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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その三

 そして町長が屋敷から去った後、魔法使いは食卓の椅子に座って、今一度じっくりその依頼について考えていた。


 依頼の内容はチチちゃんの安眠なのだから、それだけを考えるなら、周りに結界を張るなどしてムシを締め出せばいい。だが……結界の張ってあるこの家がムシの侵入にやられているという現実。どうしてなのかはよく分からないが、完璧を求めるなら、そんな確実とはいえない方法をあのバカい……いや、依頼主の犬に試すのは良くないだろう。それに、魔法が切れてしまえばそれまでであるから、恒久的に安眠を約束するという意味でも、それは違うことになってしまう。ならば……、


 やはり、この大量発生の元をどうにかしないといけないってことか……。


 魔法使いは一つため息をつくと、更に頭を悩ませていった。だが……まあ、すぐに考えが浮かぶようなら、既にノーランド王室が何か手を打っているだろう。


 とりあえず気になるところは、北のルシェフの方角からムシは南下してきたということだろうか。エミリアから聞いたレヴィンの話が本当なら、ルシェフは全ての魔法を手に入れようとしていて、その中の近代魔法と黒魔法は着々と計画が進みつつあるということだった。そして、この世界には存在しないという謎のムシ……。ならば、ルシェフが黒魔法を使って魔界から呼び寄せたムシとも、考えられないこともない。統一国家を作る為の、何かの意図を持って。


 思わず、キュッと口を引き結ぶ魔法使い。そしてその顔のまま、部屋の隅でもぞもぞ動き回っていたムシを一匹捕まえると、それを小瓶の中へと入れていった。瓶の中でももぞもぞと動くムシ。そのムシの姿を見て、魔法使いはコクリ一つ頷くと、場所を書庫へと移すべく、居間から外へと歩き出していった。その行く道は、階段、廊下。そして、到着した書庫の扉を開けると、まず目に入ってきたのは、立ち並ぶ書棚、そこに所狭しと収められている本の数々。それらを前にして、魔法使いは一つ息をつくと、そこから何かを探そうとでもいうかのよう、その本達に目を走らせていった。右へ左へ動く視線。するとやがて……不意にその動きが止まり、ようやく目的のモノを見つけたとでもいうよう、魔法使いは視線の先にある一冊の本へと手を伸ばしていった。その本の題名とは……『魔界生物図鑑』、開けばさまざまな色、形のこの世界にない生物の図が盛りだくさんに載っている。早速その本を手に、小瓶のムシとそれらを見比べながら、ページをめくってゆく魔法使い。


 すると……、


 あった。


 同じ形、同じ柄。名前はコウタクハガネムシ。


 だが残念なことに、それ以上の詳しいことはその本には書いてなかった。


 そう、魔界の生物は滅多に人の目には触れないもの。その生態もあまりよく分かってないものが多い。大体魔界に関係することは黒魔法とかかわってくることが多いから、法律で禁止されているその魔法や近接している魔界については、研究する者も少ないのだ。まあ、それは表立ってそうできないから立ち遅れているように見えるだけで、裏では結構黒魔法がはびこっていたりもするのだが。この本もそういった闇の研究者、つまり黒魔法使いの手によって書かれたもので、表では流通してない闇本と呼ばれるものであった。


 ずっしりと重い本。そこに名前だけが記されているその図を見つめながら、魔法使いは考える。


 黒魔法がかかわるとなれば、自分の力ではこれ以上はどうにも出来ない……と。


 確かに、近代魔法と呼ばれる者の使い手ならば、普通そんなに黒魔法についての知識は持っていないものである。それは魔法使いも同様で……ならば、


 仕方がない……。


 頭を悩ませた挙句、魔法使いはとある決断をした。


   ※ ※ ※



 時刻はもうすぐお昼であった。なのでその時エミリアは、ごはんの準備をすべく台所に立って忙しく働きまわっていた。野菜を切り、それらを油で少し炒め、コンソメスープでコトコト煮込む。お昼なのでまあ軽く、勿論ムシが入らないよう十分注意して……そうやってエミリアはてきぱき料理を進めてゆくと、


「明日、依頼の件の手掛かりを探しに、私は実家に帰る」


 突然背に、魔法使いからそんな言葉をかけられる。あまりに突然だったので、エミリアは驚いて声の方へと振り返ると、


「え、実家ってものがあったんですか?」


 エミリアのその言葉に、魔法使いはむっとしたような表情をする。


「私をどこで生まれたと思ってるんだ。あたりまえだろうが」


「ってことは、お父さんとか、お母さんとかがいたりするんですか?」


 今まで家族の話など出したことのない魔法使いであった。なのでなんとなく、魔法使いに家族がいるイメージがわいておらず、お父さんとかお母さんとかそういった言葉に違和感を覚えて、エミリアは思わずそんなとんちんかんな問いかけをしてしまう。するとそれに魔法使いは更に納得いかないような表情になり、


