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微温湯

「お帰りなさい、カレヴィ。今日は、どこまで行ってきたの?」


 戸外での鍛錬(たんれん)から戻ったカレヴィに、リーゼルが声をかけた。


「今日は、岬まで行って帰ってきた。かなり調子が戻ってきた気がする」

「ええっ、こんな短時間で走って往復したの? すごいね」


 半ば呆れたように言うリーゼルを見て、カレヴィは、くすりと笑った。


「カレヴィさんが戻ってきたし、丁度いいから、お茶にしましょう」


 二人が話しているのが聞こえたのか、家の奥からエリナが出てきた。


「私は、お茶菓子を用意するから、リーゼルはお湯を沸かして頂戴(ちょうだい)

「分かったわ」


 てきぱきと動き回るエリナとリーゼルに、カレヴィは声をかけた。


「私も、何かしたほうがいいでしょうか?」


「大丈夫よ。あなたは、テーブルで待っていてくれればいいわ」


 エリナに促され、カレヴィはテーブルに着いた。


――実際、私ができることなど無いか……


 リーゼルたち一家に助けられ、共に過ごすうちに、いつしか、カレヴィは、それが当たり前のような感覚になっているのに気付き、自身でも驚いていた。

 

「あら、魔導焜炉(まどうコンロ)が作動しないわ」


 厨房で湯を沸かそうとしていたリーゼルが、声を上げた。


「どれどれ、ちょっと見せて」


 近付いてきたエリナが、焜炉(コンロ)の天板を外して中を点検している。


「部品の接触が悪かったのね……これで動く筈よ」

「うん、火が点いたわ。さすが、お母様は魔導具の専門家だけあるわね」


「……エリナ殿は、魔導具を整備できるのですか」


 カレヴィが尋ねると、エリナは頷いた。


「ええ。若い頃は魔術師を志して、魔法都市ルミナスまで留学していたこともあるわ。『魔素(まそ)(うつわ)』は魔術師の中では平均程度だけど、その分、魔導具に関することを専門的に勉強したの」

「お母様は、私の魔法の先生でもあるのよ」


 リーゼルが、口を挟んだ。


「リーゼルは、私なんかより『魔素の器』が大きいから、修練次第では凄い魔術師になれるわよ」


「『魔素の器』とは、魔法の効果に関係するもの……でしたね?」


 エリナの言葉に、カレヴィは幼い頃の出来事を思い出した。


「私の国では、子供の頃に『魔素の器』の大きさを測る儀式があって……私は、魔法の才能が全く無いと言われました」

「ああ、『魔素計(まそけい)』による測定ね。全人口のうちで、『魔素計』に反応があるのは半分以下、呪文を発動できる大きさの『魔素の器』を持つ人は更に少なくなるから、別に恥ずかしいことではないわ」


 この世界における「魔法」とは、どこにでも無尽蔵に存在すると言われる「魔素(まそ)」と呼ばれる物質を、呪文の詠唱といった儀式で取り出し、様々な形状に変化させるというものである。

 「魔素(まそ)(うつわ)」とは、個々人における「一度に動かせる魔素の量」を指す言葉であり、その多寡(たか)が魔法の効果と密接な関係を持つ。

 同じ呪文を詠唱しても、より大きな「魔素の器」を持つ者のほうが高い効果を現わせるのだ。


「お茶の準備ができたわ。いただきましょう」


 テーブルに並べられた人数分の茶碗と茶菓子を見て、カレヴィはオットーの姿が見えないのに気付いた。


「オットー殿は?」

「お父様は、商人組合の集まりに出かけているわ。現役は引退したけど、みんなは、何かあると、お父様に相談したいって言ってくるの。今日は飲み会もあるから、帰りは遅くなりそうね」


 リーゼルは、少し誇らしげに言いながら、カレヴィに茶の入った茶碗を差し出した。


「それにしても、カレヴィさんが来てから、私たちも娘が増えたみたいで楽しいわ」


 上品な手つきで茶椀を手にしたエリナが、そう言ってカレヴィを見た。


「私は『普通の家庭』を知らずに育ったが、ここに置いてもらって、家庭の温かさというものを知ることができた……皆さんには、感謝しています」


 カレヴィが言うと、リーゼルも彼を見つめた。


「私も、お姉さんができたみたいで、毎日楽しいよ」


 彼女の笑顔が眩しく感じられて、カレヴィは、思わず目を伏せた。


「ああ、私には兄弟もいないが、もしも妹がいたなら、こういう感じなのかもしれないと思っている」


 そう言いながら、カレヴィは、もし自分が男のままだったなら、はたして、リーゼルたちの反応は同じだったのだろうかと考えた。


――私を女だと思っているから、リーゼルは気を遣わずに接してくれているのだろう。本当は男であることが分かってしまったら、これまでのようにはいかないかもしれない……


――肉体の性別が女に変えられてしまった以外は、身体に不調がある訳でもなし、ただ「生きていく」だけであれば支障はないとも言える……だが。

 

 考えを巡らせながら、カレヴィは、無邪気に菓子を味わっているリーゼルを見た。

 カレヴィの目に映るのは、何をしていても可憐な彼女の姿だった。

 リーゼルに微笑みかけられる度に、彼は胸の奥が締め付けられる感覚を覚えるようになっていた。


――やはり、力を取り戻し、そして本来の姿でリーゼルに向き合いたいという気持ちは捨てられない。その為には、呪いを解かなければ……


 この身にかけられた呪いを解く為には、キュステの街から離れなければ……今の甘く快適な暮らしから抜け出さなければならない――訪れた決断の時に、カレヴィは内心で煩悶(はんもん)していた。

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