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円香と*の話

「おねえちゃん」


 桜。

 私の妹。

 名前事典の中から、一番綺麗な名前を私が選んだ。


 砂遊びが大好きで、いたずらっ子で、工作が大好き。

 でも、今目の前にいるのは桜なんかじゃない。


「誰」


 これは、誰。


「あなた、桜じゃないでしょ。返して。桜を、返して」


 妹の姿の何かは、こちらを真っ直ぐ見ながら「何で」と声を発した。


「何で。なんで、なんでよ。さくらだよ。わたし、さくらだもん。さくらだよ。さくらなの」


 掘り返された庭の土に突き刺さったスコップを、桜の小さな手が乱暴に引っこ抜いた。

 赤いスコップの柄には名前シール。

 今にも剥がれそうなシールには、マジックで「さくら」の文字。


「わたし、わたしがさくらだよ!これだって、さくらの!わたしの名前だもん!わたしのスコップでしょ」


 ざく、ざく、と何度も地面にスコップを振り下ろす。


「さくらはわたしなのに!おねえちゃんが、つけてくれた名前なのに!」


 春の風が吹き込む病室。

 母の大きなお腹を撫でた、私の手は小さかった。

 今の桜と同じくらい小さい手で、撫でた。


 ああ、そうだ。

 そうだった。

 記憶違いなんかじゃなかった。


 私はようやく、彼女の名前を呼んだ。


「咲良」


 いつか出会う日を待ち望んで、ついに会うことが叶わなかった妹の名前を。

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