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元を絶つ

 王城と「月の塔」を繋ぐ地下通路の壁には、一定の間隔で魔導灯が設置されている。

 その光は時折ゆらめいて、動力の供給が不安定であることを示していた。

 城内の魔力供給を司る魔導炉の保守を行っている者たちにも、「裁きの光」による混乱状態が影響を及ぼしている可能性は、当然あった。

 どこか不安を呼び起こす光を頼りに、一行の先頭を歩いていたカレヴィは、前方から何者かの足音が近づいてくるのに気付いた。


――足音と歩幅からすると小柄な人間……体重も成人男性に比べると軽い感じだ。歩き方が女らしくない気もするが。


 カレヴィは、後ろを歩いている者たちに止まるよう指示した。

 通路の向こうから、ゆらめく光に照らされながら現れたのは少年――カレヴィも見覚えのある小姓だった。


「どうする、やり過ごすか?」


 傍らにいたアーロに問われ、カレヴィは一瞬考えた。


「いや、塔の内部の情報を得られるかもしれない。一応、私とは顔見知りの小姓だ」


 そう言って、カレヴィは認識阻害魔導具の効果を解除した。

 小姓の目には、目の前に突然カレヴィの姿が現れたように見えたのだろう。彼は驚きのあまりか、腰を抜かして石造りの床に座り込んだ。


「あ、あわわ……」


 何か言おうとしても言葉にならないらしく、小姓は足腰が立たないまま、床の上でもがいている。


「落ち着け、危害を加えるつもりはない」


 カレヴィは、小姓の傍に屈み込んだ。


「私はカレヴィだ。以前、会ったことがあるだろう」

「カレヴィ……様? いえ、あなたは女の方じゃないですか。剣士カレヴィ様は男性ですよ」


 少し落ち着きを取り戻したものの、小姓は怪訝そうな顔をしている。


「モルティスに呪いをかけられて、このような姿になっているのだ。ところで、お前は『月の塔』から出てきたのだな。塔の中の状況を知りたい。知っていることを教えろ」


 カレヴィの言葉を聞いた小姓は少し逡巡(しゅんじゅん)した後、ぽつぽつと話し出した。


「モ、モルティス様が御機嫌を損ねられていて、使用人たちは震えあがっています……モルティス様のお世話が滞ればお叱りを受けてしまうので逃げることもできず……でも、大人たちが『お前だけでも逃げろ』と言って、私を塔から出してくれました……」

「そうか、大変だったな。ここを出たら、状況が落ち着くまで城内の丈夫そうな部屋に隠れていろ」

「あなたたちは、何を……?」


 小姓に問われ、カレヴィは数秒の沈黙の後に答えた。


「皆の不安の元を絶つ為に、我々は来た」


 彼は、小姓に微笑みかけると、再度、認識阻害魔導具を発動させ、姿を消した。

 小姓は驚いた様子を見せたが、意を決したように、王城へ向かって歩き出した。


「急がなければ、モルティスが何をするか分からんな」


 小姓の後姿を見送りながら、アーロが言った。


 カレヴィたちは移動を再開し、やがて地下通路から「月の塔」へ繋がる入り口に辿り着いた。

 「月の塔」内部へ続く扉は施錠もされておらず、周囲に見張りらしき者の姿もない。


「随分と不用心じゃないか? 罠か?」


 薄暗い塔の内部に足を踏み入れ、イリヤが呟いた。


「もしかしたら、ここから誰かが攻め込んでくるなんて考えていないだけかもしれないね」


 言って、ティボーは肩を竦めた。


「モルティスは優れた魔術師ではあるが戦術家ではないから、存外ティボーの言う通りかもしれんな」


 カレヴィが頷いた時、リーゼルが声を上げた。


「……大量の『魔素』が動く気配があるわ。こっちの方向よ」


 彼女が指差す方向にあった扉を開いてみると、そこには更に下の階へ降りる階段があった。


「この下に『魔導炉』があると思う」


 階段から下を見下ろして、リーゼルが言った。

 アーロたち「カピナ」の戦闘員に見張りを任せ、カレヴィとティボー、リーゼルそしてイリヤの四人は、「魔導炉」があると思しき下の階へ降りた。

 無人の広い室内には、魔導具特有の奇妙な駆動音が響いている。そこにあるのは、大きな半球状の物体だった。

 黒く艶のある半球状の物体からは、床や壁を這うように幾つもの管が伸びていて、それらは塔の内部の、あらゆる場所に繋がっているらしかった。


「これが『魔導炉』だな。では、破壊するか」


 カレヴィは腰に下げていた「呪剣」を抜き放ち、柄に付いた突起を操作して「振動剣」を起動させた。


「待って、カレヴィ。『魔導炉』が作動した状態で破壊したら、集められている『魔素』が暴走して、私たちも危ないわ」


 リーゼルが、そう言って、剣を振るおうとするカレヴィを制止した。


「そこの大きな箱みたいなものが、『魔導具』を制御する部分よ。まず、『魔導炉』を停止させましょう」


 彼女が指し示した、腰の高さほどの黒い「大きな箱」の天板では、様々な色の光が明滅しており、ところどころに光で書かれた文字が浮かんでいる。

 それを見たカレヴィは、「魔素の器」の大きさを測定する「魔素計」を思い出した。

 箱の天板を見つめていたリーゼルが、明滅する光を追うように指先で触れていく。

 すると、「魔導炉」の駆動音は徐々に静まり、やがて完全に停止した。

 途端に、ふわりと照明も消え、室内が闇に覆われる。

 すかさず、リーゼルが何か呪文を唱えると、彼女の(てのひら)の上に人の頭ほどの光球が出現した。


「『魔導炉』は停止させたわ。もう、壊して大丈夫よ」

「君は凄いな。よく、そんなものの扱いが分かるものだ」


 難なく「魔導炉」を停止させたリーゼルに、カレヴィは感嘆した。


「魔法大学で色々なものを見てきたのが、役に立ったというところね」


 カレヴィに褒められ、リーゼルが頬を染めた。


「それじゃあ、二度と使えないくらいに壊しておこうか」


 ティボーも剣を抜き、「振動剣」を起動させた。


 カレヴィとティボーは、「魔導炉」に向けて「振動剣」を振るった。

 石とも金属ともつかない材質の「魔導炉」の外殻は、「振動剣」によって肉や果物の如く切り刻まれていく。

 「魔導炉」は、二人によって見る影もなく破壊された。


「話に聞いてはいたが、凄い切れ味だな。これだけバラバラにされたら、復元もできないだろうな」

 

 切り刻まれた部品を前に、イリヤが恐ろしいものを見たような表情で言った。


「これで『裁きの光』が発射されることはなくなったってことか。とりあえず、魔導通信機でトゥ―レさんにも連絡しておくぜ」


「ああ、頼む。しかし、これで魔女も我々の存在に気付いただろう。ここからが本番だ」


 イリヤに答えながら、カレヴィは自分の身体が微かに震えているのを感じた。

 それが武者震いなのか、あるいは魔女モルティスに対する恐怖によるものなのか、彼自身も判然とはしなかった。

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