鎮圧
頭巾付きの外套に身を包んだカレヴィたち一行は、反体制組織「カピナ」の蜂起に向けてタイヴァスの帝都を偵察している。
帝都を初めて訪れるリーゼルとティボー、そしてイリヤにも土地勘を持たせるという目的もあった。
上空は晴れているのに、どこか靄のかかったような、どんよりとした空気が漂っているのは相変わらずだと、カレヴィは思った。
自治都市バイーアやエクラ王国、魔法都市ルミナスなどの地を渡ってきた彼は、それらの国々と目の前にある故郷の違いを、一層肌身に感じていた。
「建物は立派だが、雰囲気はジーマの王都に似てるな。埃っぽくて、しけた感じなところとかさ」
古い建物の並ぶ街を眺めて、イリヤが呟いた。
「私も話に聞いただけだが、モルティスが即位するまでは大国の首都らしく華やかで賑わっていたそうだ」
久々に目にする帝都は、昼間でも活気がなく物乞いが目に付くものの、カレヴィは、自分の知らぬ時代に思いを馳せながら答えた。
「カレヴィ、お城の傍にある塔は何?」
カレヴィの隣を歩いていたリーゼルが、街並みの向こうにある王城を見やった。
「あれはモルティスの居住する『月の塔』と呼ばれる建物だ」
あの「月の塔」へ呼ばれたのが全ての始まりであることを思い出し、カレヴィは胸の底に燻っていたモルティスへの怒りがよみがえるのを感じた。
「あの塔だけ、雰囲気が違うね。周りで光っているのは魔結晶かな」
ティボーも、珍しそうに「月の塔」へ目を向けた。
「そうだ。外壁には魔結晶で装飾が施してある。国民から搾り取った金で、魔女が自分だけの為に作ったものだ」
「うん、金がかかっているのは分かるよ。でも、僕の芸術的な好みには合わないね」
くすりと笑うティボーに釣られ、カレヴィも少し口元が緩んだ。
「今日は、何というか住民たちが落ち着かない感じがするな」
案内役である「カピナ」の構成員が、歩きながら言った。
アーロと名乗った彼は、初めてカレヴィたちが「カピナ」と接触した際に会った男の一人だ。
「そうなのかい? まぁ、僕たちは余所者だから分からないのは仕方ないか」
周囲を見回して、ティボーが首を傾げた。
と、王城の方向から大勢の人々の怒号や爆発音が聞こえてきた。
「何事だ?!」
カレヴィは、咄嗟にリーゼルを庇うように抱き寄せた。
「……城門前の広場に多数の市民が殺到しているそうだ。これまででも最大規模の暴動に発展しそうだと、王城付近の構成員から報告があった」
通信用の魔導具を手にしていたアーロが、驚いた様子を見せている。
「『カピナ』が動く前に市民が爆発してしまったか。我々も行ってみよう」
そう言ったカレヴィの手を、リーゼルが強く掴んだ。
「だめ……!」
「どうした、リーゼル?」
「い、嫌な感じ……あの『月の塔』の辺りに向かって、物凄い勢いで『魔素』が集まってる……!」
青ざめ身を震わせているリーゼルの姿に、カレヴィは只事でないと理解した。
「僕は何も感じないけど……」
「俺だってそうだ。『魔素』ってのは、何もしなければ人間が知覚することはできないものなんだよ。リーゼルみたいに敏感な人間は、凄く稀だってことさ」
戸惑うティボーに、イリヤが強張った顔で説明している。
次の瞬間、帝都上空が暗くなると同時に、「月の塔」全体が禍々しい紫色の光を放った。
大きな落雷を思わせる轟音と共に、平衡感覚が狂いそうになる、不可解な空気の揺らぎが一帯を覆う。
その時、カレヴィが見たのは、「月の塔」から眩く立ち昇る光の柱と、天空から無数の光の槍が城門周辺に降り注ぐ様だった。
数秒経って周囲の明るさは戻ったものの、カレヴィは、ひどく違和感を覚えた。
気付けば、城門周辺に集まっていた人々が発していた筈の喧騒や怒号が消えている。
道行く人々や地面に蹲る物乞いたちも、あまりに異常な事態に言葉を失っているのか、辺りは水を打ったように静まり返っていた。
「――愚かなる民草に告ぐ」
どこからともなく聞こえてきた、覚えのある声に、カレヴィは慄然とした。
――魔女の……モルティスの声だ……! 忘れるものか……!