「キャベツか何かから生まれたとでも思っていたのか。当然いるに決まっているだろ。まあ一人は死んでるし、もう一人は家を飛び出していていないも同然だがな。だが、姉が実家に住んでいる」


 蘇る記憶。降りしきる雨の中、姉の手に引かれて進む道。いくつもの水溜りを踏み越え……。


「な……なんか色々訳ありっぽいですね」


 やはり温かさとは無縁だったのかと、ふってしまった言葉に少し罪悪感を覚えながら、エミリアは戸惑ってそう言う。そしてよぎった疑問に、


「でもなんで手掛かりを探しに実家なんですか?」


「それは……」


 何かをいおうとして、だが魔法使いは口をつぐんだ。そう、まるで触れられたくない、嫌なことでも聞かれたかのように。そしてむっとした表情のまま、


「どうする、お前も行くか?」


「はい、行きます! お師匠様のご家族の方にも会いたいし!」


 相変わらず脳天気なエミリアの明るい笑顔だった。それに魔法使いはニコリともせず不機嫌な表情のままエミリアを見ると、


「なら、行けば分かるだろう」


 そう、そんなこんなで二人は魔法使いの実家へと向かうことになったのだった。


   ※ ※ ※


 嗚呼、初めて行くお師匠様の実家。初めて会うお師匠様のお姉さん。


 一体どんなところなのだろう、どんな人なのだろうと、エミリアの胸は躍った。


 それは、期待と不安が入り混じったような不思議な気持ち。そして、そうする内、やがてエミリアの頭の中では、どんどん色々な妄想が広がってゆくのであって……。そう、その実家でお姉さんは一人で住んでいるのだろうか、それとも家族がいるのだろうか、いるとしたら構成は? 等々。その妄想はご飯を食べている時も、洗い物をしている時も、お風呂に入っている時も、暇さえあればいつでもであり、考え始めると気になって中々頭から離れないのであった。そして、やがてやってきた就寝の時間、エミリアは身支度を整えてベッドに入ると……。


 やっぱり姉弟だけあって、お師匠様に似ているんだろうか? うーん、でも顔は似ていても性格はやさしい方がいいなあ。それで、絵に描いたような温かい家庭なんか持ってたりなんかして。確かに、両親については複雑なものを感じたけど、お姉さんまでそうとは限らないし。そう、素敵な旦那様に可愛い子供、その子供もどこかお師匠様に似てたりして、きゃっ。差し支えないようなら、このこと、お師匠様に聞いてみようか? いやでも、当日のお楽しみに取っておくのもいいかもしれない……。 


 相変わらずグルグル巡る色んな妄想。流石に考えすぎて眠れなくもなりそうだったが、そこはエミリア、そうこうしているうちに段々意識が飛んでいって、いつもの如く安らかな眠りへと入ってゆくのだった。そうして時は流れ、日付が変わり、やがて朝がやってくる。そう、雀の鳴き声と共に、カーテンの隙間からこぼれる明るい日差しと共に、やがて朝がやってくる。すると、それに気づいてか気付かないでか、エミリアはベッドの中でゆっくり目を開け……。そして、そこでもぞもぞ動きながら時計に手を伸ばすと、


 ……六時ちょっと過ぎ……か。


 どうやら少し早目に目覚めてしまったらしい、寝ぼけ眼でエミリアはそう思う。だが、もう一度寝直す程の時間もなかったので、エミリアは思い切ってベッドを抜け出し窓辺へゆくと、カーテンを左右に開けていった。途端に差し込む眩しいばかりの日の光、一気に晴れやかになってゆく自分の心。それに改めてエミリアは目覚めさせられると、早速準備を万端に整え、用意していた荷物を手に階下の居間へと降りていった。すると、


「あ……お師匠様……おはようございます」


 珍しいことに、魔法使いがエミリアよりも先に起きていた。更に珍しいことに、身支度も、朝食も済ませたようで、テーブルに空の食器が乗っかっている。


「昨日の残りがあったんで、それをつまんだが、大丈夫だったか?」


「はい、今朝は元々その予定でしたので……でも、何故?」


 珍しく早く起きていたことについて、である。どうしてだかが分からずエミリアは聞いてゆくと、少しの間の後、


「ん……眠れなくてね」


 は、はいっ???


 聴き間違えかと、思った。だが、いやいや聞き間違いじゃない。ということは、この件は、眠れない程のもの? と、湧き上がる思いに、エミリアはつい言葉を失う。否、眠れないこと自体、そんなに珍しいことではない。だが、この件に関して眠れないとなると……この先一体何が待つのかと、エミリアは恐れにおののいてゆくばかりなのであった。

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