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退路なき前進

 「カピナ」の拠点に戻ったカレヴィたちが見たのは、意気消沈しているか、あるいは浮足立った様子の構成員たちだった。

 城門前広場での出来事は既に共有されているらしい。

 一人の構成員がカレヴィたちの姿を認め、近付いてきた。


「緊急の幹部会議が開かれるので、カレヴィさんたちも参加して欲しいと、頭領からの伝言です」


「了解した。会議室は、こっちだ。案内する」


 アーロの案内で、カレヴィたちは会議室と呼ばれている部屋へと向かった。

 扉を開けると、幹部と思しき男たちがテーブルを囲み、既に侃々諤々(かんかんがくがく)の様相を呈している。


「これまでの計画は白紙に戻さざるを得ない」

「やっと、ここまで準備してきたのだぞ。白紙に戻すなど……!」

「しかし、判明している情報からすれば、帝都にいる全ての者が人質になっているようなものではないか」

「我々が下手に動けば、見せしめとして無辜(むこ)の市民たちを虐殺するくらいのことはするだろう」

「今回の『裁きの光』が最大出力とは言い切れない。あくまで帝都全域が射程距離内と言われただけで、本当は更に長い射程を持つ可能性もある。あの魔女の胸先三寸で、何が起こるか……」

「だからといって、このまま手を(こまね)いていたのでは……」


 地図や書類などが広げられた卓上を叩きながら、幹部たちの議論は止まるところを知らない。

 そんな彼らを無言で見つめながら、頭領であるトゥ―レは組み合わせた両手の上に顎を乗せ、何かを考えている様子だ。


「……ああ、カレヴィたちか。とりあえず座ってくれ」


 トゥ―レの言葉に、周囲の者たちは一旦口を(つぐ)み、新たに椅子を運んできた。

 カレヴィたちがテーブルに着くと、トゥ―レが口を開いた。


「厄介なことになった。カレヴィたちは『裁きの光』を実際に見たのか?」

「はい、少し離れたところにいたので被害はありませんでしたが……」


 「月の塔」から放たれた禍々しい「裁きの光」、それを浴びた者たちがどうなったのかを思い出し、カレヴィは膝の上で拳を握り締めた。


「現場付近にいた同志にも、現在行方の分からない者が数名いる……一斉蜂起にて王城を征圧し、モルティスを討つべく計画を立てていたのだが、白紙に戻さざるを得なくなってしまった」

「モルティスが、自分に向かってくる者に対しては容赦なく『裁きの光』を撃ってくると思われるから……ですか。たしかに、帝都の住民全員が人質にされているも同然だね」


 トゥ―レの言葉に、ティボーが、いつになく真剣な顔で頷いた。


「魔女が、あんなものを作っていたことは、誰も知らなかったのか?」


 首を捻りつつ、イリヤが言った。


「恥ずかしいことだが、『月の塔』にあのような機能が存在することを把握している者は、王宮にいる者を含め誰もいなかったと思われる」


 トゥ―レは言って、何かを考えるように目を伏せた。


「あの……要するに『月の塔』を機能停止させれば、皆さんが動けるようになるんですよね?」


 リーゼルが、おずおずと口を開いた。


「機能停止だと? 簡単に言ってくれるな……」


 幹部の一人が、苛立った様子で言った。


「……君は、たしかリーゼルくんだったな。続けてくれ」


 トゥ―レが幹部を(なだ)め、リーゼルは再び口を開いた。


「どんな『魔導具』でも、大気中にある『魔素』を取り込んで魔法の力に変換する過程が無ければ機能しません。『月の塔』も同じ筈です。その動力を生み出す『魔導炉』を壊せば『裁きの光』も使えなくなると思います」


「魔導炉を?」


 カレヴィは首を傾げた。

 「魔導炉」というのは、周囲の空間から取り込んだ「魔素」を動力に変換して魔導具に供給するものだ。

 富裕層であれば小型のものを個人所有する者もいるが、地域によっては一つの街全体の魔導具――街灯や暖房器具などの動力を大型の「魔導炉」で賄っており、社会基盤の一つとなっていることもある。

 

