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潜入と森の庵

 ロドリゴによれば、数日後に、メツァ商会で買い付けた商品を運ぶ輸送隊が出発するという。

 それまで、カレヴィたちは商会の建物で待機することになった。

 いよいよ出発を翌日に控えた夜、ロドリゴはカレヴィたちと夕食を共にした。


「うちで働いている者は、皆、モルティスが仕掛けてきた(いくさ)で何かを失っています。ですから、私の方針に従ってくれているのですよ」


 自慢の商品だという、茶の(かぐわ)しい香りを吸い込みながら、ロドリゴが言った。


「あなたたちの他にも、そういう方たちがいるかもしれませんね。私は、何も知らず一人で戦おうとしていました。今思えば、愚かだったかもしれません」


 カレヴィは、ため息をついた。


「まぁ、部外者に我々の存在を知られないよう努力はしていますからね。カレヴィさんは、普段は中央から離れたところにいたそうですから、尚更でしょう」


 そう言って、ロドリゴが笑った。


「でも、それで私はカレヴィに会えたから、悪いことばかりでもないわ」

「それは、そうだな」


 リーゼルに微笑みかけられ、カレヴィは頷いた。


 翌朝、カレヴィたちはタイヴァスに向かうメツァ商会の輸送隊と共に、プラサの街を後にした。


「反体制組織『カピナ』の本拠地へは、帝都の少し前で輸送隊と別れて、古い砦跡(とりであと)を目指すことになる。そこは、ずっと昔に作られたもので、現在は使用されていない」


 馬車に揺られつつ、カレヴィは地図を広げて言った。


「そこに行けば、組織の人たちと会えるのね」

「問題になるのが、今は砦の周囲が森に覆われているという点だ。帝国側からも見つかりにくいが、我々が行くのも多少は困難が付きまとうだろう」


「なに、野外生活だって、何度もやってるさ。今回は、ロドリゴさんの計らいで装備も整ってるし、イグニス様に貰った魔導具もある。ラクなもんだ」


 イリヤが、不敵な笑みを浮かべた。


「頼もしいよね。僕は、その辺は心配してないよ」


 ティボーが言って、穏やかな笑みを浮かべた。

 

 商会の輸送隊は順調に街道を進み、とうとうタイヴァスとの国境に設けられた関所に辿り着いた。

 タイヴァス側の役人と兵士が検問を行っている間、カレヴィたちは(あらかじ)め用意されていた木箱を(かぶ)り、馬車の中で息を潜めた。


「こっちの荷物は何だ」


 役人と兵士が、数台ある馬車を順繰りに調べながら、カレヴィたちに近付いてくる。


「すみません、そちらは割れ物など繊細な商品が多いので、荷物には触らないでいただければと……」


 カレヴィたちのいる馬車に役人たちを近づけまいとしたのだろう、商会の従業員の一人が口を挟んだ。


「は? 商人風情が、邪魔をするなら公務執行妨害の罪状が付くぞ」


 役人たちの横柄な物言いに、カレヴィは同国人として恥ずかしくなった。


「いえ、邪魔だなどと滅相もない。いつも、お役目でお忙しくしていらっしゃる皆さんには、こちらの品を差し上げますので、割れ物の見分はご容赦いただければ」


 カレヴィは、従業員が馬車から何かを取り出す気配を感じた。


「こちらは貴重な香料を使った香水、これは上質な茶葉です。女性への贈り物などにも最適ですよ」


「なるほど……富裕層でなければ、普段から、こんなものには手が出ないな」

「ふん、いいだろう。商品が劣化したのでは困るだろうからな」


 恩着せがましく言って、役人と兵士が離れていく。カレヴィたちは、箱の中で小さく息をついた。


 何とか関所を潜り抜け、しばらく街道を進んだところで、商会の従業員がカレヴィたちに声をかけてきた。


「もう、箱から出て大丈夫でしょう」


「ありがとう、助かった。しかし、大した機転だ」


 カレヴィが言うと、従業員は小さく笑った。


「これまでにも、帝国に知られずに出入りしたい人を隠しながら移動という経験は何度もあるので、大したことではありませんよ。関所にいるような役人や兵士たちは、それほど高給ではないから、高価な商品を渡すと喜ばれるし」


