こはるとオカン
「聞いてや、この前の金曜日にな、オカンが急に運動が足らんって言い始めてやな、最寄りのイオンまで歩いてん。」
「そうなんだ。
良い運動になった?」
「最寄りのイオンいうてもな、片道3キロ近くあんねん。
歩くと45分や。
往復で6キロ、1時間半も歩かされる羽目になるんやで。
足も腰も身体のあちこちが痛いわ、もう。
ちなみに言い出したら聞かない上にやる事が極端なのもヤンキー指数があがるからな、みのりも気をつけや。」
「そうなんだ、気をつける。
1時間半…結構歩いたけど、まぁ運動が目的なら良かったんじゃないの?
言っても物凄い歩いた訳でも無いのに足が痛くなってるなら運動不足は間違いないし。」
「イオンが目的地や言うてるやろ。
イオンは折り返しの赤コーンとちゃうねん、ショッピングモールや。
せやろ?
夕飯の買い物プラスの運動やねん。
つまり後半戦になると負荷は上がる。
セカンドステージが用意されてる訳や。」
「確かに大変だけどさ、その距離は流石に運動がメインでしょ。
重たいものを買いに行くのに徒歩を選択はしないよね。」
「アホか!
そんな未来への計画性があるやつが、一時でもヤンキーになるかい!
ウチで飼ってる犬のゴハンを買いに行ったんや。」
「確かに重いね。
うちには猫がいるけれど、あの缶のやつを何個も買うと意外と重いんだよねぇ。」
「犬はそんな、缶詰みたいなフニャフニャした軟弱なもんは食わん。
いや、食うのかもしれんが、ウチのチャッピーは違う。
歯応えが全て。
硬いものは机の足の木の部分までを食料にする根っからのハードテイストジャンキーや。」
「へぇ、じゃあカリカリを買いに行ったのか。
カリカリの方が乾燥してて軽くない?」
「一袋5キロや。
3キロ入りのもあるらしいが、5キロの方がグラム計算で大幅に安い。
大阪出身のおばはんがどっちを選ぶかなんて火を見るより明らかやろな。」
「…そんな!
生まれたての赤子よりも重いじゃないか!
まぁ、でも二人がかりだし代わりばんこに持てばそこまで負担は…。」
「確かにな。
オカンもそう考えてたのかもしれん。
でも帰り際に思い出したらしいねん。
ゾッとしたわ。
こっちをギギギ、と振り返るオカンの目は真っ黒やった。
パカっと口を開けて、喉の奥の方から絞り出す様にでた怨嗟の叫びは忘れる事はないわ。」
「へえ、オカンさんなんか買い忘れあったの?」
「軽っ。乗っかれや、こっちは稲川亭の名を襲名しようとしてんのに。
米がウチにないんやと。
米も買わないといかんのやと。」
「1日くらいパンにしたら?
パンならそこまで重くないし。」
「ウチの家はな、夜ご飯は米って決めてんねん。
そして金曜日は必ずカレーや。
カレーには米が要る。」
「お宅のおウチは海軍か何か?」
「我がネイビーには米が要る。
買わないといかんやろ?
なら10キロが下限や、何故なら…。」
「大阪のおば…お姉さんは安い方を選ぶから!」
「そうや、よく覚えてたな、誉めたる。
他人の母親を釣られておばはん呼ばわりしなかった所も高評価やで。
この時点で15キロや。
さっきまで生まれたての赤子を超えた事に慄いてた自分が恥ずかしくなるやろ。
堂々の園児クラスへ大成長や!」
「それはもう無理じゃない?
タクシーで帰ったんだよね?」
「何のために3キロを5キロにして、5キロを10キロにしたと思ってんねんな。
小銭を浮かせる為や。
大阪のおばはんはな、冠婚葬祭以外でタクシーには乗らへんのや。
ましてや元ヤン、面構えが違うからな。
骨折程度では自力で進むわ。」
「おぉ。もののふじゃ。」
「せやねん。
でもこっちはか弱いJKやろ。
しかもタレ目や。
タレ目は非力と相場は決まっているからな、もののふを頼ってん。
おかあさん、10キロの方をもってくんなましってな。
ここ最近で一番媚び媚びでお願いしたわ。
そこらのオッサンなら3000円まで無償で渡すであろうか弱さでな。」
「ちょっとやってみて。」
「みのりぃ、じゅーすおごって。」
「…それで?オカンさんは持ってくれたの?」
「アホコラボケカス!無視すなや!
