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野蛮な方法

 カレヴィの「呪い」の解析は続いた。

 彼には、魔法についての詳しい事柄は分からなかった。しかし、モルティスによってかけられた「呪い」が複雑なものであり、ルミナスの魔術師たちの知識と技術を(もっ)てしても解除が困難であるということは肌身で感じた。

 数日に(わた)り、カレヴィは魔導具によって何かの数値を計測されたり、イグニスら魔術師たちに何かの魔法をかけられたりといったことを繰り返され、一区切りついたところで休息日を挟むという生活を送っていた。

 その間、リーゼルは魔法大学へ通って新たな魔法を習得したり、ティボーとイリヤに付き合ってルミナスの街を探索したりして過ごしている。

 カレヴィがいる研究施設に、リーゼルは折を見て仲間と共に訪れた。しかし、彼女はイグニスに自身の境遇とモルティスの夢について語った以降は、それらを話題にすることはない。

 だからといって、リーゼルが出自について調べるのを諦めたとは、カレヴィも考えていなかった。

 

――リーゼルは迷っているのだ。私にも、彼女が何もかも忘れて、オットー殿とエリナ殿の娘として平穏に暮らしていくほうがいいのではないかとも思える。しかし、自分が何者か分からない不安は消えることがない……かつて、身元不明の孤児として育った私には分かる。リーゼル自身が、どのような選択をしようと、私はその傍らにありたい……


 自分が「呪い」を受けている事実もカレヴィにとって大きな問題だが、今ではリーゼルの悩みを少しでも軽くしてやりたいという思いの方が、彼の心を占めていた。


 ある日、もはや「いつもの日課」と化している「呪いの解析」に参加していたカレヴィのところへ、ティボーとイリヤがやってきた。


「僕たちができることなんてないけど、進捗が気になってね」

「私にも難しいことは分からないが、分かってきている部分もある……らしいな」


 ティボーの言葉に、カレヴィは微笑んだ。


「街で、旨そうな菓子を見つけたから、イグニス様と助手の人たちにも渡そうと思ってさ。ずっと世話になってるし」


 イリヤが、持っていた包みを助手の一人に渡すと、彼らは歓声をあげた。


「これ、新発売のやつですよ。イグニス様、お茶にしましょう」

「そうだねぇ、ちょっと息抜きしようか。セバスチャン、頼むよ」


 イグニスが言うと、傍らに控えていたセバスチャンが、てきぱきと茶を淹れたり菓子を取り分けたりと動き始めた。


「しかし、カレヴィくんには苦労をかけてしまっているね。モルティスのかけた『呪い』、複雑な術式ということは分かったけど、それを解く方法で試行錯誤してるところさ」


 差し入れの菓子を旨そうに食べながら、イグニスが言った。


「いえ、イグニス様は魔術師議会代表としての仕事もあるのに……」

「僕は、魔法の解析については好きでやっているという面もあるから苦にならないよ。大きな肩書が付いていると、身体が二つ欲しいと思うのは事実だけどね」


 眉尻を下げるカレヴィに、イグニスは、からからと笑って答えた。


「そういえば、君も魔法大学に聴講生として通い始めたんだよね?」


 イグニスが、そう言ってイリヤを見た。


「はい……新しい治癒呪文や理論を幾つも知ることができて、勉強になってます」

「うん、優れた素質があるのだから、伸ばさなければ勿体ないよね」


 イリヤの答えに、イグニスは満足したように頷いた。


「ティボーは、最近は一人でどこかに出かけているようだが?」


 カレヴィが尋ねると、ティボーは待ってましたとばかりに言った。


「実は、体力錬成所というのを見つけて、通っているんだ。筋肉に負荷をかける器具を使って運動したりとかね。僕は一番厳しいやつが丁度いいんだけど、そう言ったら従業員の人に驚かれてしまったよ」

「それはいいな。私も、ここに来てから身体を動かしていないから、鈍ってしまいそうだと思っていたところだ」

「行きたくなったら声をかけてくれたまえ。案内するよ」


 二人の話を聞いていたイリヤが、口を挟んだ。 


「ルミナスでは移動も乗り物を使うことが多いし、わざわざ運動する施設で身体を動かすってことか。エテルナ大陸でも、贅沢で運動不足な金持ちが(かか)る病気ってのがあるけどな」

「便利過ぎるのも善し悪しということか」


 カレヴィは、くすりと笑った。


「そういえば、リーゼルくんといったか、彼女は一緒じゃないのかね」


 静かに茶を啜っていたエーリヒが、口を開いた。彼はイグニスに応援として呼ばれた研究者で、イグニスが議会代表の仕事で不在の際は解析の指揮を執っている。


「彼女は、今日も魔法大学へ行っています。新しい魔法を習得して、僕たちの……カレヴィの役に立ちたいと言っていました」


 ティボーの言葉を聞いて、カレヴィは言いようのない気持ちになった。


――自分の過去や境遇に不安を抱えているにも関わらず、私を優先するなど……どうすれば、彼女の気持ちに報いることができるのだろうか……



 やがて、カレヴィたちがルミナスを訪れてから三か月ほどが経過した、ある日。

 一行は、イグニスによって館の応接間に呼び出された。

 

「僕たちは、モルティスがカレヴィくんにかけた『呪い』を様々な角度から解析し、その解除を試みてきた。しかし、君たちも知っている通り、成果は得られていないというのが現状だ」


 カレヴィたちを前にして、イグニスが申し訳なさそうに言った。


「『呪い』の術式は、ほぼ解明されている。術式の構造さえ分かれば、あとは、それを逆算して『(ほど)いて』やればいい筈なんだ。しかし、通常の方法では解除することができない……モルティスを甘く見ていたよ」


 イグニスの説明を受けて、カレヴィたちは顔を見合わせた。


「魔法の理屈は分かりませんが……モルティスの『呪い』は『普通』ではないということですか」


 カレヴィの言葉に、イグニスは重々しく頷いた。


「君にかけられた『呪い』は、性別を反転させる術式に、術者の『思念』を織り込む形になっている。この『思念』が邪魔をして、僕たちの『解除術式』を受け付けなくなっている」


「それでは……カレヴィは、元に戻れないということなんですか? イグニス様でも無理だなんて……」


 リーゼルが、この世の終わりのような顔で言った。

 魔法の素養がないとはいえ、カレヴィも、自身が切迫した状況にあるのが痛いほどに理解できた。そして、今もなお、モルティスに縛られているということを実感した。


「いや、方法が全くない訳ではないよ。その『思念』が影響しているからこそ効果があると思われる、唯一の方法がある」


「唯一の……」


 カレヴィたち一同は、息をするのも忘れ、イグニスの言葉を待った。


「……術者の『血』……致死量に近い量の血液を浴びれば、高い確率で『呪い』は解除される。非常に野蛮な方法だけど、これは、過去にも似た事例があるんだ」


「術者の……モルティスの……『血』を、ですか」


 カレヴィは、かすれた声で呟いた。

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