家族
「やあ、失礼するよ。お嬢さんの意識が戻ったと聞いてね」
扉を開けて入ってきたのは、見るからに穏やかそうな、白髪交じりの老夫婦だった。
地味だが品の良い身なりからは、彼らが経済的に豊かなのが見て取れる。
お嬢さんというのが自分を指していると認識するまで、カレヴィは少々の時間を要した。
ふと彼は、先刻リーゼルが「ここは自分と両親の家」と言っていたのを思い出し、違和感を覚えた。
リーゼルが二十歳になったかならないか程度であるのを考えると、この夫婦は親というより祖父母のようにも見える。
――いや、両親が歳を取ってから生まれた子かもしれないし、立ち入ったことを言うべきではない。
そう考えて、カレヴィは黙っていた。
「まぁ、起きて大丈夫なの?」
老婦人が寝台の傍に屈み込み、カレヴィの顔を覗き込んだ。
「はい。傷も治していただいたそうで……私の名はカレヴィといいます。助けていただき、ありがとうございます」
カレヴィが言って頭を下げると、老夫婦は、にこにこしながら頷いた。
二人は、夫がオットー、妻はエリナと名乗った。
「彼女たちと浜辺を散歩していて、小舟の中に倒れている君を見付けた時は驚いたよ」
顎に手を当てて言うオットーの姿に、カレヴィは養父ユハンを思い出して懐かしさを覚えた。
「ところで、君はタイヴァスあたりの出身かな」
「は、はい」
いきなりオットーに出身地を当てられ、カレヴィは肩をびくりと震わせた。
「君の共通語には、タイヴァス周辺の訛りがあるから、すぐ分かったよ。ああ、私はこれでも昔は商人をやっていてね。あちこち色々な土地に行ったから、そういうことも多少は分かるのさ。しかし、カレヴィというのは、あの地域では男の名だと思ったが……」
「……親に貰った名ですから」
カレヴィは咄嗟に答えたが、その心は波立っていた。
――そうだ、女に変化させられてしまったなら、女のような偽名を名乗ったほうが良かったか……当然かもしれないが、どうにも慣れないな……
「あなた、そんなことを言っては失礼ですよ」
エリナが窘めるように言うと、オットーは首を竦めた。
「これは失敬した。まぁ、何も気にせず、ゆっくり養生していきなさい。君も何か事情があるのだろうが、それは追々聞かせてくれればいいからね」
「必要なものがあれば、遠慮せず言ってね」
二人は、そう言い残して部屋を出て行った。
彼らが、見ず知らずの自分に対しても思いやりを持って接する振る舞いに、カレヴィは温かみを感じた。
「それじゃ、カレヴィさん、また横になってもらうわね。身体を拭きましょう」
リーゼルの言葉に、カレヴィは目を丸くした。
「あ、いや……君に、そこまでしてもらう訳には……」
身体を拭いてもらうということは、つまり女に変わってしまった身体を他人に晒すということだ。カレヴィにとって、それは、随分と恥ずかしく思えた。
「でも、昨夜は熱を出して汗をかいていたから気持ち悪いでしょう? 女性同士だし、気を遣わなくて大丈夫よ」
リーゼルに純真な目で見つめられ、カレヴィは、それ以上拒むのも申し訳ない気持ちになった。
――実は私が男であることを明かしたほうがいいのか……それはそれで、リーゼルたちも私の扱いに困るかもしれない……ここは、女であると通したほうがいいのだろうか……
「で、では、お願いする……」
「ええ、身体を拭いて、新しい寝間着に着替えたら、さっぱりすると思うわ」
カレヴィの返事に、リーゼルは安堵した様子で微笑んだ。