抵抗する者たち
覆面の男たちが瓦礫を覆っている蔦を捲ると、そこに人ひとりずつであれば通れそうな穴が現れた。
「ここが拠点の入り口だ」
「ただの廃墟という思い込みがあると見えないものだな……」
カレヴィは、廃墟への入り口をくぐりながら呟いた。
蔦でできた入り口の蓋を下ろしてしまうと、当然、通路に光源はない。
突然、覆面の男の手元から光が発生した。
よく見ると、男が手にしている小さな箱状のものから光が差している。
「それも、魔導具ですね」
「ああ、認識阻害魔導具と同じく、『ウンブラ』様から提供されたものの一つだ」
リーゼルの言葉に、男が頷いた。
――なるほど、「ウンブラ」ことイグニス殿は、金銭的な支援だけでなく魔導具も提供していたのか。
魔導具で通路を照らして歩く男たちの後に続きながら、カレヴィは思った。
思いの外、長い通路を歩き続けた一行は、やがて少し開けた空間に出た。
周囲は石造りの壁に囲まれている。しかし、外の瓦礫の山とは異なり、人が手入れしている様子が見て取れた。
壁には幾つかの魔導灯が設置され、室内を照らしている。
そこでは組織の構成員らしき数人の男たちが忙しそうに歩き回っていた。
と、彼らは覆面の二人の男とカレヴィたちの姿に気付き、小走りに駆け寄ってきた。
「彼らは?」
やや年嵩の男が、警戒心を露わにして覆面の男たちに尋ねた。
他の構成員たちも緊張しているのが分かる。
「モルティスを討つために、頭領と話がしたいと言っている。合言葉を知っていたし、『ウンブラ』様の紹介で来たようだ」
覆面の男が言って、カレヴィたちを見やった。
「『ウンブラ』殿の紹介状だ」
カレヴィは、持っていた紹介状入りの封筒を見せた。
「そうか。砦跡に向かってくる者たちがいると報告を受けて、そちらの二人を斥候に出したのだが……」
「えっ、俺たち既に見張られてたのか」
「反体制組織だけあって、用心深いんだね」
年嵩の男の言葉を聞いて、イリヤとティボーが囁き合っている。
「ここは打ち捨てられた廃墟だが、それゆえに近付いてくる者に対しては警戒するのさ。……ちょうど、頭領は、この拠点に戻ったところだ。その紹介状を預からせてもらえるか」
そう言われて、カレヴィは年嵩の男に紹介状を渡した。
少し待つようにと言って、年嵩の男は拠点の奥へと歩いていった。
身構えていた構成員たちの緊張も、やや解れた様子だ。
「ウンブラ」ことイグニスの信頼度の高さに、カレヴィは今更ながら感心した。
「なぁ、あんたタイヴァスの人だろ? その顔、どこかで見た気がするんだが」
一行を囲んでいる構成員の一人が、カレヴィの顔を見ながら言った。
「お前に、こんな美人の知り合い、いたのかよ」
隣の男が、そう言って仲間の脇腹を肘で突いた。
「そういうのじゃなくて……でも、何となく見覚えあるんだよなぁ」
「たしかに私はタイヴァスの人間だが……詳しいことは後で説明させてくれ」
首を捻る構成員に、カレヴィは、そう言って微笑んだ。
四半時ほどが経った頃、頭領へ報告に行っていたのであろう男が戻ってきた。
「頭領が、あんたたちに会うそうだ。付いてきてくれ」
ラウリと名乗る年嵩の男に案内され、カレヴィたちは拠点の奥へ進んだ。
「外側は完全に廃墟だったが、内側は綺麗に整備されているのだな」
魔導灯や扉の並ぶ通路を歩きながら、カレヴィは言った。
「ああ、同志たちの努力と、『ウンブラ』様を始めとする支援者の方々のお陰だ」
ラウリは頷きながら、穏やかに答えた。
通路の突き当りに表れた扉をラウリが叩くと、入れ、と返事があった。
「ここに頭領がいる。入ってくれ」
言って、ラウリが扉を開けた。
部屋に入ったカレヴィたちの目に入ったのは、会議用と思しき大きなテーブルだった。
入り口に向き合うようにして、三十代半ばと思われる金髪の男がテーブルに着いている。理知的な面立ちの男だが、目を引くのは右目の黒い眼帯だ。
その両脇には、護衛だろうか、屈強な体つきの男が二人立っている。
「やあ、新たなる同志……でいいのかな。私は、この『カピナ』の頭領を務めている、トゥ―レだ」
頭領――トゥ―レに促され、カレヴィたちは用意されていた椅子に座った。
「『ウンブラ』殿からの紹介状は拝見した。カレヴィというのは……」
「私です」
トゥ―レは、カレヴィの顔を見て首を傾げた。
「君、どこかで見覚えがあるな」
「私は、かつて帝国に仕える剣士で、北方の異民族の侵攻から国境を守る任に就いていました」
「もしや『一騎当千』のカレヴィ……? だが、彼は男だった筈」
トゥ―レの傍らに立っているラウリが、やや驚いた表情で言った。
「そのように呼ばれていたこともあります」
カレヴィは、モルティスに呪いをかけられた際のことを思い出し、苦い気持ちが込み上げるのを感じた。
「ふむ……紹介状には呪いで性別を変えられてしまったと書かれてはいたが、まさか、あの『一騎当千』のカレヴィだったとは。名高い剣士が我々の陣営に来てくれるとは僥倖だ」
トゥ―レが、なるほどと言うように頷いた。
「いえ……呪いで肉体が女になってしまった為、筋力などが落ちて、今は本来の力が出せない状態です。そして、呪いを解く為には、術者であるモルティスの『血』が必要……つまり、私自らの手で魔女を討たねばならないのです」
「つまり、君が魔女を討てるよう、我々の協力が必要ということか」
「有体に言えば、その通りです。そして、モルティスは私の両親の仇でもある……」
カレヴィは、先代国王に仕える武人だった父がモルティスに殺害され、母はその心労で亡くなったことを話した。
「千人隊長アクセリ……その名も聞いたことがある」
トゥ―レが、昔のことを思い出すように目を伏せた。
「二十年以上前のことだ……私の父も、先代の国王陛下に仕えていた。賢王と呼ばれた陛下がモルティスに現を抜かし、政を蔑ろにするようになった時、大臣だった父は陛下をお諫めした。しかし、父は、汚職などと、あらぬ罪を着せられ処刑されてしまった」
「なんと……」
カレヴィは、トゥ―レもまた自分と似た境遇にあるのを知って、彼に少し親近感を覚えた。
「父は逮捕される間際まで、ずっと国がモルティスに蝕まれてしまうと憂いていた。私は父の汚名を雪ぎ、傾きつつあるタイヴァスを救いたいと考えている。『一騎当千』の二つ名を持つ、君の武勇を借りられるのであれば、これ以上のことはない」
「はい、私も全力を尽くしたく思います」
トゥ―レの言葉に、カレヴィは力強く頷いた。
「ところで、君の連れたちはタイヴァスの者ではなさそうだが……」
「彼らは、私が頼りにする仲間たちです。彼らがいなければ、私は、ここまで辿り着くことができなかったでしょう」
そう言って、カレヴィは、リーゼル、ティボーそしてイリヤの三人に目をやった。