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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その四

 そうして、それからエミリアは魔法使いの視線の中、朝食を取ると、その後、片付けやら何やらを済ませ、早速彼と共に彼の実家へと向けて出発していった。


 そう、まずはフォーリックへと向かって。そして、そこからいつもの駅で馬車に乗ると、北へと約三時間揺られていった。それは乗り換えもなく、時間もそこそこの、思った以上に単純な道程であった。そう、このぐらいの距離なら、時折遊びに行くことも出来そうだな、と思ってしまう程に。そして、到着した目的地に、エミリアは魔法使いと共に馬車を降りると、彼に案内されるまま赤茶けた土の道を歩いていった。両脇に並ぶのは慎ましやかな小さな家々、そう、どこもかしこも。そこから、どうやらここはそれほど大きな村ではないらしいことが窺え……。そう、自然豊かな、よくある田舎の風景、と。ムシの被害も見た感じではそれ程でもないようで……。


 成る程、こんな可愛らしい村で師匠は育ったのか。


 少し意外に、少し感慨深げに、キョロキョロ辺りを見回しながら、エミリアはのんびり道を行く。そして歩き始めて約十数分、やはり周囲と同様小さな家の前で魔法使いは立ち止まると、その家の門に彼は手をかけていった。どうやらこの家らしい。お世辞にも裕福とはいえない古びた家だったが、しっかりと手入れはされていて、庭に植えられている数々の花や野菜の緑が目にも鮮やであった。


 それは、中々美しいともいえる庭、そんな庭に早速二人は足を踏み入れていって……。そして、更に視線の先にある家の扉へと向かって、一歩、二歩と歩みを進めてゆくと……。


 カチ。


 三歩目、魔法使いは何かのスイッチでも踏んだかのような感覚を味わった。そしてその瞬間、条件反射と言ってもいいような素早さで、魔法使いは呪文を唱える。


「ホソーネ・キセンカ・オ・ロソサワー・ホキ・マリヲ・ギョトア・ベイギュ!」


 それは防御魔法の呪文。するとすぐさま魔法使いの周囲にシールドがかかり、ほぼ同時ぐらいに何かがそこに当たったような音がする。そう、グチャっと。


「ふふふ、まだまだ甘いな、クソガキ」


 不敵な笑みを浮かべながらそう言うと、魔法使いは視線を家の横の壁の方へと向けた。するとそこには一人の子供がいて、どこか悔しげな様子でこちらの方を見つめており……。


「ほう、腐ったトマトを投げたか。今度はもっと早く発動できるよう罠を仕掛けるんだな」


 足元にはグジュグジュに潰れたトマトが転がっている。どうやらこの子供が魔法の罠を仕掛けて放ったらしい。だがそれは、当然の如く見事魔法使いによって跳ね返され……。


「お……お師匠様。私は見事やられました……」


 すると、不意にそんな言葉がかけられ、何だと思って魔法使いは傍らを見遣ってみると……そこにはトマトを頭と体にべっとりと貼り付けたエミリアの姿があるのだった。どうやら彼女は避け切れなかったらしい。


「誰ですか? お姉さんのお子さんですか?」


 トマトでグジュグジュになった自分自身を涙目で見つめながら、エミリアはそう魔法使いに尋ねる。それに魔法使いは大きくため息をつくと、エミリアの頭に乗ったトマトを取り除いていやりながら、


「そうだ」


「ま……魔法使いなんですね」


「父親が魔法を使うんでね、その影響だ。ったく、とんでもないクソガキってことだ」


「魔法一家なんですね、お師匠様の家って」


 ちょっぴり描いていた理想の家族像。だがもしかしてそれは幻だったのかと、見せられた現実にガックリしながらエミリアはそう言う。すると、


「くそっ! 半分成功したけど、半分失敗。今度こそ見てろよ!」


 憎々しげにそう捨て台詞を吐いて子供は走り去ってゆく。


「は、十年経ったら相手にしてやる」


 魔法使いも負けずにそう応酬すると、忌々しげな表情のまま、もう用はないとばかりに再びその場から歩き出す。そして家の扉の前までやってくると、


 トントントン。


 その扉をノックしていった。すると、しばらくしてバタバタと何かが近づいてくるような音が聞こえてきて、


「どなた?」


 そんな声と共に扉が開く。中から現れたのは、三十そこそこ位の年齢の、中々美しい女性だった。そしてその女性は魔法使いの姿を見ると、驚いたように目を見開き、


「アシュリー! 連絡もせず突然。一体どうしたの?」


 魔法使いと同じ赤みを帯びた茶色の髪、どこか似た面差し、どうやらこの者が彼の姉であるようだった。その様子から、彼が頻繁に訪れるということはしてないらしいことが窺え、どこか懐かしむような眼差しでお姉さんは魔法使いを見つめてくる。それに魔法使いも同じような眼差しを向けながら、


