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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第八話 ムシムシ狂騒曲 その一

新しい話の始まりです!今回もアシュリー&エミリア中心の話になります。多分、前々回、前回の話よりは少しましになると思うのですが……。

 虫・虫・虫・虫


 それは、てんとう虫ぐらいの小指の先に乗るようなちっちゃなムシ。


 羽は玉虫色に輝いて、触角をぴくぴく動かしながら、ざわざわとせわしなく動く。


 ほんの小さな隙間からも入り込み、家の中、靴の中、戸棚の中、布団の中と、いたるところで活動する。十匹二十匹、いや百匹二百匹、いやいやいやいやそんなものではない。


 そう、まるで大量発生したイナゴのように、そのムシはわらわらと飛来して辺りを埋め尽くしてゆくのであった。


 そのムシ、北の方から南下してきた、名前も知らない謎のムシ。


 町を襲い、村を襲い、何故か人の密集、いや人工物が密集する場所に集まり、人々を混乱に陥れる。


 殺しても殺してもきりがなく、今のところ為す術もない。


 仕方ないのでぴったりと戸を閉め、それでも入り込んでくるムシ達を追い払いながら、禍が過ぎ去るのを人々はひたすら待ち続ける。そう、一体いつまで続くのだろうかという不安と共に、ただ我慢の中で日々を重ね……。


 そして、それは魔法使いの屋敷でも同じことで……。


「ムシ発見!」


 ぱしっ! っという小気味良い音が辺りに響く。そんなエミリアの顔には憎き敵でも討ち取ったかのような満足げな笑み。そして手には「謎のムシ、いまだ南下中」という文字の躍る新聞が。


「今日三十六匹目の成敗ですよ」


 ペタンこに潰れて絶命しているそのムシを前に、エミリアは得意げにそう言う。


 そう、何せ、寝ようと思って布団に入ればムシがもぞもぞ、朝起きて靴を履いてみればやはりムシがもぞもぞ、ご飯を作り終わってさて食べようかとスープに手をつけてみれば、


「エミリア……」


 何故だか困惑の色を浮かべ、とある一点を凝視してくる魔法使いの姿が。そう、彼も一口いこうとしていたのだが、不意に動きを止め、体を固まらせて……。それに何だと、エミリアは魔法使いのその視線の先へと目を走らせてゆくと……あるのはスープ。そしてそのスープの中には、絶命してプカプカと浮かぶあのムシの姿が……。


 一気に食欲減退。ほんと、ちょっとでも気を抜けばこうなのだから、全くやってられないといったところだった。


 せめてここだけでもと、このやろ、このやろと、八つ当たりしながら布団を布団たたきで叩いてゆくが、やはりその場限りの対症療法、根本的な解決にはならず、またすぐムシ達の寝床になってしまうのだった。


 そう、本当に厄介なこのムシ。


 だが……ここは人里離れた森の中にある屋敷なのであった。なので、そのおかげで都心と比べればムシの被害は本当に軽いものとなっており……。それ故、あまりぶつぶつと文句の言える立場にはない二人なのであり……。そう、それは分かっていた。十分過ぎる程に分かっていた。それでも……やっぱり鬱陶しいものは鬱陶しいのだ!


「まったく、窓を閉め切って、結界だってはってあるっていうのに、しぶといムシですよね!」


「敷地内への侵入禁止の幅を、ムシにも広げたはずなのだが……いったいどこから入って来るのか」


 困ったように首を傾げる二人であった。そして、


「三十七匹目!」


 パシッとエミリアが食卓の上をのそのそ歩いているムシを退治したその時、


「ん?」


 魔法使いが表情を渋いようなものに変え、そう言葉を漏らした。


「どうしたんです?」


「結界に何かが引っかかった」


「?……来客でしょうか?」


「いや、今日は誰かが訪ねてくる予定はない筈だが」


「……」


 ないはずの来客、それにエミリアは嫌な予感がして、魔法使い同様に渋い顔をする。まぁ、今までそういった状態で結界に何かが引っかかって、あまりいい経験をした記憶がなかったエミリアであったから、ついそういう気持ちにもなってしまうのだろう。そして、一体これを師匠はどうするのだろうと、エミリアは魔法使いの様子を窺ってゆくと……そこにあるのは静かに目を瞑る魔法使いの姿。どうやらその何かが引っかかったという場所に、魔法使いは意識を持っていっているようであった。


 そう、結界に意識を集中し、耳を澄まし……そして、


『おーい。わしじゃ。町長のメルヴィルじゃ。中へ入れとくれ!』


 魔法使いの耳に響いてくるのは聞き覚えのある声。だが、それは意外ともいえる訪問者で、


「町長?」


 思わず魔法使いは驚きの声を上げる。すると、エミリアも彼の発した言葉にキョトンとして、


「町長って、あのフォーリックの町長ですか?」


 フォーリック、いつもエミリア達が買い物に行ったり、郵便を取りにいったり、馬車に乗ったりする、あのご近所の町だ。


「ああ。だが一体何の用が……」


 不可思議に思いながら、魔法使いは呪文を唱え、彼が結界内に入ることを許すと、早速出迎えるべく玄関へと向かった。そして扉を開けて外を見遣れば、そこには少々腹の出た壮年の男性が、額にかいた汗をハンカチで拭いながらこちらの方へと向かってやってくるところであった。


「いやいやいやいや、相変わらず分かりづらい場所にあるね。せめてもうちょっと近いと便利なんだが」


 魔法使いの姿を認め、町長はやれやれといった感じでそう愚痴を零す。するとそれに魔法使いは、


「どうせ途中までは馬車だったんでしょう。このぐらいの道程でへこたれているようじゃ、老い先が思いやられますな。その腹の為にも、少しは歩いた方がいいと思いますが」


 このわずかな小道の徒歩で、ぜいぜいと息までついている町長に向かって、呆れたようにそう言う。そうそれは、忌憚のない言葉、気兼ねの無さ過ぎる態度。


 まぁ、そこから、どうやらお互い知った者同士らしいことが窺えたのだが、それにしても余りに失礼ともいえる魔法使いの態度であって……。


「ところで、一体何の用です。訪ねられる心当たりが全くないのですが」


「いやね、君に是非仕事をお願いしたくて」


「仕事?……まさか」


 仕事、その言葉を聞いて、魔法使いは何かいやーな予感でも過ったかのよう、表情を歪める。だがそれに町長はいやいやと手を振ると、


「あれとは別件だ。ところで……家には上げてくれんのかね。大事な大事な依頼人だぞ」


 そう言って、いつまでも立ちっぱなしはたまらんとでもいうように、再び額の汗を拭う。そう、確かに今日は少々日差しの強い日、太り気味の彼でなくとも暑さにへこたれてしまうことがあってもおかしくない日和であったから、その申し出も当然というものであろう。なのでそれにようやく気がついたよう魔法使いは「ああ」と言うと、


「ああ、そうですね。あまりお構いはできませんが、どうぞ上がってください」


 そう言って屋敷の中へと町長を導いていった。そう、その仕事とやらを聞くべく。そして……。

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