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漂着

 暗闇の中を、カレヴィは彷徨(さまよ)っていた。

 遠くに見える、(ほの)かな光に彼は吸い寄せられた。

 光に手が届くかと思われるところまで近づいた時、カレヴィの目の前に、何者かの姿が、ふわりと現れた。

 それは、亡くなった筈の養父ユハンだった。


「師匠、私は、ここまでのようです……魔女を討つことも叶わず、今は、もはや死あるのみ……」


 ユハンの顔を見て、少し気が緩んだカレヴィは、思わず弱音を吐いた。


「お前は生きろ。天命を全うするのだ」


 言って、ユハンは慈愛に満ちた微笑みを浮かべた。


「生きる……天命を全うする……?」


 カレヴィはオウム返しに呟きながら、ユハンに向かって手を伸ばした――



――この人、生きてるわ。ああ、怪我もしてる。


――かなり弱っているわね。すぐに手当てしないと。


――とりあえず、うちに運ぼう。人を呼んでくるから、この人に付いていてあげなさい……


 カレヴィの耳に、遠くで誰かが話す声が聞こえた。

 周囲には確かに人の気配を感じるものの、彼は身動きどころか目を開けることも、声を出すこともできなかった。

 微睡(まどろ)みと、ほんの浅い覚醒を行き来していたカレヴィは、自分の体の下にあるのが硬い船底ではなく、柔らかな寝台であるのを感じた。

 と、カレヴィの乾いてひび割れた唇に、水をたっぷり含ませた布が(あて)がわれる。

 水に飢えていた彼は、布を夢中で吸った。

 雫が喉を流れる度、自分は助かるのかもしれないという希望が、カレヴィの中に(よみがえ)ってきた。


――飲んでる……きっと、助かるわね。


 柔らかな女の声を聞きつつ、カレヴィは再び微睡(まどろ)んだ。



 どれほどの時間が経ったのか――顔に湯で温めたと思しき手拭(てぬぐい)(あて)がわれるのをカレヴィは感じた。

 優しくも適度な力で顔を拭かれるのが心地良い。

 カレヴィは、薄ら目を開けた。


「あっ、気が付いたのね?」


 少女から大人になって間もないのであろう、どこかあどけなさを残した若い女が、カレヴィを優しく見つめている。

 白に近い金髪に映える菫色(すみれいろ)の目が印象的だ。

 カレヴィは、彼女の可憐な姿から、神話を題材にした絵画に描かれている女神の姿を思い起こした。

 ふと、カレヴィは自分が女物の寝間着を着せられているのに気付いた。

 一瞬、違和感を覚えたものの、彼は自身の肉体が女に変えられてしまったことを思い出し、当然のことと納得せざるを得なかった。

 身を起こそうとしたカレヴィを女が制し、毛布をかけ直した。


「無理に動かないほうがいいわ。お医者様が、あと一日発見が遅ければ危なかったと言っていたのよ」

「ここは……どこだ?」


 カレヴィは、掠れた声で問いかけつつ、目だけを動かして室内を見回した。

 整頓され掃除の行き届いた部屋には素朴な調度品が配置され、花柄の窓掛け(カーテン)などが家庭的な温かみを(かも)し出している。


「ブルーメ王国の港町、キュステよ。ここは、私と両親の家だから、何も気にしなくて大丈夫よ」


 女の言葉に、カレヴィは(わず)かだが安堵した。

 ブルーメは、タイヴァス帝国がある大陸と海峡を挟んで浮かぶ島国だ。

 

――図らずも国外に脱出できた訳だが、これでモルティスが放った追手の目を(くら)ませることができたかもしれない……


 自分を乗せた小舟は、上手く海流に乗って運ばれたのだろうと、カレヴィは考えた。


「……そういえば、私は、どれくらい意識を失っていたんだ?」

「ここに来てから、今日で二日目よ」


 事もなげに女は答えたが、カレヴィは自分が意識を失っていた間のことを想像して心臓が絞られるような気持ちになった。


――ということは、丸一日以上、面倒をかけていたということになる……間違いなく(しも)の世話まで……何ということだ。


「……そうだ、お腹空いてるんじゃなくて? スープがあるから、温めてくるね」


 女は、そう言って部屋から出ようとしたが、何か思いついたように足を止め、振り返った。


「名前、まだ聞いてなかったわね。私はリーゼル。あなたは?」


 小首を傾げて微笑む女――リーゼルの姿を見て、カレヴィは一瞬、心臓が跳ねるような感覚を覚えた。


「……カレヴィ、だ」

「カレヴィさん、ね。それじゃ、少し待っててね」


 頷いて部屋を出て行くリーゼルの後姿を、ぼんやりと見送りながら、カレヴィは胸の中が暖かくなっていくのを感じた。



 カレヴィは、折りたたんだ毛布や枕を重ねたものを背もたれ代わりにして起き上がり、リーゼルが運んできたスープを飲んだ。

 港町の料理らしく魚介類の旨味が出たスープが、身体に染み渡っていくようだ。

 腹が満たされ人心地のついた彼は、自分が負傷していたことを思い出し、傷がある筈の肩に手で触れた。

 しかし、痛みどころか傷そのものも消えており、カレヴィは首を傾げた。


「そうそう、怪我は、私が治癒の魔法で治しておいたわ。もう、痛みはないでしょう?」


 カレヴィの仕草を見て、リーゼルが言った。


「ああ……君は、治癒術師なのか?」

「得意なのは、地水火風の属性を操る魔法だけど、治癒系の魔法も簡単なものなら使えるの」

「それは、すごいな」


 カレヴィは素直に感心した。

 呪文を唱えて魔法を発動できる者は人口のうち半分にも満たず、その内でも実用に足る者は更に数が減る。

 また呪文にも個々人で相性があり、ことに治癒魔法と他の魔法の両方を使える者が希少であることは、カレヴィも知っていた。


 その時、誰かが部屋の扉を叩く音がした。

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