形になる思い出
カレヴィにかけられた「呪い」の解析は、数日にわたって続けられた。
ある程度の量の情報が集まったところで、イグニスとエーリヒ、それに助手たちによって詳細な分析が行われるという。
その日の朝食を済ませた後、カレヴィはリーゼルに声をかけられた。
「カレヴィ、今日は休みを貰ったんでしょ?」
「ああ、イグニス殿たちが集めた情報を分析する間、私には、やることがないからな」
「それなら、私と一緒に魔法大学に行ってみない? 学生でなくても見学だけならできるのよ。念の為、イグニス様に話しておいたほうがいいとは思うけど」
「私が?」
魔法に全く関係のない自分が、魔法大学を訪れていいものなのか――カレヴィは、一瞬考えた。
しかし、ここしばらくリーゼルと共に過ごす時間が激減していたことを、彼は思い起こした。
「……そうだな。せっかくの機会だ。私も魔法大学とやらに行ってみるか」
「よかった。そうそう、実は、大学の食堂の料理が美味しいのよ。甘味も色々あって、迷っちゃうくらい」
カレヴィの言葉に、リーゼルが嬉しそうに微笑んだ。
カレヴィは、イグニスの厚意で渡されていたルミナス風の外出着に着替えることにした。
一見、薄く軽い生地に見えるが、着てみると外気温に関わらず、ある程度の適温を保つ効果がある服だ。ここにも、ルミナスの技術が現れている。
「あら、カレヴィが貰った服は男物だったの?」
着替えを終えて部屋から出たカレヴィの姿に、リーゼルが首を傾げた。
「リーゼルが着ているローブのような服だと動きづらいし、やはり男物のほうが、しっくり来るんだ」
「うん、その服も似合ってるよ」
リーゼルは少し考える様子を見せた後、再び口を開いた。
「……元に……男の人に戻れると、いいね」
「そうだな。こればかりは、私の力では、どうにもならんのが歯痒いが……イグニス殿たちの解析がうまく進むことを祈ろう」
「やぁ、カレヴィにリーゼル、どこかへ出かけるのかい?」
玄関に向かって歩いていた二人に、ティボーが声をかけてきた。傍らにはイリヤの姿もある。二人も、ルミナス風の格好をしていた。
「今日は、私は研究所でやることがないから、リーゼルについて魔法大学を見に行ってみることにした」
「そうか、僕たちは街を見に行くつもりだ。地上だけじゃなく地下にも街があって、見るところが多すぎるよ。治安が良いから安心して歩けるね」
そう言って、ティボーが笑った。
「やっと、乗合飛行船の使い方に慣れてきたぜ。あまり便利な生活に慣れると、エテルナ大陸に戻った時に苦労しそうだけどな」
イリヤも、珍しく機嫌の良さそうな顔をしている。
安全な街における衣食住の心配のない生活が、ゆとりを生んでいるのだろう。
ティボーたちと別れ、カレヴィとリーゼルは魔法大学のある研究区へ向かった。
乗合飛行船から見下ろすルミナスの街並みは、相変わらず整然とした美しさを見せている。
「今日は、実験棟の見学をさせてもらおうと思ってるの。そのほうが、話を聞いているだけの講義より、カレヴィも楽しめるでしょ」
魔法大学に着くと、リーゼルはカレヴィの手を取って歩き出した。
広い構内には、様々な地域から来たと思しき学生や研究者たちが行き来しており、共通語の他に、カレヴィが聞いたことのない言語も飛び交っている。
「どうも、自分は場違いな感じがするな。ここにいる人たち全てが賢そうに見える……いや、実際そうなのだろうが」
カレヴィは、何とはなしに気後れして、きょろきょろと周囲を見回した。
「そうね、特にエテルナ大陸から留学しようと思ったら、学力だけではなく、裕福な家の出じゃないと難しいわね。成績優秀なら、学費免除の制度を利用できるらしいの」
「まぁ、魔法の素質がない私には縁のないところだな」
