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覚悟

 「呪い」をかけた術者であるモルティスの「血」を浴びれば、自分は解放される――カレヴィは、イグニスから告げられた言葉を何度も反芻(はんすう)した。


「これもまた、無理難題だということは百も承知だ。現状で、君の『呪い』を解除可能な方法が、こんなものしかないというのは、僕たちにとっても歯痒い……敗北感さえあるよ」


 そう言うイグニスの表情からは、普段の飄々とした雰囲気が消えている。


「性別が変化してしまった『だけ』で、生存するだけなら何の支障もないのが幸いとも言えるけど……身体と精神の性別が異なる状態が続くのは、カレヴィくん本人にとって辛いことには違いないだろうからね」


 イグニスの言葉に、無言で頷くことしかできなかったカレヴィは、自分に向けられたリーゼルの悲しげな視線に気付いた。


――モルティスは呪いをかけた後に「これから先、其方(そなた)は女を愛しても愛されることはなくなった」と言っていた。あの時は実感がなかったが……今なら、魔女の思惑が痛いほどに分かる。女の肉体のままで、リーゼルに私を見てくれなどと言える訳がない……


「……元より、私はモルティスを討つつもりでした。あの魔女の『血』でどうにかなるというなら、それに賭けようと思います」


 カレヴィが言うと、その場にいた全員が彼を見つめた。


「そんな……あまりに危険すぎるよ。時間はかかるかもしれないけど、引き続きイグニス様たちの力をお借りして、『呪い』を解く方法を探る道だってあるじゃあないか」


 ティボーが、震える声で言った。


「心配してくれるのは嬉しい。モルティスを討ち、両親の仇を取る……そして故郷の人々も救いたいという気持ちを忘れかけてしまうほどに、君たちとの旅は楽しかった。それでも、やはり、本来の目的から目を逸らし続けるのも、私にとっては苦痛だ。もちろん、無関係な君たちを巻き込むつもりはない」


 言葉を絞り出すように、カレヴィは語った。

 

「無関係って、何だよ。随分と冷たいじゃないか?」


 重苦しい空気の中、イリヤが口を開いた。


「いくら君が強いからといって、一人でどうにかできると思ってるのか? 相手は、たった一人で大国と言われるタイヴァスを手に入れて好き放題にしているような魔女だぞ。……俺にも、手伝わせろよな」


「イリヤ、何を……」


 カレヴィは、思いがけない言葉に、目を見開いた。


「モルティスは、俺の両親の仇でもあるんだぜ。ガキだった俺を可愛がってくれた集落の人たちも、ほとんどが、あの魔女に殺された。カレヴィを手助けすることが、俺にとっても仇討ちになるんだよ。だから、行くなら俺も連れていけ」


――ああ、イリヤの故郷は、魔結晶の鉱山を狙ったモルティスに蹂躙され奪われたのだ……


 強い決意を湛えたイリヤに見つめられ、カレヴィは答えるべき言葉を探していた。


「イリヤの言う通りだ。君を一人でなんて行かせられないよ。性別など関係なく、君は僕にとって失いたくない人には違いないからね」


 言って、ティボーが柔らかく微笑んだ。


「僕では、アテにならないかな?」


「そんな訳がない……君たちが一緒なら、どれだけ心強いかと思う。だが、私がやろうとしているのは、普通に考えれば無謀なことだ。君たちを友人だと思うからこそ、分の悪い賭けに付き合わせる訳にはいかない」


――以前の私は一人ででもモルティスを討とうとしていた。今でも、それは変わらない筈なのに……他人を巻き込むのは良くないと思っている筈なのに……彼らの申し出が、私は嬉しいのだ。私は、弱くなってしまったのだろうか……


「……もちろん、私も連れて行ってくれるでしょ?」


 カレヴィはリーゼルの言葉に不意打ちされ、息を呑んだ。


「こ、こればかりは駄目だ。君は、ここで魔法を学ぶのもいいし、ご両親のもとへ帰るのもいいだろう。だが、私と共に行くことだけは認められない」


「私、ルミナスに来てから必死で魔法を勉強したの。新しい呪文を幾つも習得して、魔法による対人戦闘の訓練も受けていたから、ここに来る前よりも、ずっと強くなっているわ。あなたの役に立ちたくて……あなたが認めないと言っても、勝手についていくから」


