看取る者と探る者
カレヴィはリーゼルの手を引いて庵に戻った。
いつしか陽は落ちかけており、庵の中は薄暗くなっている。
「……大丈夫かい?」
二人を出迎えたティボーが、心配そうに尋ねた。
「ああ。少し落ち着いたと思う」
カレヴィは答えながら、寝ているオンニの傍にイリヤが屈んでいるのを見て取った。
「オンニ殿は、どうかしたのか?」
「今、鎮痛の呪文を使ったところだ」
イリヤが、カレヴィの問いに小声で答えた。
「この人、内臓に悪いものができてて……痛みが酷かったみたいだから、とりあえず辛くないようにしようと思ってさ」
「……自分が長くないのは分かっています……お気遣いなく」
横たわっているオンニが、弱々しい声で言った。
「ああ、でも、ラクになりました……」
オンニは、リーゼルが戻っているのに気付いたようだった。
「お嬢さん……いきなり、あのような話をしてしまって、申し訳ない……あなたの気持ちを考える余裕がなかったとはいえ……」
再び、オンニの目が潤んだ。
「いえ……オンニさんが私を殺さず海に流してくれたから、優しい両親に拾われて、幸せに暮らすことができました」
リーゼルの言葉を聞いたオンニが、泣き出しそうになるのを堪えるかのように、顔をくしゃくしゃにした。
「そうなのですね……よかった……最期に……皆さんに会えて……」
そう言うと、オンニは安堵した表情で眠りに落ちた様子だった。
「この人を助けることはできないのか」
カレヴィは、イリヤに問いかけた。
「全身状態が悪すぎる……ルミナスの技術でも延命は難しいと思う」
イリヤは言って、歯を食いしばった。
カレヴィたちは、昏睡状態に陥ったオンニに付き添った。
庵の壁の隙間から朝日が差す頃、オンニは安らかに息を引き取った。
彼の亡骸を、カレヴィたちは庵の傍に埋葬し、目印に大きな石を置いてやった。
近くに咲いていた野の花々をオンニの墓に手向けながら、リーゼルは涙を流している。
「この人……ずっと後悔しながら生きていたのね……」
「だが、最期に、自分の行いが無駄ではなかったと知ることができた……まだ、良かったとも思えるのではないか?」
カレヴィは、リーゼルを慰めるように、その肩を抱いた。
「イリヤの呪文のお陰で、苦しくはなかったと思うよ。まるで、眠るように亡くなったからね」
「そうだと、いいけどな」
ティボーの言葉に、イリヤは目を赤くして頷いた。
「ところで、リーゼルがモルティスの血縁者という情報は黙っていた方がいいと思うんだが、どうだ?」
鼻を啜りながら、イリヤが切り出した。
「私も、そう思う。我々はリーゼルが善良だと知っているが、モルティスの血縁者という理由だけで偏見を持つ者はいるだろうからな」
カレヴィが言うと、リーゼルは仲間たちの顔を見回した。
「みんなは……私のこと、嫌じゃないの?」
「生まれる場所は選べないからな……リーゼルが悪いことなんてできない人間だってことは分かり切ってるし、俺は何とも思ってないよ」
イリヤが、片方の口角を上げた。
「僕も、カレヴィやイリヤと同意見だ。だから、リーゼルは、今まで通り伸び伸びとしていて欲しいな」
ティボーも、優しく微笑んだ。
「みんな、ありがとう……」
リーゼルの大きな菫色の目から、涙が溢れた。しかし、それは悲しみや怯えによるものではなく、安心と喜びからのものであることを、カレヴィは感じ取った。
一行は、再び反体制組織「カピナ」と接触するべく、砦跡を目指して森の中を歩き始めた。
イグニスに渡された「魔導方位盤」のお陰で、カレヴィたちは迷子になる不安もなく進んでいた。
時に木の根や泥濘に足を取られ、転びそうになりつつ歩いていた彼らの前に、苔むした瓦礫の山が現れた。
「地図や、イグニス殿やロドリゴ殿から聞いていた話からすると、砦跡は、この辺りの筈だが……」
カレヴィは、木々の間に打ち捨てられた瓦礫の山を前に、少し戸惑っていた。
そう言われていなければ、ここに、かつて砦があったなどとは思えないほどに、崩壊の度合いは酷いものだ。
かつては石造りの建物があったと思われるものの、今は苔と蔦に覆われ、半ば自然の一部と化している。
「魔導方位盤を見ても、ここで合ってるみたいだぜ」
イリヤが、手にした魔導方位盤と目の前の瓦礫の山を見比べている。
「……待って、微かだけど『魔素』の動く気配があるわ。魔法か魔導具で姿を隠している誰かがいるのかも……」
周囲を見回していたリーゼルが、小声で言った。
リーゼルが無言で視線を向けた先を、カレヴィは目で追った。しかし、彼の目に入るのは苔で緑色になっている瓦礫ばかりだ。
「『カピナ』の構成員かもしれないね。敵意がないと意思表示してみようか?」
「そうだな……男である君が話したほうがいいかもしれない。ティボー、頼む」
ティボーの言葉に、カレヴィは頷いた。
「そこの人、我々に攻撃の意思はなく、対話する用意ができている。そちらに敵対する意思がなければ、姿を現してくれないか」
ティボーの呼びかけから数十秒ほどが過ぎた時、リーゼルが見つめていた辺りに、突然二人の男の姿が浮かび上がった。
覆面の如く巻いた布で目より下は隠れているが、両者とも二十代というところだろう。
身に着けているのは簡易な革鎧と軽装だ。彼らもまた武術の心得のある者だと、カレヴィは感じ取った。
「……月は出ているか」
男の一人が、無機質な声で言った。
「……天頂に赤き月」
すかさず、カレヴィは答えた。イグニスやロドリゴから教わっていた合言葉だ。
「敵ではないようだな」
そう言って、覆面の男たちが、ゆっくりとカレヴィたちに歩み寄ってきた。
「しかし、認識阻害の魔導具で姿を隠していた筈なのに、よく分かったものだ」
男の一人が、やや驚いた様子で言った。
「そちらの彼女は、『魔素』の動きに敏感なのだ」
カレヴィは、リーゼルに目をやってから、再び口を開いた。
「『カピナ』の構成員とお見受けする。我々には、モルティスを討たなければならない事情がある。あなた方の頭領と話がしたい。『ウンブラ』殿の紹介状もある」
「『ウンブラ』様……だと?」
「なお、タイヴァスへの潜入には、シエラのロドリゴ殿の協力を得た」
覆面の男たちは、ひそひそと言葉を交わした後、カレヴィたちのほうへ向き直った。
「とりあえず、我々と一緒に来い」
男たちは、手招きしてカレヴィたちに付いてくるよう促した。