「ここ最近の馬鹿騒ぎ、卑しい者共のすることと見逃してやっていた。だが、私に矛先を向けるのであれば話は別だ。先刻の『裁きの光』は帝都全域を射程内に収めておる。愚かな民草とて、さすがに私の言うておる意味は分かるであろう?」
モルティスの「声」に、カレヴィは精神を圧迫されるような不快感を覚えた。
「この声……どこから?」
「たぶん、魔法で音声に指向性を持たせて……いや、頭の中に直接思念を送っているのかも……?」
ティボーとイリヤも、不安げに周囲を見回している。
「命を長らえたくば、今後も、このモルティスの為に働けばよいのだ。簡単なことであろう」
モルティスの、相手を小馬鹿にする如き笑いの後、不快だった圧迫感が嘘のように消えた。
「さっきの『裁きの光』……あれも、魔法なのか」
カレヴィは、やっとのことで言葉を絞り出した。
「あれは……『月の塔』から発射された……きっと、塔自体が『魔導具』なんだわ……壁の装飾に見える魔結晶も、魔導具の仕掛けの一部よ」
そう言って崩れ落ちそうになるリーゼルを、カレヴィは慌てて支えた。
「そんな……まさか、あの塔に、そこまでの機能があったとは……」
「……くそッ、城門付近にいた筈の同志たちと通信ができない……さっきの攻撃に巻き込まれたのか?」
アーロが、必死の形相で通信用の魔導具を操作している。
不意にリーゼルがカレヴィを突き放すようにして離れ、王城のある方向へ歩き出した。
「どこへ行くんだ!」
カレヴィに腕を掴まれ、振り返ったリーゼルが、これまでになく厳しい表情で言った。
「あの魔法で何が……何が起きたか確かめないと……自分の目で……!」
――リーゼルは、モルティスの血を引く者として責任を感じているのではないのか? そうでなくとも、さっきの魔法が直撃した場所に一人で行かせる訳には……どんな惨状が広がっているか分からんのだ……!
「分かった。私も一緒に行く。ただし、危険と判断すれば即座に撤退だ。いいな」
カレヴィの言葉に、リーゼルは無言で頷いた。
歩き出す二人を、ティボーとイリヤ、そして案内人のアーロが慌てて追ってきた。
城門前広場の惨状は、カレヴィの想像以上だった。
「裁きの光」が落ちた一帯に残されているのは、魔法の熱と光で変性し色の変わった石畳のみ――そこに犇めいていたであろう人々の姿は欠片すら残っていない。
それほどまでに、あの「裁きの光」の威力は凄まじいものだったのだ。
ふとカレヴィは、焼け焦げた石畳の境目辺りに立ち尽くしている一人の中年男の姿に気付いた。衣服は所々破れている部分があるものの、目立つ外傷は無さそうだ。
「もし、さっき、ここで何が起きたか教えてもらえるか」
カレヴィが話しかけると、中年男は、びくりと身を震わせ、我に返った様子だった。
「あ……ああ……俺ァ、城門の前で大勢が騒いでるところに通りかかったんだ……何を言っても、あの魔女には届きゃしねぇって思って……巻き込まれるのが嫌だから、急いで離れようとした……そうしたら……」
そこまで言うと、男は頭を抱えて蹲った。
「辺りが紫色に光ったと思ったら、俺は何か凄い力で吹き飛ばされて……気付いた時には、あんなにいた連中が、跡形もなく、いなくなってて……だから、あの魔女には逆らっちゃいけなかったんだ……」
怯え切って、そこから動くことも叶わぬ男に、カレヴィは、かける言葉が見付からなかった。
周囲にいる他の市民たちも、あまりの衝撃に何の行動も起こせない様子だった。
「カレヴィさん、本部と連絡が取れたんだ。頭領に現状を報告したら、拠点へ戻るようにと言われたから、みんなも一緒に来てくれ」
そうアーロに声をかけられ、カレヴィたちは踵を返して拠点へ向かった。
リーゼルの肩を抱えるようにして歩いていたカレヴィは、時折震える彼女の身体の感触に、その衝撃と恐怖を感じていた。