「たしかに、帝都にも魔導灯などの動力を賄う大型魔導炉はあるが……」

「破壊してしまうと、この拠点内にある魔導具――魔導灯や空調設備も使えなくなってしまうのでは」

「地下施設で、それらが使えないのは死活問題だな。いや、住民たちも困るだろう」


 幹部たちは、リーゼルの言葉に戸惑った様子を見せた。


「いえ、あの『月の塔』の動力を生み出す『魔導炉』は、塔の内部にあると思います。『裁きの光』が発射される直前、膨大な量の『魔素』が塔の周辺に集まるのを感じました」


「つまり、『月の塔』内部から『魔導炉』を破壊すればいいということか。さすがに、あの魔女も自分の足元に『裁きの光』を撃つ訳にはいかないだろうからな」


 リーゼルの言葉に頷くカレヴィを見て、ティボーとイリヤが目を丸くした。


「理屈は、そうかもしれないけど……ああ、もちろん、カレヴィは自分が行くつもりなんだろうけどさ」


 イリヤが、自分の額に手を当てた。


「認識阻害の魔法や魔導具を使えば、城内への潜入は可能じゃないかな。僕も付き合うよ」


 言って、ティボーが不敵な笑みを浮かべた。


「たしかに、『裁きの光』さえ封じれば、我々も動くことができるな」


 トゥ―レが言った時、扉が叩かれる音がした。


「失礼します!」


 入室を許可され、一人の構成員が飛び込んできた。


「報告します! 帝都の住民たちの多くが恐慌状態に陥り、帝都からの脱出を図っている模様です。その中には、任務を放棄して王宮から出てきた兵士や官僚と思しき者たちも交っています」


「とうとう、表立って離反する者が出てきたか。だが……今の状態では……!」


 カレヴィが呟くと同時に、拠点である地下施設を地震のような揺れが襲った。

 

「この揺れは……まさか、再び『裁きの光』が使用されたのか?」


 椅子から腰を浮かせかけた幹部の一人が、青ざめた顔で言った。

 と、トゥ―レの前に置かれていた通信用魔導具が、着信を知らせる音と光を発した。


「何事だ」

「帝都の城壁周囲に、『裁きの光』が発射されました。住民たちの脱出を阻止する目的のようです!」


 通信用魔導具から聞こえてきた報告に、カレヴィたちは言葉を失った。


「被害状況は」


 そう尋ねるトゥ―レの頬に、一筋の汗が伝っている。 


「城壁から出ていた者たちの一部が消し飛びましたが、それを見た住民たちは脱出を諦めた様子です」


「フン、自分の世話をさせる奴隷は逃がさないって訳か」


 イリヤが吐き捨てるように言うのを聞いて、カレヴィは唇を噛んだ。


「……だが、この混乱に乗じれば、王城に入るのは比較的容易かもしれないな。トゥ―レ殿、その為に、あなたたちの協力を得たい」


 カレヴィが言うと、幹部たちは一様に難色を示した。


「そんな無茶な……」

「失敗すれば目も当てられないぞ」


「今を逃せば、状況は悪化する一方ではないのか。このままでは帝都は荒廃し、どの道、住民たちの生活も立ち行かなくなるだろう。だが、あの魔女は、そんなことはお構いなしだ。足りないものは、どこかから奪えばよいとしか思っていないだろうからな」


「……それしか、ないのか」


 無念さを噛み締めるように、トゥ―レが言った。


「了解した。みんな、聞いての通りだ。我々『カピナ』は、カレヴィが魔女……モルティスを討つことができるよう、全力を上げることとする。あらゆる手段を使って、彼がモルティスのもとへ到達できるようにするんだ」


 頭領の決断に、幹部たちは息を呑んだ。しかし、より良い手段がある筈もなく、もはや反対する者はなかった。


「さっきも言ったけど、僕も同行するからね」

「ああ、頼りにしている」


 力強く言うティボーに、カレヴィは頷いた。


「俺も必要だな。怪我しても、その場で治せる奴がいたほうがいいだろ? 危ない時は、邪魔しないように隠れてるからさ」

「君は、傷ついた人たちの治療に回った方がよくないか?」


 戦闘員ではないイリヤの言葉に、カレヴィは戸惑った。


「何言ってるんだ、カレヴィたちが倒れたら全部終わりだろ? 帰ってきたら、忙しくなりそうだけどな」

「そうか……では、頼りにさせてもらう」


 カレヴィが答えると、イリヤは少し強張った笑みを浮かべた。


「私も行くわ。魔法の知識があって、かつ『魔素』の動きを感じられる者がいたほうが便利でしょう?」


 そう言って、リーゼルもカレヴィを見つめた。


「リーゼル……」


 たしかにリーゼルの言う通りだと、カレヴィは思った。しかし同時に、彼女を最前線へ連れて行くことに強い抵抗を感じていた。


「私は、あなたの『お守り』だと言ったでしょう? それに、これは私がやらなければいけないことなの」


 カレヴィの迷いを見透かしたように、リーゼルが言った。彼女は右手で、五芒星の痣のある左手を握り締めている。その肩が時折小さく震えるのを、カレヴィは見逃さなかった。


――ああ、本当は彼女も怖いに決まっている。だが、それでも私を守ろうとしてくれているのだ。安全な場所など無いのなら、傍にいたほうがいいのかもしれない。


「そうだな。皆のことは、私が守る。力を貸してほしい」


 カレヴィの言葉に、リーゼルは微笑みながら頷いた。

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