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魔素の器

 翌日、カレヴィは早速「呪い」の解析を受けるべく、イグニス邸の隣に設けられた研究施設へ向かった。

 最初に通された研究室では、カレヴィにとっては用途不明な魔導具の数々が様々な音や光を出しながら稼働していた。その周囲では、イグニスの助手らしき者たちが何やら作業をしている。


「君たちは、街を見物に行くとかしてもらっても構わないんだぞ」


 自分についてきたリーゼルとティボー、イリヤに向かって、カレヴィは言った。


「だって、イグニス様が所有している研究施設なんて、ルミナスでも最先端でしょ? せっかく見学する機会が来たのだもの、外に遊びに行くなんて勿体ないわ」


 リーゼルが、周囲の魔導具を見回しながら楽しそうに笑った。


「俺も魔術師の端くれだからな。こんな機会は逃せないぜ」

「僕は魔法の素養はないけど、エテルナ大陸じゃあ見られないものも多そうだからね」


 イリヤとティボーも、興味津々といった様子だ。


「賑やかなのは好きだよ。君たちが見ていてくれるなら、張り合いが出るというものさ」


 イグニスが笑って言った時、研究室の扉が音もなく開いた。


「失礼します」


 そう言いながら入ってきたのは、研究者らしいローブをまとった白髪頭の老人だった。

 彼の顔を見たカレヴィたちは、思わず小さく声を上げた。


「こんにちは。昨日も、お会いしましたね。乗合飛行船で」


 リーゼルの言葉に、老人は相好を崩した。


「ああ、昨日のお嬢ちゃんたちか。まさか、イグニス様のお客だったとは」


「なんだ、顔見知りだったのかい」


 イグニスが、目を丸くした。


「彼は僕の大学時代の後輩で、優秀な研究者でもあるエーリヒだ。カレヴィくんの『呪い』の解析の手助けをしてもらうために来てもらった。よろしくね」


「そうですか。……私が、カレヴィです。よろしくお願いします」


 カレヴィが頭を下げると、エーリヒは少し驚いた様子だった。


「なんとまぁ……イグニス様から簡単に経緯(いきさつ)はお聞きしたけど、見ただけでは『呪い』がかかっているなどとは分からないね。さすがはモルティス……というのもナンだが」


 ()めつ(すが)めつ自身を見つめるエーリヒの様子に、カレヴィは苦笑いした。


「……これは?」


 ふとリーゼルが、傍にある机に置かれた、箱状の魔導具に目をやった。

 箱の表面には、大きさや色の異なる幾つかの魔結晶が嵌め込まれている。


「それは魔素計(まそけい)です。『魔素の(うつわ)』の大きさを計測する器具ですね」


 イグニスの助手の一人が答えた。


――たしか「魔素の器」とは、個々人における「一度に動かせる魔素の量」を指す言葉であり、その多寡(たか)が魔法の効果と密接な関係を持つという話だったな。同じ呪文を詠唱しても、より大きな「魔素の器」を持つ者のほうが高い効果を現わせるとか……


 カレヴィは、以前エリナに聞いたことを思い出した。


「ふぅん、俺が知ってるものとは違うな」


 イリヤは、「魔素計」を眺めて首を傾げている。


「それは最新型でね。『魔素の器』の大きさだけではなく、分野ごとの呪文の適性も判定できるんだよ。試してみるかい? こんな感じさ」


 イグニスが魔素計の上に自分の手を置いて、「輝け(ミコ)」と呟いた。魔素計を起動する言葉らしい。

 すると、最も大きな魔結晶が(まばゆ)く輝いた。更に、周囲に()め込まれている様々な色の魔結晶も輝き始める。


「大きな魔結晶の光り方は『魔素の器』の大きさを表しているんだ。周りの小さいやつが分野ごとの適性……僕の場合は、治癒系呪文の石が光っていないから、治癒系呪文を唱えても発動できないってことさ。光り方の強弱が、どの程度難しい呪文を発動できるかの目安になる」


「なるほど、それなら最初から適性のある呪文を覚えられるということか。俺は、治癒系呪文の適性が高いって分かるまで時間がかかったからな」


 イグニスの説明に、イリヤが感心した様子で頷いた。


「カレヴィも、試してみたら?」

「子供の頃に測定した時は、魔法の素質なしと言われたが……」


 リーゼルに促され、カレヴィはイグニスがしていたように魔素計に手を置いた。

 魔素計を起動する言葉を唱えても、反応はなかった。


「やはり駄目か。『魔素の器』の大きさは生まれつき決まっていて、鍛えて大きくすることはできないと聞いている」


「僕も素質なしみたいだ。分かってはいたけどね」


 カレヴィに続いて魔素計を試してみたティボーが、肩を(すく)めた。


「カレヴィもティボーも、それだけ腕っぷしが強ければ魔法なんて必要ないだろ?」


 そう言いつつイリヤが魔素計に手を置くと、魔結晶が強く輝いた。


「これは凄いね。『魔素の器』の大きさもさることながら、治癒系呪文の適性が最高に近い。君は治癒術師と聞いたが、もう少し修行すれば、ルミナスの医療機関でも即戦力になれるよ」

「そ、そこまでとは思ってなかった……」


 感心した様子のイグニスの言葉に、イリヤが顔を赤くしている。


「じゃあ、私もやってみますね」


 リーゼルも、魔素計に手を置いて呪文を唱えた。

 途端に、魔結晶が(まばゆ)く輝いた。それはイグニスの光に匹敵する――いや、それ以上のものに見えた。


「これほどの『魔素の器』の持ち主は(まれ)だ……しかも、適性にばらつきは見られるものの、全ての呪文に反応がある。これは、凄いことではありませんか?」


 黙って様子を見ていたエーリヒが、そう言って嘆息した。


「ああ、もしかしたら、『魔素の器』の大きさだけで言えば、モルティスと同等かもしれないね」

「モルティスと……?」


 驚くリーゼルを見ながら、イグニスが言った。


「君、ここにいる間に魔法大学の聴講生として講義を聞いていってはどうだい? 魔法についてはエリナから教わっているようだけど、更に高度かつ最新の魔法を覚えられるよ。手続きについては僕がしておくから、君が面倒なことをする必要はない」

「い、いいんですか?」


 突然の申し出に、リーゼルは戸惑っているようだった。


「いいじゃないか。せっかくの機会だ。イグニス様のお言葉に甘えてみては」

「そうよね……では、是非お願いします」


 カレヴィの言葉が背中を押したのか、リーゼルはイグニスに頭を下げた。


「よかった。これほどの才能を埋もれさせるのは勿体ないからね」


 にっこりと笑って、イグニスが頷いた。


 一段落して、カレヴィの「呪い」の解析が始まった。

 様々な魔導具を身体に当てられ、何かの数値を計測されたり、全身が収まるほどの箱に入るよう言われたり――それらが何の意味を持つかは分からなかったものの、カレヴィは文句ひとつ言うことなく、彼らに従った。


「これは、かなり複雑な術式を使っていますね」


 エーリヒが、難しい顔で言った。


「モルティスらしいといえば、そうだね。見た目だけで言えば、完全に女性にしか見えない状態に変化させられている……ここまでの技術の持ち主は、ルミナスにもいないだろうね」


 計測結果を記した書類を眺めながら、イグニスが答えた。


「やはり、『呪い』を解くのは困難なのでしょうか」


 二人のやり取りに、カレヴィは少し不安を覚えた。


「簡単ではないのは確かだ。でも、僕たちにも意地があるからね。問題を出されたら解かずにはいられないのさ」


 言って、イグニスはカレヴィに片目をつぶってみせた。

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