているのか……傍目では分からなかったが、こうして見ているだけなら中々可愛らしい子供なのであった。そう、全くお母さんに似たやさしげな面立ちで……。


 すると、そんなエミリアの胸に湧き上がってくるのは、ひたすらどうしようという困った気持ち。なので、思わずエミリアは魔法使いを見上げてゆくと、それに彼は、「行ってこい」と、アビーの相手を示唆するような言葉を彼女に向かって投げかけてくる。それは、軽いともとれる魔法使いの言葉で……。


 大丈夫、かなぁ……。


 実のところ、不安も残る、といった感じのエミリアであった。だが、魔法使いには依頼の件もあるだろう、ならばこれは、暇をつぶすいい機会なのではないかと、そう思ってエミリアはアビーの子守りをすべく、手を取り部屋から出てゆくのであって……。それに続いてマティルダも家事がまだ残っているからと席を外し、食卓の席には男二人だけが残る。


「で、用事は何なんだ」


 表情を真剣なものに変えてそう問うてくるグレン。それに魔法使いはポケットからあのムシの入った小瓶を取り出し、


「これについて詳しいことが分からないかと思って。コウタクハガネムシということは分かったのだが」


「ああ、今話題になっているあれか」


「仕事の依頼なんだ。黒魔法に詳しいあんたなら、魔界の生物であるこれも知っているんじゃないかと思ってね」


 それにグレンは頷き、


「まぁ、多少は、だな」


「駆除する方法はあるか?」


 首を傾げ、悩む様子を見せるグレン。そしてしばしの時の後、


「うーん、ぱっと思いつくところでは、天敵を放つ、ってとこかな」


「天敵?」


「ああ。色々いるが、代表的なところでは魔界の生物オオクロマダラバチかな。オオクロマダラバチの幼虫が餌として食べる」


 天敵、なるほど……とは思うが、しかしそれでは……、


「更に魔界の昆虫を放つってのか? それでこの世界は大丈夫なのか。生態系のバランスはちゃんと保たれるのか?」


「さあ」


 あまりにも無責任なグレンの言葉であった。それに魔法使いはあっけにとられ、「は?」と思わず目を見張る。


「やってみないと分かんない、これこそ神のみぞ知るってことだ。まあ、この方法は天敵を捕食する高次捕食者がいなければ駄目だし、餌を食い尽くすということは、自分らの全滅にもつながるので、害虫の全滅にはつながらない。他にも、目的の害虫ではなく、他の虫を捕食してしまう可能性や、どっかから飛んでくる、つまり飛来性害虫には利用が難しいなど、色々問題がある。生態系を人為的に調整するのは容易じゃないといわれているから、確かにちょっと難しい方法ではあるかもしれんな」


 うーんとどこか悩む様子をみせながら、グレンはそう言う。だが、それは悩みながらもなんとも緊迫感のない調子で、ついつられて魔法使いもなるほどと納得しそうになってしまう。そして、少し立ち止まり、今一度その言葉をよく噛み締めてみると、


「ん?」


 そう、なんということ、目の前にある現実にようやく気付いて、魔法使いは再び唖然としたよう目を見開く。


「おい……ちょっとどころか……それじゃ全く駄目じゃないか! 魔界の昆虫であるオオクロマダラバチに、この世界では天敵はいない! それにコウタクハガネムシは思いっきり飛んでるじゃないか! この世界がコウタクハガネムシだけでなく、オオクロマダラバチだらけにもなったらどうするんだ!」


「だが……上手くいくかもしれん。確かにこの世界の虫であれば無理かもしれんが、これは魔界の生物だ。魔界の生物は使役者に忠実だからな。上手く使役することができれば……。まあ、使う魔法は黒魔法だ。優等生のあんたにゃ無理かな」


 どこかからかうような調子でグレンは言う。そう、勉強ばっかりだった真面目人間には到底無理だろうとでもいうように。するとそれに魔法使いは、その言葉を受け入れ難いかのようムッとすると、


