1.終わりと始まり
死のうと思う。
最近思い悩んでいる。
俺の生きる意味とはなにか。
兄弟姉妹はおらず、両親も既に他界。
仲がいい同僚はおらず、友人とも疎遠になっている昨今。
俺には生きる意味が分からなくなっていた。
趣味は当然なく、果てしない虚無感が毎日を蝕む。
ネットやニュースを見ても何も感じず、バラエティ番組やドラマなんかも、子供の頃に見た時と違い、30になって感性が死んだのか、ぼーっと眺めていたらいつの間にか終わっているという感じ。
漫画もアニメも見たりするが、そこまで好きという訳でもない。
そもそも俺には、主人公のような高潔な意思も目標もなく、守るべき人もいない。
そんな俺に、主人公らの言葉は響くことも無く、俺は呆然と彼らの活躍を眺めるばかり。
きっと俺が漫画の世界にいたとして、恐らく立場は村人Aとか、漫画の脇に出てくるようなモブの1人だろう。
生きてる意味もないようなモブだ。
別に死にたい訳では無いが、生きてる意味も感じなければ、もしかしたら死んで生まれ変われば、何かが変わるんじゃないかと、そんな淡い期待を抱いてしまった。
だから、もし今度生まれ変われる事があればその時は…。
きっと意味のある人生でありますように。
そう願って俺はリビングの中央、天井にロープを取り付けて、首を吊って自殺を計った。
高い位置で輪っかにしたロープへと、首を通すために使った椅子を足で蹴りつけ、足場を無くして完全に首を吊らせる。
「うぐっ…」
すぐさま呼吸が出来なくなり、目の前が一瞬で暗くなっていく。
これが死んでいく感覚か…。
子供の頃1度だけ、熱中症で倒れた時のことを思い出す。
気絶するのに近いのかな。
さて、俺は天国と地獄、どちらへ行くのか…、はたまた最近のアニメよろしく、どこかの世界へ転生するのか、ちょっとだけワクワクする自分を感じて、少し驚く。
自分にもまだ、こんな感情があったんだなと。
そんな暗く暗転していく視界のなか、目の前の何も無い空間が眩しく光っていく感じがする。
なんだこれ。
………?
え、なにこれめっちゃ気になる。
めっちゃ光ってるんですけど。
ああ、でももう意識が持たない…。
え、なんで何も無い空間が光って…、あ、転生する前触れ的ななにかかなぁ…、なんて…。
もしくは天使がお迎えしに来たとか…。
そんな事を考えている間に、俺の意識は途絶えた。
ーーーーー
「お〜い、ただいま〜。悪魔〜、まだいるかぁ〜」
鬱蒼と生い茂る森の中、コケだらけの家に久しぶりに帰宅した少女。
銀髪の長い髪を靡かせ、魔女らしい帽子を付けた彼女の名は、リィラ・ヴィクトリー。
かつて世界を救った勇者であり、今はただの魔法使いとして世界を旅行をしていた暇人でもある。
なぜ旅行をしていたのかというと、とある依頼を悪魔にしていたからである。
その依頼とは、私が偶然生み出した失敗作魔法『遺物召喚』、その遺物を生み出した世界への移動を可能とした魔法の作成依頼である。
召喚魔法で楽に稼ごうとした結果の失敗作であったが、思ったより面白いものを召喚できるので、結構愛用していたのだ。
本来は黄金を手軽に生み出す予定の魔法であったが、召喚できたのは謎の造形をした作り物ばかり。
だがその作り物は、かなり精緻な作りで、私が知っている職人でも、なかなか作り出せるものでは無いものであった。
後で知る事になるが、それらはフィギュアや、子供向けのおもちゃである。
そんなものを初めて見たリィラは、もちろん興奮して沢山出そうと考えたが、思ったよりも魔力の消費が激しく、何より不発であったりすることも多かったため、悪魔の力を借りる事にした。
リィラは既に世界を救っており、魔王すらも打倒した勇者であるからして、悪魔を召喚したところで簡単に圧倒できる。
何度か倒した経験もあるし。
魔力の多い悪魔を使い魔として、魔力の供給係を作ろうと考えたのだ。
そうして召喚魔法を行使したリィラだが、なんとその魔法も失敗した。
と、知っているのは当の本人の悪魔だけであり、リィラは成功したと思っている。
実際に召喚された悪魔は、本来は悪魔ではなく、悪魔の見た目をしただけの別次元の存在であることに、本人以外は知る由もなかった。
