9.弁当
山田春の務めている会社のオフィス、そのデスクでハルは、自分のビジネスバックを漁っていた。
「あー、弁当忘れた・・・」
何かを忘れていると思ってカバンを確認すると、弁当が入っていなかった。
レドが仕事の日にいつも作ってくれる弁当は、毎回とても美味しいので、今日は食えないかと思うと、正直かなり残念な気持ちになる。
レドが作ってくれる弁当は、毎回違うおかずが入っていて、しかも全て手作り。
冷凍のお惣菜等は一切入っておらず、滅茶苦茶美味い。
いや冷凍のお惣菜が不味い訳ではない。
レドの料理が美味すぎるのだ。
ハンバーグや唐揚げ、スパゲティや卵焼き、お弁当の王道のおかずが毎回手作りで凄い。
ソーセージが入っている事も勿論あり、流石にソーセージは市販なのかなと思って聞いたところ、ソーセージも自家製で作っていた。
恐るべし料理研究家のレドさんである。
「・・・」
つい天井を仰ぎ見る。
そんなお弁当が今日は食べられない。
非常に残念。
非常に悲しい現実である。
(そういえばこの会社って、食堂あるんだっけ・・・。まぁあんまり美味しくなかった気がするけど…)
正直コンビニで適当なおにぎりでも買った方がマシと思うくらい美味しくない。
いや、ある意味コンビニのおにぎりが美味いだけと言うのもある。
ただ食堂の味は食えない訳では無いし、かなり安い値段なので、物凄い良心的な存在ではある。
でも、こう美味いもので舌が肥えてしまった自分には、もう妥協する事はできない。
かと言ってわざわざ外へ食いに行くのもなんだか躊躇われる。
レドが来る前も毎回コンビニの弁当やらおにぎりだったのでなおさら。
「おはようございます、山田先輩」
「ん?おお、おはよう」
どうしようかと悩んでいるうちに、後輩の佐藤さんが出勤してきた。
「なにか忘れ物ですか?」
デスクの上にバックを開けた状態で置いたままだったので、佐藤さんはそれに気づいて質問した。
「ん?ああ、いやね、弁当忘れちゃって・・・」
「弁当・・・ですか・・・」
佐藤さんはハルのバックを凝視して、しばらく動きが止まる。
ハルがバックをデスクの下にしまい、パソコンを立ち上げだしても、佐藤さんはずっとハルの方を見ていた。
ーーーーー
(これは、山田先輩をご飯に誘うチャンス・・・)
山田先輩はいつも自分のデスクで弁当を食べているので、佐藤リネは毎回弁当を買っては山田先輩と一緒に食べていた。(横の席なので)
(一応既に弁当は用意していましたが、これは夕食にでもしましょう。きっと山田先輩は食堂か外へ食べに行くはず。ならばそれに私もついて行って・・・・・・・・・・・・ん?)
ここで佐藤リネに電流が走る。
(そういえば半年前位から弁当を持参するようになっていたが、それは一体誰が作ってるんだ・・・)
今まで全く気にしていなかったが、昨日見たテレビ番組で、お弁当の特集みたいな番組がやっており、妻の愛妻弁当というものを見たせいで、その弁当の出どころが非常に気になってしまう。
(いや、だがもうそれはいい。
今は一緒にご飯を食べに・・・。
いや良くない。
いややっぱり良くない。
誰が作ったんだあの弁当。
妻?妻がいるんですか先輩?
いや彼女!?既に彼女がいるんですか!?!?!?)
佐藤リネは気が気ではなくなりフリーズした。
「ん?ラウィン?」
スマホの連絡アプリの通称〔ラウィン〕に、山田ハルは連絡された通知音がスマホから鳴ってか反応した。
(彼女!?妻!?誰!?)
リネはじーっと真顔で山田を見つめる。
(え、なんだろう、なんかすごい見られてる・・・)
山田も気が気ではなかった。
「・・・あ、お弁当届けてくれるみたい」
「・・・ど、どちらが?」
「え?どちら・・・?あ、あー、えっと、家族がね・・・」
「・・・家族、ですか・・・」
明確な答えではなかった。
攻め込むか、静観するか、迷ってしまう。
(めっちゃ見られてる・・・。なにか気になることでもあるのかな・・・)
山田は佐藤さんにガン見されていた。
しかも瞬きしてない。
ちょっと怖い。
「あっ!そうだ!そういえば佐藤さん、この前の話なんだけど、もしかして佐藤さんって、異世界の人だったりするの?」
掌にぽんと手を当てて、思い出したかのように話だし、後半は小さい声でリネの耳元で囁くように話すハル。
耳元で囁かれたリネは若干頬が染まる。
「え、えっと、そう、ですね・・・、内緒にして欲しいんですが、その、はい・・・」
「もし良かったら、うちの家族に会う?」
「え?それはどういう・・・」
「実はうちの家に居る家族なんだけど・・・、その人達も異世界から来たらしくて、もしかしたら佐藤さんも知ってる可能性があるかもで・・・」
「異世界の・・・!?」
衝撃的の事実が発覚した。
「え?という事は山田先輩も・・・?」
「あ、いや、ごめん僕は普通に地球人です・・・」
「そ、そうですか・・・」
何故かちょっとだけガッカリしてしまったが、私が山田先輩を好きな事には変わりない。
そして、その好きな人の家族に異世界の人がいるなら、ぜひ会ってみたい。
というか山田先輩とお話するために、山田先輩の家に行きたい。
そして、なんやかんやで嵐が来て、お泊まりをする事になり、なんやかんやでそのまま居候し、そしてなんやかんやで家族となり、私と山田先輩は晴れて婚約、結婚、妊娠、ラブラブ、大家族・・・。
「・・・さーん?あれ?佐藤さーん?・・・うーん?」
気付くと山田先輩の顔が目の前のあった。
これは・・・、誓のキス・・・?
リネが目を閉じると、ハルはリネの額に手を置いた。
「結構熱いね・・・、風邪とか、熱とか大丈夫?念の為今日は帰るかい・・・?」
ハルは普通に、顔が火照っている佐藤さんを心配した。
「いえ、大丈夫です。あの、ぜひその、山田先輩の家族に会ってみたく・・・」
「そ、そうかい?体調が悪くなったらすぐに言っていいからね?」
「はい」
「それじゃあそうだな、今週の土曜とか空いているかい?」
「はい、空いています」
「じゃあ、土曜日に家くる?」
「是非!!!」
佐藤リネの、山田家訪問が決定した。
ーーーーー
とある公園の草木が生い茂る林の中、アジのような小さい魚に人間の手足のようなものが生えた化け物が一匹現れる。
「ふぅ〜、ようやく姫様から許可が降りたわ!!さて、私だってホマリアのエリート!ホマリアに危機が訪れているなら、私も頑張らないと!はーちゃん1人じゃ不安だしね!」
野太い声の小さい魚の化け物は、そう言って一匹歩き出した。