円香と妹の話
「おねえちゃん!おねえちゃんってば!」
幼稚園のお迎えに行けば、桜はキラキラした顔で謎の工作品を見せびらかしてきた。
細く丸めた新聞紙を茶色に塗って、先っぽにピンクで色付けしたティッシュをセロテープで貼り付けている。
「見て!」と自信満々に言われたけれど、何だコレは。
しばらく考えて、「ひょっとして、桜の木?」と聞いてみる。
正解だったらしく、妹はすっかり上機嫌だ。
手を繋いであげると、もう片方の手に自作の桜の木を握りしめたまま歩き始める。
「おねえちゃん!わたしのお名前はおねえちゃんがつけたの?」
「あー、うん。そうだね。桜が生まれた時に、私が『妹の名前は桜がいい』って言ったんだよ」
「なんで?なんで『桜』にしたの?」
「えーっと……」
私は、桜の名前を付けた日のことを思い出す。
穏やかな春の日だったはずだ。
病室の窓から、風に吹かれて迷い込んだ桜の花びらがとても綺麗で。
桜は私の大好きな花だったから、それで……
「わたしの誕生日に、さくらが咲いてたの?」
「う、ん……」
「じゃあ、あしたのお誕生日は、さくら咲くかな?」
不思議そうな桜の顔。
桜が生まれた時に私が妹の名前を付けた。
私が「桜」と決めた。
どうして?
どうして、桜が咲いていた?
どうして?
だって、妹が生まれたのは今と全く同じ時期……五月だ。
桜なんて咲いてるわけがない。
どうして?
あ、そうだ。
そうだった、記憶違いだ。
五月だけど、大好きな花だから。
とても素敵な花だから「桜」と付けた。
名前事典の中から、一番綺麗な名前を妹に付けたんだ。
「あーーっ!」
桜の大きな声に、思わず立ち止まる。
気付けば家の前まで来ていたようだ。
繋いでいた手を離し、桜が庭に向かって駆けて行く。
「わたしのスコップ!」
異様な光景に息を飲んだ。
我が家の庭は、それほど広くはない。
それでも一目で異常だとわかった。
母の花壇から、芝生に至るまで。
おびただしい数の大小様々な穴が掘られた跡がある。
そして、それらの穴は全て土で埋め直されていた。
いつかと同じように、周りの土を雑に集めて上からかけただけのような、適当な埋め方で。
そして庭の真ん中にある穴の跡に、ざっくりとスコップが一つだけ突き刺さっていた。
桜が失くした、赤いスコップだ。
「待って」
その赤いスコップを見た瞬間、私は言いようのない不安感に襲われた。
埋められた穴の上に、わざとらしく突き刺した桜の宝物。
それが、まるで罠におびき寄せるための餌のように見えた。
「待って!桜!」
桜の手がスコップに触れる。
「桜!」
桜はこちらを振り向いた。
真っ黒な目玉を見開き、人形のようにガクンと顎を落として。
「おねえちゃん」
桜と全く同じ声で、酷く嬉しそうに私を呼んだ。




