表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ひとひらの花びらに思いを(未)  作者: 御山野 小判
第三章 始まりの予感
101/165

第七話 魍魎の憂鬱 その十一

 あの鏡に映ったとおり、その時魔法使いは魍魎の住処を目指して歩みを進めていた。行くのは木々の生い茂る深い森の中、思うように先に進めないことに苛立ちを感じながら、目の前にはだかる草木を掻き分け、土を踏みしめ、目的地へと向かってゆく。


 まぁ、一気に転移魔法を使っていければ一番楽でいいのだが……どうにもそういう訳にはいかなくて。つまりそれは……そう、魔法使いがこうして地道に歩いている理由とは……ブロウ家の者達が魍魎の住む場所の詳しい位置を知らないという残念な結果があったからだった。とりあえず皆の話から、村の北にある森の辺りに住処があるということは分かったので、そこまでは転移魔法を使うことができたのだが……。どうやら魍魎も魔法使いの屋敷と同じく、住処に結界を張っているらしい。それ故のこの情報のなさなのだろうと、そう判断して、降り立った場所からひたすらに……そう、後は探査の魔法を使いながら、ひたすら自力で魍魎を探してゆく魔法使いなのであった。


 それは全く困難な道。一応、多く魍魎が目撃されている地点へ降り立ってはいたが、勘が外れていなければ、そこからそう遠い所に住処はないとみたが……。だが、中々目的の地は見つからず、苦労をにじませながら、魔法使いは唯ひたすら森の中を彷徨ってゆくばかり。そして、その時間はかなりの長きに渡ってゆき、重くなる足と共に、次第に心にも焦りがでてくる。悪路なのも禍し、流石に体全体が疲れてくるのを感じる。思わず、いい加減見つかってくれ! と愚痴のようなものも心にこぼれてゆくが……中々。もしかして探査の魔法をも弾く結界を張っているのかもしれないと、ならばこれは何か別の手を打たねばならないかもしれないと、無為に過ぎる時にそう思って考えを巡らした……その時、


「!」


 そう、ようやくといったよう、不意に何かに体が触れたかのような感覚を魔法使いは覚えたのだ。これは結界の感覚。それに、とうとう魍魎の住処に近づいたかと、魔法使いの胸に期待感がわきあがる。そして、そのまま気を張り巡らせて結界の感触を今一度しっかり確かめてゆくと……。相手は魍魎。やはり、どうやらそれは黒魔法らしいことが分かる。ならば無理やり壊して入ろうと、魔法使いは、


「キレホヘイ・ゾレイン・ビタ・ケロサツ・トオナ・ノアリョツ・モリ・ケイグカ!」


 唱えるのは攻撃魔法の呪文、そう、大きな衝撃を与えてそれを破ろうというのだ。頭の中を駆け巡るのは、その結界を粉砕するだろう衝撃の発生過程。それを想像しながら、巻き込まれないよう結界から少し離れ、意識を集中して魔法使いは魔法を発動させてゆく。だが……、


 クソッ!


 やはり高等の魍魎だけあって中々守りは固く、すぐに破ることはできなかった。一回、二回と、何度か挑戦してようやく、どうにかそれを破って魔法使いは中へと入ってゆく。すると……。


 入ってすぐ、待ち構えていたのはもくもくと立ち込める暗い雲だった。それはまるで魔法使いを出迎えるかのようであり、やがてその雲は……どんどん辺りが薄暗くなる。雲の層も厚くなってゆく。そして不意に上空がピカリ光ると、激しい音と共にいかずちが魔法使いの方に落ちてきて……。


 だが、魔法使いは察していた。そう、それはあまりにも怪しすぎる雲だったから。そしてくる位置をあらかじめ予想して、素早く魔法使いはそれをよけると……。


 ほんの少し前に自分のいた場所、そこに白い煙が立ち上る。それこそが雷が落ちた証。危機一髪と、魔法使いは胸を撫で下ろし、続いてくるかもしれない危険に更に注意深く辺りを窺う。すると、不意にばさりと頭上で何かが羽ばたく音がした。見上げてみればそこには巨大な鳥の姿があり、翼を羽ばたかせながら近くの木に宿っていった。そう、魍魎が変化したあの灰色の鳥である。