だがとりあえずややこしくなるので、一応ここでは悪魔と呼称しておく。
リィラはそんな悪魔にその失敗作魔法を見せると、その悪魔は心底驚き、その遺物へと魅入っていた。
そしてある提案をしてきた。
その遺物が作られた世界に行ってみたくはないかと。
リィラは非常に興味をそそられ頷いたが、もしかしたら世界を渡った際に、元の世界に帰れない可能性を悪魔が示唆してきたため、思い悩んだ。
それでも向こうの世界も気になってしょうがないリィラに、悪魔はさらに提案を重ねる。
「この世界を十分見て回った後に行けばいいんじゃねぇか」と。
だが寿命が…、と渋るリィラに、悪魔はいきなり魔法をかけた。
リィラは気がつくと身長が縮んでおり、年齢も大分若くなっていた。
だが驚くのはそれだけではなかった、悪魔が言うには、どうやら不老になっているとの事。
おお!と喜んだが、おとぎ話でよく聞く不老不死という連なりを思い出し、不死の部分は無いのかと抗議したが、「死ってのは救済だ。残して置いた方がいいと思うぜ?なぁに不死じゃなくったって、死なねぇように頑張っときゃあ死なねぇよ、死にてぇ時に死んどきな」と、そんな事を言われた。
達観した物言いに、随分と長生きな貫禄を感じたが、すぐに別の問題を思い出し、抗議した。
なぜ小さくなっているのかという点である。
リィラは元々、背も高くスラっとした高身長美女で通っており、自分の見た目にも自信を持っていたが、何故かかなり若返らせられたようで、身長は10歳の平均にも満たないレベルの若さへと姿を変えさせられていたのである。
それについて指摘すると、「え…?なんとなく…」と意味もなく小さくされたらしい。
もちろん怒った私は、悪魔に大抗議した。
だが「お前はちっこい方が似合ってるぜ」と戻す気のない悪魔に、どちらが上かはっきりさせる為に、実力行使に出た。
決闘である。
それはもう普通の悪魔なら消滅するレベルで色んな魔法を連発し、魔王をも打倒した得意の創剣技魔法も使って戦ったが、なんとその悪魔は平然と私の猛攻を耐え抜き、余裕をかましていた。
背丈が変わっても、実力にほぼ相違は無かったはずだが、想像以上に悪魔は強かった。
割とかなり本気で戦っていたが、別に人類に敵対している訳でもなかったので、魔力が無くなるまで戦ったリィラは、それ以降身長については諦めた。
ただ小さくなった代わりに不老を得た事で、悪魔からは、「悔いのないようにこの世界を旅しておけ」と言われた。
そう言われて、リィラは思い残すことがないように、ゆっくりと旅をしてまわり、つい先程帰ったのが、ことのあらましである。
随分と放置してしまい、見た目はまるで廃墟だが、位置的にも面影的にもここは絶対に私の家だ。
あいつずっと家の中にいたのか…?
てか魔法作り終わったら私の様子でも見に来りゃいいのに、結局合わずじまいで100年も経っちゃったな…。
旅の途中、同様の召喚魔法を駆使して、魔法の完成具合を聞いたりこき使ったりしようかと思ったが、召喚魔法であの悪魔が出ることは無かった。
むしろ「スカ」と書かれた紙が召喚されるばかりで、それを数十回も見てムカついたリィラは、むしろ旅を長引かせて待たせまくってやると息を巻いて、長い旅になった。
いや待てよ?玄関の前ですら草がボーボーで、出入りが1度もされてないような見た目で、あいつがまだこの家にいるのか…?
…あいつもしかして、逃げたんじゃないだろうな?
そう怪しんだリィラは、早速中へ入って家の中を探索し出す。
私が出た直後と変わらない…。
だが、ホコリは大分溜まっているようで、私が少し歩くだけで、それはもう盛大にホコリが舞う。
咄嗟に口元を塞ぎながら、リビングをぬけ、最後に悪魔と別れた地下の部屋へと足を進める。
「そういやあいつの名前、聞いてなかったんだよな…」
旅の途中定期的に思い出しては、同じセリフを何度繰り返したか分からない。
だがつい言葉にしてしまうのは、やはり気になっているからだろうか。
でももう既に逃げられてたらどうしよう…。
特に何もしてやってないのに、不老だけ貰って、もう会えないとかになってたら…。
いやもしかして、もうあいつだけ異世界に旅立ってる可能性もあるか?
