2.山田春
悪魔のレドと魔法使いのリィラ達の目の前には、成人男性の死体がぶら下がっていた。
首には縄がかけてあり、どうやら自殺をした様子。
まだ少し死体が揺れている所からして、自殺したのはつい先程のことであるという事が推測できる。
「どうすんだこれ」
レドがリィラに話しかけると、ハッとしたようにリィラは動き出し、まずは魔法で空中に生み出した剣を飛ばして縄を切り、落ちたところを抱きとめてゆっくりと床へと降ろす。
そして男の手首の脈を指で確認したり、心臓に耳を当てたりして、生きているかどうかの確認をするが、リィラの顔は優れなかった。
「ダメだ…心臓が止まってる…」
「ちょっとどけ」
呆然とそう呟くリィラを見かねてか、レドがそう言って、リィラと場所を交代する。
「死んで間も無いならたぶん大丈夫だ」
レドは倒れてる男の胸に右手を当て、灰色の仮面のような目元の内側で灯る目のような光をゆっくり閉じて、目を瞑る様にすると、何かを見つけたように呟いて魔法を唱える。
「…こいつだな、ほら、戻ってこい【蘇生】」
するとレドが手を当てた男の心臓の真上に、小さくだが七重の光り輝く魔法陣が浮かび上がり、男の身体も輝いていく。
「んな!?何だこの魔法陣!?こんなちっちゃく出来んのか!?滅茶苦茶文字が詰まってる!すげっ!細けっ!てか魔力の波動も神聖過ぎる…、お前本当に悪魔なのか!?」
リィラは興奮しながら、魔法陣とレドを交互に見やる。
「しー、もうすぐ起きるぞ」
「うっ…、あ、後で詳しく教えてもらうぞ!」
リィラは少し納得が行かない様子でレドへと文句を言って、男の様子に注視した。
身体の輝きが収まると、男はゆっくりと目を開けて意識を取り戻す。
「あれ…、ここは…、天…、あ、地獄だったかな…」
「人の顔見て地獄とは失礼なやつだな」
「お前の顔は地獄でも通用するだろ」
「………」
倒れていた男は天使のような可愛さのリィラを見て天国と言いかけたが、横にいる羽の生えた牙が剥き出しの悪魔っぽい存在を見て、どちらかと言えば地獄かなと思った。
レドはそれにすかさず抗議するが、リィラにも言われて口をへの字に歪めた。
「ん゛ッン゛ん。まぁその話は置いといてだ。俺様に良い提案がある」
「提案…?」
「……」
そんなレドの言葉に、リィラは首を傾げ、男も戸惑った様子で2人を眺める。
「お前、俺様達を養え」
「………え?」
レドは牙の見える口をにこりと見せ、男は戸惑う。
リィラは、養って貰えればこの世界についてもゆっくり調べられるし、命を救った代価と考えれば安いだろうと思い、「なるほど」と呟いた。
「えっと、…僕って死んで………ないみたいだね」
男は周りをキョロキョロしながら呟いて、まだ生きている事を今認識した。
「俺様がお前さんを蘇生したんだよ。まぁ感謝しなくてもいい。お前さんにも事情はあったんだろう。だが運が良かったな、俺様に会ったからにはお前の人生は豊かになったも同然、どんな願いも1つだけ叶えたり叶えなかったりしてやろう」
レドは自信満々に男へ語りかける。
「確定じゃないのかよ…」
リィラは呆れながらそう言う。
「なんでもひとつ……、それなら…、あ、でも死ぬのは良くないか…、養って欲しいんだもんね…」
「もしかして安楽死願おうとしたか…?」
「めっちゃ死にたがるじゃん、何があったんだ…。お姉さんが人生相談してやろうか…?」
リィラは自分の姿がお姉さんではなくなっているものの、つい癖でお姉さんぶった。
異世界では、小さくなってからも度々癖でお姉さんぶりよく笑われたものだが、リィラは気にせず嫌がらせ魔法でよく仕返しをしていた。
