こはるはおかっぱ
『あれ、みのり髪きったん?』
「うん、よくわかったね。
普通男が気づくかどうかを問われる罠なのに。」
『罠ちゃうわ。
乙女心を罠と呼ぶなや。
男には分からんかも知れんけどやな、美容院って結構な出費やん。
結構な出費して、気に入るかどうかはギャンブルや。
その日は美容室のオシャレな雰囲気と、プロのヘアセットの威力で素敵に見えるけども、自分でやったらオシャレとは程遠くなるかも知れんからな。
だから褒めてもらわんと救われんねん。』
「こはるはいっつもおんなじ感じだから失敗少なそうだけどね。」
『おかっぱ、いや、あえてボブカットと呼ばせてもらうわ、オシャレにな。
この髪型にもこだわりがあんねん。
わかるか?私のこだわりが。』
「もちろん。
こけしみたいだよね。
和の力強さを感じるよ。」
『アホかコラ。
お前私を見てこけしや思ってたんか。
ちょっと目ん玉外して渡せ、洗ったるから。』
「お似合いですよ。」
『誤魔化し切れると思ったんか、取ってつけやがって。
はよ外せや、クエン酸と重曹に漬けといたるわ。』
「そんなキッチンの焦付きみたいに…。
あのね、みのり、髪型やファッションは人それぞれ、好きであれば何でもいいんだよ。」
『薄いファッション誌みたいなこと言うな。
その台詞は前提として気に入ってたらの話やねん。
いいか、こけしと日本人形はボブカットの例えとしては最底辺や。
褒めるなら、そうやな、アイドルみたいとか森ガールみたいとか、ふんわりしたモンに例えんと。』
「麗子像とか?」
『なんそれ。』
「油絵。有名な絵画だよ。」
『絵画か…分からんから慎重に慎重を重ねてググってから正解かどうか答えるわ。
ちょっと待ってな、みのりのためでもあんねんで。
知らずに人を傷つけたら嫌やん』
「ありがとう。」
『なに、私とみのりの仲やん。
…お前これ、この絵、いい絵なんやろうけども今回の例としては最低や。
よかったな、今知れて。
ふんわり感の欠片もないわ。
もしかしたらバックボーンに素敵なエピソードがあるのかもしれんけど、ファッション誌を見てこれにしてくれって言う奴なんぞおらん。』
「そう?麗子本人は美人だったらしいよ。」
『それでもや。
こっちはヘアカットに不安を覚える思春期の、ガラスの心を持った女の子やで。
そんな遠回しに褒められても、受け取るまでにごめんなさいや。
真っ直ぐかつ、優しく丁寧に褒めな。』
「難しいな…じゃあ…山口小夜子みたい、とか?」
『今回は何の絵や。』
「いやいや、モデルさんだよ。」
『またググるわ。
ごめんな、何にも分からんくてな。
お前、ほんまはこういう、検索させたりの時点であかんからな。
んー、あ、この人か。
人物にアカンとか言いたくないけど、これもまた今回の件には不適格や。
いや、美人やで。
とんでもなくな。
でもこれはこの人だから似合うだけや。
オリジナリティの踏襲は、おしゃれとは一番かけ離れてるからな。
あ!お前カバンに付けてるアイドルのアクキー!
それがふんわりボブのお手本や。
その子の名前なんて言うん?
それで例えや。』
「え?知らないよ。
貰ったから付けてるだけで。」
『怖。
全く知らないアイドルのグッズ身につけんなや。
え、そんな奴おる?
100個くらいグッズぶら下げとるガチもんより、全く知らん人をぶら下げてる方が怖いんやけど。
あ、見た目がタイプとか?
前にファンとは言ってたもんな。』
「いや、あれは話の流れでさ、マッチョくんとの対比でそう言っただけで、本当に知らない人だね。」
『ここ最近で一番背筋が凍るわ。
じゃあみのりは何を思って知らない人間を通学カバンにぶら下げてんの。』
「姉ちゃんに面白みのない鞄だって言われたから…。」
『それだけ?
それだけである意味パーソナルな意思表示である通学カバンのアクセサリーに知らん女を選んだん?
怖っ!
あかんで、みのり、そういうのは好きな物とか人しかぶら下げんもんやねん。
それで、あぁ、あの人はこういうのが好きなのね、話しかけてみましょうと友達の輪が広がるもんなんや。
それをお前、アンビリバボーをぶら下げんなや。』
「アンビリバボー。」
『帰りにゲーセン行くか。
その謎アイドルに変わるカバンからぶら下げアイテムをゲットしにいこ。
ほら、そんな怖い物は引きちぎって川に投げ!』
「ほぁああ!」
『ノータイムで投げるやん。
思い入れゼロすぎるて。
ほな新アイテム取りに行こ。』
「良いのあるといいなぁ。」
『なぁ!
…あれ、そういえば、あのアクキー、家にあったのなら誰かのんちゃうん?
良かったのかな、勝手に川へ投げてもうて。』
「そういえば誰のだったんだろ。
父さんは日本にいないし、テレビも見ない。
母さんの推しは父さんだけだって普段から言ってるし。
姉ちゃんはアイドルに1ミリも興味ないんだよね。」
『今はお祖父ちゃんの家に住んでるんやっけ。』
「そう。
母さんのお父さんね。
あー、じいちゃんの物かもなぁ。」
『お祖父ちゃん、アイドルとか好きなん?
感性が若々しいなぁ。』
「そういうんじゃなくってね、ほら、仕事で作曲したりするからさ、ドラマとか映画の。
その挨拶とかでグッズ貰って来たりするんだよ。
だから思い入れは全くないけど、じいちゃんの物の可能性が一番高いかなって。」
『なるほどなぁ。
…え、良かったん?
くれた人がいるのにぶん投げたら申し訳が立たないやろ。』
「…良くないだろうけど、もう川の中だから仕方ないね。
チェーンが千切れちゃった事にしておこう。
非売品だし、本人のサインが書いてあったから気まずいけど。」
『ファンが知ったら卒倒するなぁ。』
「まぁでも、川久保さんへって書いてあったからさ、ファンでも欲しがらないんじゃない?」
『名入りならあかん…くはないか。
ゴミ箱から発掘されたならともかく、川からならまだ付けてくれたけど取れちゃった可能性あるもんな。
…っていうか、お前、橘花なのに川久保宛の物を付けるな。
盗品感凄いって。
もしくは学校に偽名で通う工作員かと思われるで。』
「学校を襲いに来たテロリストからみんなを守ったり。」
『出来るなら貫いていいけども。
あ、ガチャガチャもあるやん、見てく?
なんか好きなキャラの奴とかあるかもよ。』
「こないだの映画のやつとかあるかな。
このアーティスト好きなんだけど、キーホルダーじゃないなぁ。」
『ふーん、hideやっけ。』
「そう。」
『好きならちょっと改造してカバンにつけられるようにしたるからこれにしたら。
あ。』
「何?」
『麗子像のキーホルダーあるわ。
これにしたら?』
「怖いからヤダよ。」
『みのりも怖いんかい。
なら出すな、褒めの例えで。』