こっちの世界に戻れない可能性もあるとか言ってたしな…。
そういや元々それが理由で旅してたんだっけ…、途中から楽しくなって、理由も半分忘れてたな…。
もし異世界に先に行ってて、戻れなくなったとかなら、放置された廃墟みたいな家になったのも納得出来る。
この扉の先か…。
地下室の扉の前、意を決して扉のドアノブを回し、中へとはいる。
すると地下の部屋の中央に、ダンジョンの宝箱のようなものが置いてあった。
「…なんだこれ?」
宝箱…?
周りは特に変わった様子は無い。
最後にあの悪魔と別れた時と、ほとんど変わっていないただの物置部屋だ。
…もしかしてこの宝箱の中に、異世界へ行く魔法の情報が?
と、とりあえず開けてみるか。
リィラは恐る恐る、その宝箱に手をかけ、ゆっくりと蓋をあけ…。
「バアアアアアアアアアアアアアアアアアアン!!!!!」
「どわああああああああっっっ!!!??」
途中まで開けた蓋が突然勢いよく開き、あの悪魔が大声で飛び出してきた。
それに驚きすぎて、リィラは後ろに転がりコケた。
「ダッハッハッハッハ!!!めっちゃ驚いてんな!!!ドッキリ大成功!!!」
「お、お、お、お前なぁっ!!!心臓止まるかと思ったぞ!!!!!」
「いやぁ、どうせお前さん、帰ってくるのは随分とかかると踏んでな、例の魔法はすぐできたもんだから、宝箱の中の空間の時を止めて、中でずぅっと待ってたんだよ。流石の俺様も異世界が気になって、すぐにでも見たかったからな」
「なっ…、時空間魔法だと!?お前そんな高度な魔法が使えるのか!?」
「おお、気になるか?まぁそっちはムズいから教えねぇぞ」
「そ、そんなに難しいのか?でも異世界に渡る魔法は教えてくれるんだろう?そっちの方が難しいんじゃ…」
「そっちはまぁ、お前さんの失敗作のアレンジだから割と簡単めに出来たんだよ。まぁ俺様が扱う時空間魔法はどうせ魔力足んねぇから、お前さんは諦めな」
「そ、そんな…」
「まぁ新しく作ったゲートの魔法は、空間魔法の瞬間移動みたいに扱えるから、そっちで我慢しな」
「え!?瞬間移動できるようになるのか!?やったー!」
「おう、消費もまぁ少なめにできたから、多少はお前でも連発できる筈だぜ。まぁ瞬間移動っつうより、別地点への空間を繋げる魔法って感じだが」
それを聞き、「へぇ〜」と相槌をうったリィラは、思い出したように悪魔へと質問する。
「あ、そういえば…、ずっと前から聞こうと思ってたんだけど、お前の名前ってなんなんだ?」
「あ?…あぁ!そういや教えてなかったか。俺様の名前はレドだぜ」
「レドだな。改めて、私はリィラ・ヴィクトリーだ。よろしくな」
リィラは握手を求めるように手を差し出し、レドは少しだけその手を凝視した後、笑顔で握手を返した。
かなりフレンドリーな悪魔である。
まぁずっと牙がむき出しで、だいたい笑顔のようにしか見えないのだが。
「ああ。んじゃまぁ早速だが、ゲートの魔法を教えてやるよ。ほれ、ここに座れ。せっかくだからちゃんと使いこなせるように細かく説明してやる」
レドはパチンッと指を鳴らし、木製の椅子と長机を召喚した。
机の上には大量の紙とペンがある。
そこへリィラを手招きする。
「結構ちゃんとした感じで教えるんだな…」
ーーーーーー
一週間後、リィラは無事にゲートの魔法を覚える事ができた。
数日は練習として、遠くの街や村などにゲートを出したりして練習していたが、ついに本番がやってきた。
「よし、いくぞ!『ゲート』!!!」
リィラが両手を前にかざしそう唱えると、目の前が光り輝き、何も無い草原から白い扉が現れた。
「この先に異世界がある…、って認識でいいんだよな?」
「俺様が言った通りの術式であれば、まぁ間違いなく異世界だな」
リィラとレドはそんな会話をしながら、目の前の扉を凝視している。
「じゃあ、開けるぞ…」
「…おう」
リィラはドキドキしながらも、まだ見ぬ異世界にワクワクとした表情で、扉のドアノブに触れる。
レドも無言でそれを眺め、開けるのを今か今かと待ちわびている。
リィラは1度目を瞑り、カッと目を開くと同時に思い切り扉を開いた。
その先に待っていた光景は…。
首を吊った成人男性の姿だった。