やらせたなら責任とって金払え。
こっちは気を遣ってジュース代で収めようとしとんねん!
ほんまやったらケツの毛までむしり取ってる所を友人価格にしてやった恩を忘れやがって!
サイフ出せ。」
「…勘弁してくださいよぉ、次の入金までこれっぽっち、飢えて死ねっていうんですかぁ。」
「ちっ。シケとるのぉ。
お前、女はおんのか。」
「へぇ、妻と子が…。」
「なら来月まで待っといたる。
耳揃えて払ってもらうからのぉ…。
何さすねん。
なんの話やっけ。
あ、でな?
若いんだからアンタが持ちやって。
酷ない?」
「でもお母さんはこれまでこはるの人生という重荷を背負って来てくれたんだよ?
それを考えたら少し重い物を持つくらい何でもないと、僕は思うね。」
「ええこと言うな。
でもな、そういうのはオカンの老後とか記念日に返すもんや。
今からちまちま負債を返してたら資金は残らん。
利息が膨らんで膨らんでようやく返済するから、親の老後の面倒を見れんねん。
今回の件で初任給での温泉旅行へ連れてくっていう親孝行は、自分へのご褒美の少しお高いチョコレーケーキへと変わったわ。」
「温泉とチョコケーキは等価じゃないじゃん。」
「利息込みやって。
自分で使うのには制限あるよ。」
「そうなんだ。
結局米はどっちが持ったの?」
「おにいや。」
「あれ?3人で行ってたの?」
「ちゃうわ。
絶望の余りに禁術を使ったわ。
口寄せの術や。
まぁ、おにいにはさっきの可愛いお願いの技がてきめんに通用するからな。
呼び出したら来るわ。
ちょろいもんや。」
「いや…普段のこはるを見てて、急にあんな感じになられたら、めちゃくちゃ怖いから来てくれたんだと…。」
「あ?」
「可愛い妹の頼みは断れないよね。」
「な?
でも流石にちょっと時間かかる言うてたからな、オカンとスタバで茶しばいてん。
フラペチーノ。
期間限定の新味良かったで、今度試してみ?」
「…スタバ?二人で?」
「オカンも飲むやろ、そら。」
「お兄さんは?」
「その場におらん奴が悪いな、そら。」
「それは酷いよ。
せめて、せめてお土産ぐらいは…。
あれ?スタバって二人で2000円ぐらいはかかるよね。」
「おん?まぁな、オカンが払ってくれてラッキーやったわ。」
「2000円あればタクシー乗れたよね、6キロくらいなら。」
「勘の良いガキやな…。」
「それにさ…もし端折ってるだけなら良いんだけど…。」
「ちっ、そうや、カレーの材料は買い忘れたわ!
晩飯は出前やな!
蕎麦でした!カレー南蛮やからセーフやけど!な!」
「…。」
「何やねん、いい事もあるわ!
カレーは結構高カロリーやけどな、カレー南蛮はそこまででもないねん。
運動と相まって痩せたわ。
これは痩せたわ。」
「…あー、言いにくいんだけどね?」
「なんや。おにいへの謝罪ならせんぞ。」
「こはる、心して聞いてくれ。
スタバの、今季の新作フラペチーノはな、カレーぐらいのカロリーを有している。
こちらから言えるのはそれだけだ。」
「…うそやん。
疑うでそれは、言い過ぎや。
いくら甘い甘い飲み物だからって。
男兄弟という業を背負った者の仇を取ろうとしてるんやろ、騙そうたってそうはいかんわ。
みのりの目の前で調べて、その妄言の証拠を突きつけたるからな!
待っとけ!」
「カレーって700キロカロリー位だっけかなぁ。
どうだね、こはるさん、私の妄言だったかね。」
「…財布の金は勘弁しといたるわ。
うっそー、マジで?
ちょっと小走りで帰ろか、みのり。」
「足痛いんじゃなかったの?」
「うるっさい!乙女のピンチや!
オカンにも教えたらな…一人では背負いきれん罪や…。」
「そうしてまた無意に始まるダイエット。
またお兄さんが呼び出される事になるんだろうなぁ。」




