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ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
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第七話 魍魎の憂鬱 その十二

「誤解?」


 何が誤解だと、なおも怒りを露にして眼を向けるシェーラ。するとそれに、魍魎は和らげた表情で彼女を見つめると。


「そう、私は見ていたんだ。私がおまえを屋敷で見つけた後、小鳥になってその窓の外から」


「見ていた?」


 それに魍魎はコクリと頷く。


「言葉遣い、歩き方、姿勢、食事の仕方、全てを変えられおまえは四苦八苦していた。表情も、仕草も、全てが強張ってしまって、まるで自分じゃないようになってしまっていた。本当に息苦しそうで、私までも胸が苦しくなってしまうかのようだった。自分を殺して生きる場所、自分が自分でいられない場所、そんなところに、おまえはいるべきではないと私は思った。そして強く胸に誓った。あの牢獄からおまえを連れ出すのだ、と」


 魍魎の口から紡ぎ出されるのは、切々として訴えかけるような……そう、あふれんばかりの言葉の粒。だがそれは、誰にも心を打ち明けていないシェーラにとって、全く思いもかけないものであり……。確かにその通りの内容に、シェーラは思わずといったよう呆然として言葉をなくすと、驚きの眼差しで魍魎の姿を見つめていった。そして、その眼差しのまま目を見開き、


「おまえ……知っていたのか……」


 そう、あの家にきてからシェーラは毎日が苦痛だった。ブロウ家の娘として相応しい淑女に仕上げようと、何から何まで矯正が入って……。仕草、歩き方、姿勢、しゃべり方、食べ方……自分が自分でなくなる気持ち、確かにそれを味わった。息苦しくて息苦しくて仕方がなくって、どうしようもなく村に戻りたかった。屋敷の人たちは悪い人じゃなかったけど、だけど……貧しい村娘から地主の娘への転身、はたから見ればうらやましいことなのだろうけど、だけど自分は……。


 つらい気持ちが蘇って、シェーラの表情に陰が過る。すると、それに魍魎は相変わらずの穏やかな眼差しでシェーラの顔を覗きこむと、


「何でも知っているといったであろう。私なら、きっとおまえの全てを受け止めてあげられると思うぞ」


 それは、どこまでもやさしい口調であった。あくまでシェーラを気遣う魍魎の思いやりの心。だが……シェーラは困惑したように顔をうつむけた。魍魎の気持ちはありがたい。だがしかし、それは……。


「でも……あたしは……」


「何もすぐに心を開けとは言わない。ここでゆっくり時をはぐくんで、おまえの気持ちが定まったのなら、楽園へ行こうではないか」


「楽園?」


「そう。ルシェフは我が主大悪魔ゲキー・キモレイ様と契約された。そしてゲキー・キモレイ様はこう号令を出された。ルシェフに協力を、協力した魍魎には楽園が用意してある、と。退治におびえない魍魎、端っこに追いやられない魍魎、そこに行けばそれがあるのだ。悠々自適な生活、長い孤独から解放され心安らかに送る生活、きっとそれが……。そして隣にはおまえだ。ささやかな、私の夢。どうだ、楽しそうだろう」


 広がるその夢に浸るよう、いかにも嬉しげに、そう、全く心からうっとりとした表情でそう語ってゆく魍魎。確かにそれは、またはじまったか……という感じもなきにしもあらずではあったが……だがそれにシェーラは嘲ることもなく、否定することもなく、もう一度「楽園……」と呟くと、切ないような表情で顔をうつむけ、そして……。


「……最近村に迷い込む魍魎が多いと、確かに父さんは言っていた。そして、皆北の方に向かって歩いているとも……」


 北、それはルシェフのある方向だった。そしてこの村はノーランドでも北の方にある村。そう、ルシェフに近い……ならば……。


「は、ルシェフが目指すのは魔法による統一国家だ。魍魎たちによる独立国家など認めやしないだろう。今までのやり方から考えると、おまえ達の力を利用する為の甘言としか思えないが」


 甘い夢に浸る魍魎に、目を覚ませとでも言うよう、魔法使いは厳しく現実を言う。するとそれに魍魎は表情を曇らせ、


「そんなはずはない! 皆、この言葉を信じて北へと向かっているのだ、沢山の魍魎たちが!」


「確かに! おまえがどこに行こうと勝手だ。だが、シェーラ嬢は無関係だ。あの屋敷は彼女にとって牢獄なのかもしれんが、その楽園とやらが彼女にとっての幸せの場とも限らん。彼女の意志を無視して、自分の都合に巻き込むな」


 それに、魍魎は意外なことでも言われたかのよう、しばし呆然とした表情をしていた。そんなことはないと、まるでそれを受け入れ難いかのように。


「自分の都合……違う、私は彼女の為に……」


 尚もそう言って、魍魎はすがるような目でシェーラを見つめる。すると、シェーラは困惑の表情を深め、どこか申し訳なさそうに、


「ごめん、あたしは……」


 魍魎の期待に答えられないことを伝えてくる。


 それに信じられないとでもいうよう、魍魎は更に呆然とした表情になる。そして、


「夢を見るのは悪いことではない。追うこともしかり。だが、周りを巻き込んではいけない。夢も度が過ぎれば、単なるわがままにしかならない時もある。おまえの夢は、彼女の為といいながら、自分のことしか考えてないその典型だ、違うか?」


