7.怪人
「オマエタチノヨウナニンゲンヲサガシテイタ」
目の前にいるのは、騎士のような兜の頭をし、上半身は裸、下半身は重騎士のような厚い鎧をしている怪人。
怪人は全身が灰色をしており、目だけが赤く光っているのが特徴である。
兜をしているように見えるが、実際には兜ではない。
パカッとキバだらけのように開く口部分が、それを証明している。
ただし目の部分は、横に長い隙間から赤い瞳のような輝きが見えるので、上部分だけは兜のようになっているのかもしれない。
空高くから落ちてきた事を考えれば、身体能力が異常なほど高い事が伺える為、下手なアクションが取れない。
スマホを操作して、レドやリィラに連絡を取ることもできないだろう。
いや、やってもいいかな?
そんなすぐに襲ってくる事あるかな・・・。
ほら、普通にこっちは何もできる事ないし、何も出来ない相手は襲わないというお約束が・・・。
そう考えてそ〜っとポケットのスマホを取り出そうとしたが。
視界が瞬きの一瞬で変わった。
いつの間にか目の前には、灰色の手が眼前まで突き出されていた。
明らかに殺す為の動作。
逃げる事も、反応する事すら出来なかったその攻撃を、細い腕が、灰色の腕を掴んで止めていた。
「先輩に手を出すな」
ミシミシという、およそ漫画でしか聞かない擬音が、灰色の腕から聞こえてくる。
怪人は腕を振り払い、ジャンプして後退する。
「・・・クウジュンバンハドチラデモイイ。オマエガサキニクワレルカ?」
佐藤さんは、ゆっくりと自分の前に立つ。
「山田先輩、これから見ることは、内緒でお願いしますね」
自分の方へ顔を傾け、微笑みながらそう言った佐藤さんは、前を向いて右手を空へかざす。
「来て『ライコウ』」
落ち着いた声でそう言った彼女の頭上、雲の中から一筋の雷が落ちる。
ドゴォンというけたたましい音が鳴り響き、一瞬の輝きの後、彼女の右手には一筋の黄金の剣が握られていた。
黄金の剣は、バチバチという黄色いスパークを発しながら、薄く輝いていた。
「スサマジイチカラダ、スバラシイ・・・・・・・・・。ヨコセ」
静かな声でそう呟いた怪人は、最後の言葉と同時に、目にも止まらぬ早さで彼女へと襲いかかる。
怪人の手による素早い突きを、凄まじい速度で受け流しながら、佐藤も反撃を行う。
両手で袈裟懸けに振った剣を、怪人は素早い速度で上半身を逸らして回避する。
縦横斜めと、縦横無尽に振るわれる剣を、難なく躱す怪人だが、怪人の素早い突きや蹴り攻撃も、佐藤はしっかりと動きを見て回避している。
「凄い・・・」
目の前で行われる激しい動きに、山田は少し感動した。
まぁほとんど目に見えている訳では無いのだが…。
この前レドに見せて貰った動画で、怪人というものを初めて見せてもらったが、あの時以上の凄さを感じる。
まぁ恐らくレドが強すぎるせいで、怪人の脅威度や怖さが、余り伝わらなかったせいかも知れないが、(これって普通にやばくない?)と山田は思った。
(これ、自衛隊でどうにかなるようなもんじゃないんじゃないのか・・・)
佐藤さんは、未だ目に見えない激しい動きで戦闘を行っている。
およそ普通の人間が対応出来るレベルを遥かに超えている。
(ていうか佐藤さん何者なんだ?凄い強い・・・。もしかして、レドやリィラと同じ世界から来た人なのかな・・・?)