「せっかくシェーラと朝の団欒を楽しんでいたのに、鬱陶しいったらありゃしない」


 忌々しいよう、魍魎は魔法使いに向かってそう言う。すると、


「きさまの都合なんか考えていられるか。退散するとか言いながらちゃっかりシェーラ嬢を連れ去って」


「諦めた訳ではないと言っただろう。油断したおまえが悪い」


 痛い魍魎の言葉。それに魔法使いは思わずグッと言葉をつまらせると、


「確かにそれは……認めよう。だからこそ、その失態を挽回する為にも、シェーラ嬢は連れ戻す!」


 力を込めてそう宣言する魔法使い。だがそれに魍魎は、フッと鼻で笑い、


「は、大人しく帰るんだな。今帰れば命だけは助けてやる」


「ふざけるな。そっちこそ大人しくシェーラ嬢を返せば、無体なことはしないでおこう」


 表面上、穏やかにことを収めようとしているかのようにも見える二人だった。だが、その奥にはお互い挑発しあうような響きがあり、素直に言葉に乗ってくる訳などないことがありありと雰囲気ににじみでていた。


 当然の如く魍魎の返事も、


「断る!」


 すると、


「ならば、私のプライドと明日のご飯にかけて、無理やり奪い取るまで!」


 魔法使いにとっては切実、だが魍魎にとって意味不明の言葉に、


「明日のご飯?」


「こっちの都合だ! いくぞ!」


 そう言ってシェーラを取り返すべく、魔法使いは攻撃魔法の呪文を唱えていった。魍魎も鳥から人型に姿を変えて地に降り立つと、負けじと呪文を唱えてゆく。睨みあう二人。今にもそこから炎でも出現しそうなほど、激しい睨み合いがしばし続く。そして、まさに今魔法が発動されようかという時、


「待って!」


 二人の耳を涼やかな女性の声が打った。そう、まるで行おうとしていた攻撃を阻むかのよう、あらん限りの声をあげて。そして聞こえてくるのは忙しなく響く足音。


 それに何事かとそちらを見遣ってみれば、シェーラが屋敷の玄関から二人の下に向かって駆けてきている所であり……。どんどん魔法使い達との距離を詰めてくるシェーラ。そして、やがて彼らのすぐ側までやってくると、シェーラは少し息を切らせながら、


「争いはやめてくれ!」


 するとその言葉に、


「これはおまえの為の戦いだ!」


「これはおまえの為に戦っているのだよ」


 同じような言葉が、ほぼ同時に魔法使いと魍魎の口からこぼれる。


 何とも気のあった言葉であるが、その意味は真反対、それに何となく面白くない気がして魔法使いと魍魎は睨みあう。そして、


「こいつはおまえをこの屋敷に閉じ込めようとしているんだ!」


「この者はおまえをあの屋敷に戻そうとしているのだよ」


 またもや揃った声。全く納得がいかないと、再び二人は睨みあう。そしてもういい加減にしてくれとでもいうような表情をすると、魔法使いはシェーラに向き直り、


「おまえを魍魎の餌食にする訳にはいかない!」


「何を人聞きの悪い。私は彼女を救ってあげようとしているのだ」


 相変わらずな魍魎のその言葉、思わず魔法使いは頭を抱え、


「ずっと思っていたんだが、連れ出すだの、迎えに来ただの、救うだの、一体おまえは何を勘違いしているんだ」


「ふん、勘違いしているのはおまえの方だ。私は……」


 魍魎は、何かを言おうとしていた。恐らく、その問いに答えるだろう何らかの言葉を。だが残念ながら、そこから言葉が続けられることはなく……。なぜなら、


「もう、やめてくれ!」


 勝手に言い争う二人に、とうとう堪忍袋の緒が切れたように、シェーラがそう大声で叫んだから。


「一体何なんだ。みんなあたしの為とか言いながら、自分のことしか考えてないんじゃないか! 魍魎は、あたしを自分のものにする為、この魔法使いは、父さんからの依頼を果たす為。あたしの気持ちなんか全く知らずに!」 


 悲痛をにじましたその言葉に、魍魎と魔法使いは思わずといったように沈黙する。だが……確かに自分は依頼を果たす為にここにいる。魍魎から彼女の身を守る為ここにいる。だが、その守るという行為が何故いけないことなのだろうか。それはまさしく彼女の為になることであり、彼女もそれを望んでいるのではなかったのかと、魔法使いは思わず疑問に思う。そして、それを問おうと魔法使いは口を開きかけると……それを察してか魍魎は魔法使いを手で制して、シェーラの方へと向かって歩みを進めていった。そして、


「シェーラ、それは誤解だ。私は本当に分かっているんだよ」


「誤解?」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