「そうか……今は民から集めた税金も、多くはモルティスと、彼女に取り入った一部の者に流れてしまうから、普通の役人や兵士では、余裕がないかもしれないな」


「他国から魔結晶の鉱山や肥沃な耕作地を奪っておいて、そこからの利益は女帝が独占してるとはな。タイヴァスの国民は豊かな暮らしをしてるものだとばかり思ってたぜ」


 イリヤが、やや呆れたように言った。


「私の養父も国に仕える剣士だったが、引退した後に貰っていた年金は、必要な分以外は近隣の者たちに分け与えていた。だから、暮らし向きは質素なものだったぞ」


「カレヴィが贅沢しないのは、そういうことだったのか。なるほど、養父殿は人格者だったんだね」


 カレヴィの言葉に、ティボーが何度も頷いている。


「モルティスがいなくなったら、タイヴァスの一般の人たちも、もっと良い暮らしができるのかな」


 言って、リーゼルがカレヴィの顔を見上げた。


「そうであって欲しいと思うよ」


 寂れた帝都で見た物乞いたちの姿を思い出し、カレヴィは目を伏せた。


 帝都に向かう街道を更に進むと、鬱蒼(うっそう)とした森が見えてきた。


「この辺りから、砦跡を目指すことになる。準備はいいか」


 カレヴィたちは、商会の従業員たちに礼を言って馬車を降りた。

 森に入った彼らは、方角を見失わないよう注意深く進んでいった。

 

「この『魔導方位盤』、便利だな。覚えさせた目的地の方向を常に指してくれるから、迷わずに済みそうだぜ」


 イリヤが、イグニスに貰った魔導具の一つを手にしながら言った。


「ルミナスの乗り物の中には、自動で目的地に着くものもあったからな。これくらいは朝飯前なのだろう」


 周囲に気を配りながら、カレヴィは答えた。


 しばらく歩いたところで、リーゼルが、あっと声を上げた。


「どうした?」

「あそこ、誰か倒れてるみたい」


 カレヴィが尋ねると、リーゼルは少し離れた草叢(くさむら)を指差した。

 たしかに、生い茂った草の中から、襤褸布(ぼろぬの)(かたまり)のようなものが覗いている。


「ゴミのようにも見えるが……一応、確かめてみよう」


 カレヴィは、慎重に襤褸布(ぼろぬの)へと近付いた。

 よく見ると、襤褸布(ぼろぬの)(かたまり)に見える()()の表面は静かに上下している。

 草叢(くさむら)の中に、一人の男が倒れているのをカレヴィは認めた。

 と、男が小さく(うめ)き、薄らと目を開けた。


「どうした、具合でも悪いのか」


 カレヴィは男の傍に(かが)んで、その顔を覗き込んだ。

 伸び放題の(ひげ)に覆われた顔に生気はなく、栄養状態も良くないのであろうことが見て取れる。

 年の頃は四十代後半から五十代といったところかもしれないが、老人のようにも思えるやつれ具合だ。


「ど、どなたか存じませんが……近くに、私の(いおり)があります……そこまで、連れて行ってもらえませんか……」


 男が、かすれた声で言った。

 いつしか、カレヴィの傍には仲間たちも集まっている。


「大変、病気かしら」


 心配そうに、リーゼルが男を見た。 


「こんな時だが、どうせ、放っておけないって言うんだろ?」


 肩を(すく)めてみせながら、イリヤが笑った。


「ああ、物のついでというやつだな」


 カレヴィが言うと、ティボーが背を向け、しゃがみ込んだ。


「それじゃあ、この人は僕が背負って行こう」


「も、申し訳ありません……向こうに見える、大きな木の傍です……」


 ティボーに背負われた男の案内で、カレヴィたちは近くにあるという(いおり)に向かった。

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