そんなことを考えている間に、戦闘は一時的に止まる。
怪人が佐藤の剣を、真剣白刃取りの如く刃を掴んだのだ。
だが両手が塞がれた怪人もまた、攻撃できないはず・・・であったが、怪人はゆっくりと肩甲骨辺りから、新しい腕を2本生やした。
そしてその筋肉質な2本の腕で、佐藤の腹部を正拳突きする。
「うぐっ!?」
吹き飛ばされた佐藤さんは、小さいビルの壁に激突し、大きな穴を空けた。
「さ、佐藤さん!?大丈夫!?」
思わず駆け寄って、声をかける。
「大丈夫、です。ごほっ」
暗いビルの屋内から佐藤さんの声が聞こえる。
一応無事のようだ。
「む、無理しないで、いざとなったら・・・、あっ」
と、そこまで言いかけて、レド達の事を呼んでいないことに気付き、慌ててスマホをポケットから取り出す。
そして、スマホを操作してレドかリィラに助けを求めようとしたのだが・・・。
「うわっ!?」
バキンッ!と何かが飛来してきて、スマホを破壊されてしまった。
どうやら怪人が地面にあった石ころを手に持ち、親指で器用にこちらのスマホへ撃ち当てたようだった。
「山田先輩、安心してください。私はただ、吹き飛ばされただけですから・・・、怪我もありません」
そう言って煙の漂う壁穴からでてきた佐藤さんは、ホコリを払うようにパンパンと腰周りの砂を落とす。
「だ、大丈夫かい?いざとなったら君だけでも逃げて欲しい・・・。僕がいたんじゃ、きっと君の負担になって・・・」
「そんな事ありません!!」
「え?」
「ごほんっ。むしろ、山田先輩にいい所を見せられるチャンスですから・・・。ふぅ・・・、久しぶりだったので油断していました。…少し本気を出します」
そういうと、ブワッと佐藤さんから風が巻き起こり、足元から輝く魔法陣が現れる。
「チェンジ・アーマメント」
そう唱えた佐藤さんは、足元から少しずつ服装が変わっていった。
全身が切り替わると、そこに居たのは白銀の鎧を身につけ、金の豪華な装飾が着けられた赤いマントを羽織った、1人の騎士が立っていた。
「貴方とは、少し姿が被っているようだな」
「フン、ブキハコチラガモッテイルゾ」
そう言って黄金に輝く剣の切っ先を佐藤さんへ向ける怪人。
「安心しろ、もう一本ある」
そう言って今度は左腕を空へと掲げる佐藤。
「来い『ライメイ』」
ドガァン!と、今度は青い雷が佐藤さんへと降りかかる。
その後佐藤さんの左手に掴まれた剣は、青いスパークを放つ、先程と似た形状の白銀剣だった。
そうして静かに切っ先を怪人へと向ける。
しばしの硬直。
合図は無い。
静かに見つめ合う怪人と佐藤さん。
見つめている山田も、緊張感で思わずごくんと喉を鳴らす。
気付かぬ内に汗を滴らせていた山田の汗が、頬を伝い顎に流れる。
そして、一滴の汗が地面にポツンと落ちた瞬間──。
火蓋は切られた。
ガキィン!と金属がぶつかり合う音が鳴る。
数秒押しあった後、山田からは目に見えないスピードで、縦横無尽に剣をぶつけ合う両者。
所々でガキィンガキィンと、金属のうちつけ合う音が響く。
鎧を着込んで、明らかに重量が増しているだろうに、先程よりも明らかにスピードが跳ね上がっている。
攻防はしばらく続いたが、しばらくして連続の攻防が止まる。
怪人の腕は4本。
剣を扱っていない手だけでも3本腕が余っている。
彼はまた先程と同様に、彼女の剣を手で受け止めていた。
「モラッタ」
残りの剣を持った腕で、彼女へと斬り掛かる。
彼女は咄嗟に握っていた剣を離し、その攻撃を回避した。
だが、これで武器はまた取られてしまった。
「チェックメイトダナ・・・」
「・・・・・・・・・」
佐藤さんは何も答えなかった。
「シネ」
そう言って、二刀流となった怪人が襲いかかっていく。
だが────。
ドゴォンッ!と激しい雷が怪人の目の前に落ち、怪人は咄嗟に後ろへ飛び下がる。
「・・・この世界に、勇者は存在しない」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
しばしの沈黙。
だが山田は家にいるニートを思い出していた。
思い出の中の勇者は、リビングでポテチを食べながらTVアニメを見ていた。
(いやここは真面目な場面だし、ちゃんと見なきゃ・・・)