「少し聞きたいことがあってきた。長居はしない。邪魔するが、いいか?」


「勿論よ。さあ、上がって」


 その促しに、魔法使いは家に上がろうとする、が、


「そうだ、その前に……」


 不意に思い出したよう動きを止めると、そう言って傍らのエミリアを見遣った。そこにはトマトの種や汁で髪はベトベト、服は染みになっているエミリアがいる。その視線にお姉さんもエミリアの存在に気がつき、


「あら、まあ」


「アビーの仕業だ。ったく、相変わらずだな、あのガキは」


 お姉さんの子供の名前らしきものを言って、やれやれと魔法使いはため息をつく。すると、それにお姉さんは申し訳ないような表情をし、


「ゴメンなさいねぇ」


 やはり自分の子供のしたことは自分の責任という感じなのだろうか、エミリアにそんな言葉をかけてくるのだった。そして部屋の奥に入って濡れふきんを持ってくると、エミリアの髪や服についたトマトを丁寧に、染みにならないよう丁寧にお姉さんはぬぐっていった。それはどこか落ち着いた、やさしい物腰。どうやら面立ちは似ていても、性格は全く魔法使いとは違うようだった。それになんかホッとしながら、エミリアもわざわざ手をかけてしまったことに申し訳なく思い、


「こちらこそ、スミマセン」


 そう、これはひとえに自分の力不足のせいなのであった。もっと自分に力があれば、師匠のように避けることができたのであって……。こんな手を煩わせることもなかったのであって……。


 うじうじ、うじうじ。


 するとそうする内、お姉さんによってきれいにトマトの残骸は拭き取られると、促されて二人は家の中へと入っていった。そして、すぐ目の前に広がる居間の食卓の席に座ってゆくと、早速魔法使いは、


「で、奴はどうしてる。奴に聞きたいことがあるんだが」


 魔法使いが奴呼ばわりする者。それにお姉さんは少し困ったような表情をしながら、


「今村の人の所にちょっと出て行ってるわ。もうすぐ戻ってくると思うけど……」


 するとその時、外でビシャッという音が響いた。そう、エミリアがこうむったあの災難と同じような……。そしてその音の後、


「アビー! よくもやったな~!」


 してやったりとでもいうような、満足げにケタケタと笑う子供の声が響いてくる。しばらく聞こえてくる二人のやり取り。そして、沈黙と共にやがて家の扉が開かれると、不機嫌も露に中へと入ってきたのは、やはりというか、腐ったトマトまみれになった一人の四十代くらいの男性であり……。


「あらあら、あなたまで」


 それに、お姉さんは困ったような顔をして席を立つ。そして再び濡れふきんを持ってくると、その者にこびりついたトマトの汁を拭き取っていった。するとそれを前に、


「自分の子供にやられたか、みっともない」


 どこか嘲笑の色を含んだ声音で、魔法使いがそう言う。その言葉から、どうやらこの者がアビーの父親、つまりお姉さんの旦那さんであるらしいことが分かるが……それにしても魔法使いの態度、相変わらずのこととはいえ、年長者といえども尊大で……。


 すると男性は、その予期せぬ訪問者に不機嫌な表情を更に歪めると、


「来ていたのか、高慢ちき義弟」


「きちゃ悪いか。用事があったんで仕方なくだ。もぐりの黒魔法使い」


 その言葉に、エミリアは驚きで思わず目を丸くする。


「え! お義兄さん、黒魔法使いなんですか!」


「ちがーう。確かにもぐりだが、俺は黒魔法も嗜むもぐりの魔法使いだ」


 確かにその服、ローブを羽織っているが、魔法協会のエンブレムがない。つまり、正式に許可されていない魔法使いなのであった。こういった小さな村には結構多いのではあるが……。


「資格もないのに魔法で金を稼ぐとは、違法も違法」


「ほー、お前がこうして胸張って魔法使いでいられるのは誰のおかげだと思ってるんだ、ん?」


 すると、それに魔法使いは一気に表情を不機嫌なものに変え、反論できないというようにグッと口をつぐむ。どうやら、その言葉は魔法使いの痛いところをついたらしい。


 すると、それを見てお姉さんは、


「また始まった……」


 うんざりといったような感じでため息をつく。その様子から、どうやらいつものことらしいことが窺えるが、部外者であるエミリアは訳が分からず、ひとりぽかんとするばかりだった。すると魔法使いは、このままやり込められてたまるかとでもいうように、


「私はお前のおかげで今があるんじゃない、姉の犠牲の上で今があるんだ!」


 蘇る過去の記憶。降りしきる雨の中、姉の手を引かれ歩いた道。いくつもの水溜りを踏み越え、かかる滴もものともせず……。

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