 諭すように、魔法使いからそんな言葉が発せられる。それにシェーラも、さすがに躊躇いを見せつつも、魔法使いに同意を示すよう静かにコクリと頷いてゆき……。そして、どこか心苦しいような眼差しでシェーラは魍魎に近づくと、その手を取り、


「あたしの心のふるさとは丘の下の村。でも、あそこでの生活も楽園とは言い難かった。今の場所もやっぱり楽園とはいえない。そう、楽園なんて理想の世界だけのもので、ほんとはどこにもないのかもしれない。あえて言うなら一番は村だけど、戻ることが出来ないなら、今いる場所でとりあえず精一杯生きてみるってことかな。今は辛いけど、いつか少しでも楽園に近づけるように」


 決意も固いように、しっかりとした眼差しで、シェーラはそう言う。そう、それは誰にも侵すことのできない、揺るぎない意志。自分の進みべき道を確かに見据えた、健気なまでの決意。そんな強い思いを向けられたら、魍魎の語る夢など……そう、本当にちゃちな夢物語で……。すると、それを感じてか魍魎はぽつり、


「私は、勝手だったのだろうか……」


「そこまでは言わないけど……でももし、あんたが楽園に行かずにここに残るなら、茶飲み友達ぐらいにはなってやる。お茶でも飲みながら、あんたの愚痴を聞いてやるよ。だから……」


 その言葉に魍魎はどこか悲しげに顔をうつむける。そう、そんな言葉なんかで心は慰められないとでもいうように。だがやはり、すぐに思い直したようキッとした眼差しで顔を上げると、強い意志でシェーラを見つめ、握る手を振り払い、


「行け」


「サックン……」


「ふん、やっとあだ名で呼んでもらえたと思ったら別れの時とは皮肉なこと。まあ今回は、とりあえずシェーラに免じて手を引いてやるが……私はあきらめた訳ではないぞ。おまえこそが我妻だ。そう、私のこの魅力にいつかきっとクラクラ来るはず。仕方ないが、今はしばし待ちの態勢だ」


 相変わらずな魍魎に頭を抱える魔法使いとシェーラ。でも、何故だか憎めないその言葉に、魔法使いは苦笑いを浮かべると、再び失態を繰り返さぬよう念を押して、


「もう、おかしなちょっかいは出さないと誓うか」


「自分の方から向かうことはしないと約束しよう」


「連れ去ることもしないと?」


「約束する。彼女の気持ちを……尊重する」


 どうやら反省したらしい魍魎。それに魔法使いは了解を示して頷いてゆくと……それを見て、シェーラがにっこり笑って一歩前へと進み出る。そして約束といわんばかりに差し出されたのは、細く可愛らしいシェーラの小指。そう、どうやら指きりげんまんということらしい。それに、魍魎もその意図を察したようで、シェーラへと小指を差し出してゆくと、指と指を絡めて一回二回と腕を振っていった。


 それはしかと交わした約束。結んだ誓いに二人は目を見合わせると、納得したよう口元に淡い微笑みを浮かべていって、そして……。


 そう、こうしてことは何とか決着をみせたのであった。あとはここから去るばかりなのであった。だが……ここで使うべき魔法は転移魔法、ならばと、魔法使いはシェーラにそれを促そうとも思うが……。


 ふむ……。


 魔法使いは考えた。


 転移魔法を使うということは、亜空間で吹っ飛ばされないよう、シェーラにぎゅっとしがみついていてもらうことであり……。このショックな出来事があった上、そんな姿を魍魎に見せるのはさすがに気の毒かと、魔法使いは珍しい気遣いを見せる。だが……。


 ま、いいか。


 あっさりそう胸に片付けて、そのままシェーラを横抱えにしてゆく魔法使い。すると、その突然のことに流石のシェーラも驚いたような表情をするが、それより何より驚いたのはやはりというか、魍魎で……。


「な、な、なんてことを! 私の大事なお楽しみを!」


「転移魔法を使うんだ、仕方ないだろうがっ!」


 やはりきた魍魎の攻撃に、辟易といったように魔法使いは言う。


「許せん、絶対許せん!」


「許してもらわなくて結構。私は……」


 すると、そこで魔法使いは不意に何かを思い出したかのような表情をして、艶のある眼差しでシェーラを見つめてゆくと、


「シェーラ……亜空間は風が強い、吹き飛ばされないよう、しっかりつかまってるんだ」


 わざと見せ付けるかのよう、その耳にやさしくささやきかけてゆく。するとその言葉に戸惑いながら、「……こうか?」おずおずとシェーラは魔法使いの首にギュッとしがみついていって……。


 それに、勿論納得行かないのは魍魎。その姿を見て、魍魎は「クーッ!」と言って地団太を踏むと、


「それは、私だってしてもらったことがないのに!」


「なら、そうしてもらえるよう、その魅力でクラクラさせることだな」


 そう言って意地悪くフフンと鼻に笑いを乗せると、もう用はないといわんばかりに魔法使いは呪文を唱え、その場からさっさと姿を消していった。


 そして、後に残されたのは魍魎。その思いたるや憤懣やるかたないもので、もう誰もいないその空間を睨みつけながら、


「今に見ていろ!」


 そう叫び、固く固く胸に誓ってゆく彼なのであった。

次回で第七話は終わりです。

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