レイニーディ
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今しがた降り出した雨が僕の頭を叩く。ポツリポツリと弱い雨は毎秒一回のリズムだった。
ここは住宅街を駆け巡る、片側一車線の小さな車道。歩道もない小さな道。
僕には血がついていた。そして、目の前の大好きな彼女にも血がついていた。
僕が空を仰ぐと、弱い雨が血を洗い流すように落ちてくる。雨はこぼれ落ちそうな涙も隠してくれているみたいだ。
どうしてこうなったんだろう……。
僕は空を見上げながら、少し過去を思い出していた。
今にも雨が降り出しそうな曇り。
僕は大好きな彼女と歩いていた。
彼女と言ったがそれは女性を示す代名詞であり、決して関係上の上で『彼女』な訳ではない。あえて分類すると『幼馴染の同級生』か。僕らの間に恋愛感情はなく、小さい頃は良く遊んだのだけど、今となっては友達と呼べるほどの仲があるかさえも疑問だ。それでも隣同士の家に住んでいることもあり、本当に時々、二、三ヶ月に一度ぐらい一緒に帰宅する事がある。そんな程度の仲だ。
僕は時々だけ存在する『彼女との帰宅』が好きだった。僕が恋しているからだ。
と言っても『彼女との帰宅』以外に何をする訳でもない。彼女に気に入られるように努力したり、自分の気持ちをアピールしたり、そういう事は出来ない弱虫な男だった。
それでも今日は、二、三ヶ月に一度だけの『彼女との帰宅』がある。そう。幸せな日のはずだった。
事実、途中までは幸せな時間だったさ。でも、人も車も多い国道沿いの道を曲がり、人も車も少ない小さな道に入った時……。
彼女の雰囲気が変わった。
照れ笑いしながら恥ずかしそうに話す彼女は、いつもの明るく陽気な彼女ではなくて、僕が初めて見る『恋する乙女』だった。
「私ね。好きな人がいるんだぁ~」
僕はこの状況を喜んだ。まさか、彼女も僕に好意を寄せていたんじゃないだろうか? その時は妄想した。
でも次に、彼女から出てきた言葉は残酷なものであり、僕は期待してしまった分余計に傷ついた。
「だから告白しようと思うんだ。応援してね!」
そう。知っていたはずだった。彼女は僕を見ていないって事は解っていたはずだった。
僕は意味もなく、今しがた通り過ぎようとしている斉藤さんの家の表札を凝視しながら答える。彼女に潤んだ瞳を見せないように横を向いて答える。
「へ~。上手くいくと良いね」
出来るだけ明るい声で言ったつもりだが、ちゃんと出来たかは疑問だ。僕は内心憎かった。一体何が憎いんだ?
それからは上の空だった。彼女は一生懸命『好きな人』を褒めるのだけど興味なかったし、寧ろ聞きたくなかった。
僕は気が付けば、彼女の話から逃げるために妄想ばかりしていて、その殆どが破滅願望だった。例えば『地球が爆発すればよいのに』と言った感じだ。
一度だけ彼女との無理心中も考えた。二度だけ彼女の『好きな人』を攻撃した。
他にはあり得ないような馬鹿な妄想もあったかな。『空からお金が降ってきたらどうしよう』とかね。
でもまぁ、殆どが残酷な妄想だった。絶望から逃げるためにこんな妄想をしている僕の人格は醜く汚いものだと言う事を否定するつもりはなかったのだけど、でもちろん妄想が現実になるとは思わなかったし、破壊願望が自分の本当の願いであるはずもなく、ただ現実逃避で自分の気を落ち着かせただけだ。普段から残酷な妄想ばかりしている訳じゃない。
ただ今だけは、心の中だけで良いから、とにかく暴れたかったのかもしれない。
僕は彼女の残酷な自慢話を聞き流しながら歩き続けた。
そんな折、彼女は適当な相槌ばかりの僕に。
「ねぇ! ちゃんと聞いてよ!」
「あ、ゴメンね」
僕は彼女の方を向くことで、『話を聞いているよ』と態度で嘘をついた。潤んだ瞳に気付かれないか不安だ。
すると、彼女は何故か歩を止めたので、僕も立ち止る。
「どうしたの?」と僕は尋ねた。
僕らは向かい合うように立った。
この時の彼女の顔は、赤い顔をしていて恥ずかしそうで、つまりは『恋する乙女』であり、出てくる言葉は残酷なものだった。
「だから、ちゃんと応援してね……」
僕は言葉を出す事もできずに、うなずいた。
そして……。
僕の妄想の一つは現実となった……。
僕は空を仰ぐ。すると、毎秒一回のリズムで雨が僕の顔を叩く。
そのまま、僕も彼女も無言のまま時を過ごした。この空間に言葉は存在しなかった。
五分程が経ち、雨は急速に強くなり、気が付けば毎秒三回のリズムだ。僕の心音もそんなリズム。
僕はやっと次の行動。
無言で彼女に手を伸ばす。
彼女は無言で僕の手を握り締める。
僕の妄想の一つは、五分程前に、現実となった。
彼女が「お財布落ちている」と地面を指差すので、僕は地面を見ようとした。
その時、彼女が頭突きしてきたのだ。
結構痛かった。
だけど、頭突きの理由は理解できたので嬉しかった。不器用な彼女はキスに失敗したんだと思う。
そして……。
その行動の意味も理解した。
そんな訳で、僕はちょっとだけ鼻血を出し、彼女にも少しの返り血が付いたんだ。
結局その日、僕らは家に着くまで、「さようなら」を言うまで無言だった。
いつもと違って『恋する乙女』な彼女は珍しく無口で、いつもと同じく弱虫な僕も無口だった。
言葉は存在しなかった。必要ないからだ。本当は喋る事ができなかっただけかもしれない。
そして、次の日、僕は自分の愚かさに気が付いた。
そうだ。確かに言葉は必要なかったと思う。
まぁ、あれこれ言う人はいるだろうけど、あの時の僕らにとってそれが事実だ。
言葉は要らなかった。
それでも、傘は必要だったよなぁ……。
三十八℃を示す体温計を見ながら、彼女の無事を祈りながら、そう思った。
名前の通りに、電撃リトルリーグに応募させて欲しくて書いたものです。
締め切りに、間に合いませんでした!
文字数を削る作業もそうなのですが……。
雨をリズムで表現したくて、『ビート』や『テンポ』の勉強をしたのですが、全く持って理解できなかったのが原因です!