山田は頭を振って雑念を振り払う。
「だがこの国は今、勇者が必要なようだ」
「・・・オマエガユウシャダトデモイウノカ」
「私の名は、デイナ・リネ・ウェイン。・・・雷の加護を持つ、…『勇者』だ」
「フン、ブキヲウバハレルテイドノユウシャニ、ナニガデキル」
そう言った怪人は、二振りの剣を構える。
「言っただろう…。私はまだ、【少し】しか本気を出していない…」
そう言葉を区切り、右手を空へと掲げる。
怪人は兜の奥の目を細める。
「・・・・・・ソウカ」
その言葉を皮切りに、怪人はその場を離れようと足を動かした。
だがそれと同時にリネの右手が降ろされ、巨大な薄紫の雷が怪人に轟く。
「『ライゲン』」
バチバチバチッ!と地面に紫電が飛び散る。
怪人の全身は、灰色から完全な黒色へと姿を変えていた。
ゆっくりと右膝を折り、次第に身体が黒い灰へと姿を変え、空へと消えていく。
「ジユウハ・・・、マダ・・・、ハテカ・・・」
カランカランと二振りの剣が地面へと落ち、怪人の姿は跡形もなく消えていった。
「リリース・アーマメント」
リネがそう唱えるとまた足元に魔法陣が産まれ、同様の輝きがリネを元のOLの姿へと変える。
剣も同様の輝きで消失した。
「ふぅ・・・。だ、大丈夫でしたか山田先輩!」
リネは振り返って、山田の方へ小走りに近づく。
「う、うん。佐藤さん強いんだね・・・」
「・・・・・・・・・はい!私、先輩の近くにいられるように、強くなりました!褒めて下さい!」
佐藤さんはなにかを言おうとしてそれを飲み込み、とても可愛らしい笑顔でそう言い直した。
「ん・・・?あー、うん?ありがとう?」
よく分からないが、なんとなく頭を撫でてしまった。
別に頭が撫でやすい位置にある訳でもないし、撫でたかった訳でもない。
佐藤さんは身長も高く、山田とほぼ同じくらい背が高い。
自分が180丁度ぐらいで、佐藤さんの目の高さが少し低いぐらいだから、179くらいだろうか。
結構でかい。
だがなんとなく撫でてほしそうな気がしたので、つい撫でてしまった。
「・・・あっ、ごめん!セクハラか!」
セクハラという存在を思い出し、すぐに手を引っ込める山田。
「・・・大丈夫です、ありがとうございます。・・・あの、山田先輩!」
「は、はい」
「いつか、私の事を思い出したら、その・・・」
「うん・・・?」
「つ・・・・・・・・・」
「つ・・・・・・・・・?」
「・・・あ・・・・・・・・・」
「あ・・・・・・・・・?」
「やっぱ無理ぃ〜!!」
そう言って顔を真っ赤にした佐藤さんは、どこかへと走り去ってしまった。
(・・・・・・・・・付き合ってくださいとか、そういうのじゃないよね流石に・・・。でもそんな雰囲気だったよなぁ。いやでもまさかね。ていうか思い出したらって、僕と佐藤さんってどっかで会った事あったっけ?昔?佐藤さんが小さい頃?でもあんな美人・・・、って事は昔も相当可愛かった子・・・。そんな可愛い子と会話した記憶はないんだけど・・・・・・)
山田はとりあえず、帰りながら昔の記憶を探っていたが、何も思い出せなかった。
(・・・ていうか、レドとリィラがいるから価値観バグってる気がする。佐藤さんの存在って普通にもっと驚愕するべき事実だよね。実は割と身近に他にもいたりするのかな)
そう思ってスマホをポケットから取り出そうとして・・・。
「ああああああああぁぁぁ〜、スマホ壊されたんだった・・・」
ーーーーー
次の日、レドに相談したら最新のスマホを買ってくれた。
しかも念の為予備まで買ってくれた。
至れり尽くせりである。
たぶんレドは、悪魔の皮を被った神様なんだと思う。
ていうかこの前聞いたレドの話的に、普通に存在が神っぽい。
しかも相当強いよねあれ。なんかアニメとか漫画の上位存在みたいな立場の人だよあれ。
なんでうちでのんびり暮らしてるのか・・・。
いや神様だからこそだろうか。
かなり上の存在だったからこそ、別の世界でのんびり自由にすごすかみたいな。
リィラも昔は頑張ってたらしいし。
・・・自由か。
自由ねぇ・・・。
自分は持て余しそうだなぁ。
やりたい事ないし、今は会社で働いて、社会の歯車に徹してる方が自分に合ってるのかもしれないなぁ。
そうして山田は、今日も会社に向かうのであった。