 リーゼルの菫色の目が、射すくめるようにカレヴィを見た。

 拒絶しなければ、という思考と、共に行くという彼女の言葉に甘えてしまいたい気持ちが綯交(ないま)ぜになり、カレヴィは身動(みじろ)ぎすらできなかった。


「カレヴィ、どうする? リーゼルを放っておく訳にもいかないんじゃあないか? どの道ついてきてしまうというなら、傍にいて守ってあげたほうが良くないかな?」

「……(ずる)い言い方をするではないか。悔しいが、君の言うことを否定はできない」


 悪戯(いたずら)っぽく言うティボーに、カレヴィは苦笑いした。


――本当は、こうなるであろうことを私も無意識に分かっていたのかもしれない。来るなと言って、彼らが簡単に諦めてしまうような者たちであれば、とうに離れていただろうから……


「断った舌の根も乾かぬうちなのに恥ずかしいことだが……皆の力を貸してもらいたい」


 カレヴィの言葉を聞いて、リーゼルとティボー、そしてイリヤは、半ば安堵したような表情を浮かべた。


「だが、リーゼル……モルティスを討つということは、タイヴァスに行くということだ。君の過去に関係するものに触れる可能性もある。怖くは、ないのか?」


 リーゼルの顔を覗き込んで、カレヴィは言った。


「……私は、やはり自分が何者かを知りたいの。怖くないと言えば噓になるけど、もう、知らんふりはできないと思ってる。だから、心配しないで」


 そう言うリーゼルの声は、僅かにだが震えている。


「心配せずになどいられる筈がない。君が何者だとしても、私は傍にいたいと思っている」


 カレヴィは力強く言った。

 泣き出しそうな顔で頷くリーゼルの手を、カレヴィは握りしめた。


「カレヴィくんたちがモルティスを討つというのであれば、僕は協力するよ」


 唐突なイグニスの言葉を理解するのに、カレヴィたちは数秒の時間を要した。


「モルティスの存在は、我がルミナスから見れば目の上の瘤のようなものなんだ。彼女の行いの所為で、ルミナスの印象が悪化し、外部では、モルティスと我々が裏で繋がっているなどと根も葉もない噂をする者もいるらしい」


 イグニスは、忌々しいとでもいうように、小さく息をついた。


「今のところ、モルティスも海を隔てたルミナスまでは手を出そうとしてこない。だが、ここルミナスは学術都市であり専守防衛を旨としているし、他国への干渉も行わないと定めている。力を持つ我々が下手に動けば、世界にとって新たな脅威になりかねない。だから、将来的に害をもたらす可能性があるという理由で先手を打つ訳にもいかないんだ。ルミナスとしては、ね」


 彼の、どこか含みのある言い方に、カレヴィは首を傾げた。


「そういう訳で、僕は僕個人として、数年前からタイヴァス国内の反体制派を支援している。もちろん、身元は伏せて、偽名を使っているよ。このことを知っているのは、そこにいるセバスチャンだけだ」


 イグニスの傍らで影のように佇んでいたセバスチャンが、主人の視線を受けて静かに頷いた。


「僕からの伝手で反体制派の協力を得れば、カレヴィくんがモルティスに近付くことができる確率は上がるだろう」


 想像もしていなかった情報に、カレヴィは戸惑いつつも心が燃え立つのを感じた。

 かつて、たった一人でモルティスに挑んだ時のことを思えば、イグニスの支援は、仲間たちの同道と同じく心強いものだった。


「それは、ありがたいことだと思います。しかし、イグニス様が、そこまでしてモルティスを討とうとしていたとは……」


 カレヴィが言うと、イグニスは少しきまり悪そうな笑みを浮かべた。


「実は、昔、モルティスの恋人の逃亡を手助けしたのは、僕なんだ。それが間違っていたとは思っていないが、恋人に去られたことがモルティスに影響を与えたのは確かだ。自分の行動が巡り巡って多くの人を苦しめているなら、その責任は取らなければならない」


 イグニスの後悔と覚悟を感じて、カレヴィたちは何も言えなかった。


「……たとえ、このことが露見しても、僕が勝手にやったとして、僕個人の首一つで済むのだから安いものだよ。ルミナスの政治は世襲ではないからね。僕が消えたところで代わりは幾らでもいるし、困らないんだ」


 再び重苦しくなった空気を振り払うように、イグニスが笑った。


「こんなこと言うのはナンだけど……イグニス様は、こうなることを見越して、俺たちに便宜を図ってくれていたんですか」

「君たちは優秀だから、役に立つ機会があるかもしれないと思ったのは否めないよ。でも、僕個人としても、君たちを気に入っていることは信じて欲しいな」


 イリヤの言葉に、イグニスは片目をつぶってみせた。

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