「魔法使いを目指すものなら、誰でも一度や二度好奇心で手を出してみたりもするものだ」


 それは、黒魔法の使用をほのめかす言葉。その意外に、グレンは思わず「ほう」という声をもらすと、


「ほう、そりゃ頼もしい。あんたも勉強だけの人間じゃなかったって訳か。じゃあ教えてやろう。呪文は『ホオアネ・スアビチ・エエキレ・ホゾヨドタ・ネ・エエコホ・ユ・デイオ・ロソサネ・ヌンアワ・オトウツ・キレホヘイ』だ。分かってると思うが、自分の血さえ捧げれば、知識も想像も素質も必要ない」


 そう言ってグレンは紙にその呪文をペンで書き、魔法使いに差し出す。その手軽さゆえ、闇にはびこってしまう黒魔法の呪文の書かれた紙を。たかが紙。だがその小さな紙に、自分の覚悟というものが試されているような気がして、そして……、


 取るべきか、取らざるべきか、それに魔法使いは少し戸惑った風を見せる。だがやがて、魔法使いはその紙を手に取り……、


 ニヤリと笑う義兄。


 そしてグレンはおどけたよう魔法使いを指差すと、


「だが、俺はほっとけばそのうち自然に収まると楽観視しているがな」


 今までの言葉をあっさりと覆すようにそう言って、再びニヤリと笑う。それは意外ともいえる言葉で、魔法使いは思わずといったように首をかしげると、


「何故?」


「この世界にはコウタクハガネムシの食い物がない。食い物がなければ死ぬしかない。だからいずれはいなくなるってことだ」


「なら……何の意味を持って、この世界に放たれたのか」


「さっきも言ったように、魔界の生物は使役者に忠実だ。何者かの指令を受けてそれに従い、動いている可能性がある。特にコウタクハガネムシは、集団で集まると中のものが何なのかを探知できる能力があるといわれているし、防御魔法等の魔法を食い破る能力もあるからな。なので、探し物などに使役されることが多い。もしかしたら、そういった命を帯びているとも、考えられるな」


 魔法を食い破る能力。なるほど、結界を越えて魔法使いの屋敷までムシが入ってきた理由が、これで分かるというものだった。そして、気になることはもう一つ……。


 命……。


 見過ごせない言葉だった。これがルシェフの何者かによって放たれたのだとしたら尚更に。よぎる嫌な予感に、他に何か手掛かりのようなものはないかと、魔法使いはグレンに尋ねようとする。すると……グレンは不意に小瓶の蓋を開けると、何かを聞き取ろうとでもいうように、そこに耳をつけていった。そして、


「うん、かすかだが、何かしゃべってるな『ケメヲジュ、ケメヲジュ』と言ってるように聞こえるが……」


「ケメヲジュ……古文書か!」


 ルシェフ、そして古文書という言葉から、このムシはあの古代魔法の本を探しているのではないかということに、魔法使いはピンとくる。そして突き止めた謎に、いささか興奮が抑えきれないよう魔法使いは、


「その命を果たし終えるまでムシは、目的のモノを探し続け、放たれ続けるってことか」


「予想が当たれば、そうかもしれんな。だが、だとするとこの魔法使いはかなりの能力を持つ者と思われるが」


 魔法使いの胸に危機感が湧き上がる。今までの言葉を考え合わせれば、どうやらあの本をしまってある家の金庫が危ないらしいことが容易に察せられたから。そうして、こうしてはいられないと我に返ると、


「エミリア! エミリア!」


 早く家に帰らねばとエミリアの名を呼ぶ。だが、中々エミリアは魔法使いの前に姿を現さなかった。足音も、声も、全く何の音もせず、シーンと静まり返って、こちらへやってくる気配すら感じられない。もしかして聞こえてないのかと魔法使いがもう一度呼ぶと、しばしの沈黙後、


「ゲコッ、ゲコッ」


 隣の部屋から鳴きながらかえるがぴょこぴょこやってきた。


「ゲコ、ゲコッ(お師匠様~、やられました~)」


 その嘆きから察するに、どうやらこれがエミリアであるらしい。


 そう、恐らくあの甥っ子のいたずらだろう。


 そう、やはりあの眼差しを信じてはいけなかったのだ。


 それに、全くと、相変わらずな甥っ子に魔法使いは思わず額に手を当てると、


「……」


 あのクソガキは……。


 この忙しい時にと、いい加減げんなりしてしまう魔法使いだった。

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