「そうでもないわ。呪文を唱えて魔法を発動できなくても、理論の構築や研究は可能だと言って、『魔素の器』がほぼない人も研究者になったりしてるそうよ。実践の時は、魔法を発動できる人の手を借りないといけないけど」
そんな話をしながら歩いているうちに、カレヴィたちは「実験棟」に着いた。
「随分と頑丈そうな建物だな。他の建物に比べて壁も厚いし柱や梁も太い」
思わず壁に触れてみながら、カレヴィは言った。
「魔導実験の中には危険を伴うものもあるから、万一に備えて、建物にも特殊な素材が使われているんだって」
「危険を伴う……イグニス殿が子供の姿になってしまったのも、魔導実験の副作用と言っていたな。たしかに恐ろしいかもしれない」
「イグニス様の事例は、原因不明だそうよ。いきなり小さくなってしまったら、大変かもしれないね。持っていた服が全部着られなくなっちゃう」
言って、リーゼルは、くすりと笑った。
「そういえば、モルティスは、ずっと二十代後半くらいの姿のままだな。あれも何らかの魔法を使っているのだろうが……リーゼルも、『魔素の器』の大きさだけならモルティスと同等らしいし、若い姿を保つ魔法を使えるようになるかもしれないぞ」
カレヴィは何気なく言ったつもりだったが、モルティスの名を聞いて、リーゼルの表情が一瞬強張った。
「モルティスって悪い人……なんでしょう? そんな風になれなくてもいいよ」
「すまん、不用意だった」
「ううん、大丈夫」
リーゼルが、取り繕うように微笑んだ。
実験棟の一室では、「魔法絵」作成の実習が行われていた。
「では、実際に『魔法絵』の作成を行ってもらう。講義で説明した通り、特殊な素材の台紙に、魔素で実物と同じ画像を投影し記録するのが『魔法絵』だ。これは、過去に学生たちが作成したものだ」
学生たちを前に、奇妙な形の魔導具を手にした中年の男性講師が実験の説明を行っている。
「昨今は技術の向上により、より鮮明な『魔法絵』が作成できるようになっている。魔導具を操作するだけかもしれないが、原理をよく理解しておくように」
そう言いながら、講師が学生たちに、開発初期のものと最近の「魔法絵」の作例を見せた。
「『魔法絵』か。エテルナ大陸にもあるが、非常に高価で、一般人では気軽に利用できないものだな」
カレヴィが呟くと、リーゼルが何か思い出したように言った。
「私の家には、両親が結婚式で作成した『魔法絵』があるわ。たしかに、最近のものに比べると画像が荒かったけど、それが、却って味になっているとも言えるわね」
「やぁ、そこのお二人は聴講生と、お連れの方だね。君たちも、『魔法絵』を作成してみないか?」
室内を歩いて学生たちの様子を見ていた講師が、カレヴィたちに声をかけてきた。
「いいんですか? その台紙も、高価なものと聞いていますが」
リーゼルが、頬を染めた。
「ああ、余分に用意してあるから問題ない。ささ、お連れの方と、ここに並んで」
カレヴィとリーゼルは言われるがまま、床に描かれた印の上に立った。
「では、こちらを見て笑ってください」
学生の一人が、魔導具をカレヴィたちに向け、何か操作を行った。
次の瞬間、魔導具が一瞬眩い光を発したかと思うと、周囲に光の粒子が散った。
「はい、できました」
カレヴィとリーゼルは、学生から渡された、両手に収まるほどの「魔法絵」を見た。
「魔法絵」の中のリーゼルは微笑んでいるが、カレヴィは緊張した面持ちだ。
「うふふ、カレヴィと一緒の『魔法絵』が作れるなんて、何だか嬉しいな」
「ああ、君との記憶を、こうして残しておけるということだな」
もし、次に「魔法絵」を作る機会があるのなら、男の姿でありたいものだ――カレヴィは、そんなことを思った。