「あはは…、何かあったというか何もなかったというか…」
「まぁ気にするな、俺様と一緒なら何かと面白い事も起きるだろうさ!期待しておいて良いぜ!お前さんはいつか主人公にだってなれる!俺様が保証してやるよ!」
レドは男の肩を叩いて励ます。
「主人公……」
男は目を開くと、少しだけ元気を取り戻した様子だった。
「あ、一応先に自己紹介しておくか。俺様の名はレド。んでこっちのちんちくりんがリィラっつう魔法使いだ」
「んなっ!ちんちくりんとはなんだちんちくりんとは!お前が勝手にちんちくりんにしたんだろうが!!私は元々グラマラスな美人のお姉さんだったのに!」
「見栄を張るな見栄を、お前貧乳だっただろうが」
「貧乳の何が悪いんじゃゴルァ!!!!」
リィラはレドの頭を遠慮なくボコスカ殴り始めたが、レドは一切効いた様子はなかった。
そして無駄に硬いのでリィラは拳いたいいたいであった。
「あ、えっと、俺は山田春です。よ、よろしくお願いします」
「ヤマダか」
「ヤマダね」
「「よろしく!」」
レドとリィラは2人とも手を差し出してきたので、山田も大人しく、両手を差し出して握手をした。
山田春の新しい人生が幕を開けた。
ーーーーー
あれから数日経ち…、山田は普通に会社に通っていた。
とある会社のオフィス、パソコンの前でカタカタとキーボードを打っている山田にむかって、隣で仕事をしていた女性が話しかけた。
「あ、あの、山田先輩」
「ん?どうしたの佐藤さん?なんか仕事で分からないことあった?」
佐藤さんは去年入ってきた新人で、かなり美人で胸もでかい。
黒く長い長髪を後ろで束ね、いつもゆらゆらとたなびかせては、仕事中の周りの男を釘付けにしている。
目つきは鋭く、中々気が強そうなイメージを受けるが、物腰は柔らかく、誰にでも丁寧に優しく接している。
自分には縁遠いようなべっぴんさんだが、何故かこんな男ばかりの中小企業のシステム屋に入ってきた謎の新人。
一応自分が教育係に選ばれ育ててはいるが、それだけにしては妙に懐かれていて、自分によく話しかけてくれる。
「えっと、その…、人事の同期に、山田先輩が辞めるかもって聞いて…」
「え?…ああ〜、安心していいよ。まだしばらくは続けるつもりだから…」
「そ、それっていつかは、辞めちゃうって事ですか?」
「ん〜、まぁ、しばらくは、う〜ん?まぁ大丈夫だと思うよ」
「…曖昧な感じですね。…なにか仕事で嫌な事でもあったんですか…?」
「嫌な事…、いや、うーん、何も無かったんだけどね…なにも…、あはは…」
ある意味何も無かった事が辛かったのかもしれない。
かと言って嫌なことがあっても自殺に拍車がかかってしまうだけだった気がして、とりあえず愛想笑いで誤魔化す。
「あ、あの、私、山田先輩の為だったらなんでもします!なんでも言ってください!」
「あはは、ありがとう佐藤さん。その気持ちだけでも嬉しいよ…」
山田は本心でそう言った。
「な、なんでも大丈夫ですから!なんでも言ってください!本当になんでも大丈夫ですから!」
「佐藤さんみたいな美人に言って貰えるとすごい嬉しいよ、本当にありがとう、佐藤さん」
「ッ〜〜〜!!!」
佐藤は顔を真っ赤にしながら山田から離れた。
「ちょ、ちょっとトイレ行ってきます!」
「ん?ああ、行ってらっしゃい…?」
山田はよく分からないが、とりあえず仕事を再開し始めた。
ーーーーーー
(わ、私の事美人って…!!それってもう告白ですよね!?好きじゃないとそんな事言わないですよね!!?これって脈アリってやつですよね!!?)
佐藤さんのテンションは爆上がりしていた。
そう、佐藤さんは山田先輩の事が好きであった。