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戸惑いと優しさと

「君が……男……? 嘘だよね? どこから見ても女性じゃないか」


 ティボーが、かすれた声で呟いた。その顔からは血の気が失せている。


「私も、嘘であれば、どれほどよいかと思う。だが、これは紛れもない事実だ。呪いを受けてから、ずっと女性として扱われてきて、本当のことを言い出せずに、ここまで来てしまった。悪意など無かったとはいえ、皆を騙した形になってしまって申し訳ない」


 カレヴィは、俯いたまま、ぼそぼそと語った。自分がティボーと同じ立場であったなら――そう思うと、彼は胸の奥が痛んだ。


「ええ……わ、私、カレヴィと一緒にお風呂に入ったり同じ寝台で寝たりしてたけど……」


 耳まで赤くなったリーゼルが、恥ずかしさのあまりか、両手で顔を覆った。


「いや、むしろ納得できる部分はあるな」


 イリヤが、眼鏡をずり上げながらカレヴィに目を向けた。


「カレヴィと話してると、男と話してるみたいに感じることが多かったから……俺の気の所為じゃあなかったって訳か」


「みんな、詳しい事情は知らなかったのか」


 イグニスが、そう言って肩を(すく)めた。


「しかし、そんなにモルティスを怒らせるなんて、カレヴィくんは一体何をしたんだい?」


「……モルティスは、私の両親の(かたき)です。先代の国王陛下に仕えていたという父は、モルティスが病死に見せかけて陛下を殺害した証拠を掴んだそうです。しかし、それを邪魔に思ったモルティスに、父は殺害されました。母は夫を亡くした心労から、私を産んで間もなく亡くなった……」


 そこまで話して、カレヴィは小さく息をついた。


「論功行賞の後、私はモルティスの寝所に呼ばれたのです。私は両親の(かたき)を取ろうと、従うふりをして寝所に向かいました。普通であれば、一介の剣士が女帝であるモルティスに近付くことすら不可能ですから、正に千載一遇(せんざいいちぐう)の好機だと……しかし、今一歩というところで返り討ちにされてしまいました」


 当時の無念を思い出し、カレヴィは唇を嚙んだ。


「寝所……って、愛人になれとか言われたのか?」


 イリヤが、おずおずと尋ねた。


「そうだ。寝所の硝子の壁の中には、おそらく過去にモルティスの相手をしたと思われる男たちが『保存』されていた。そうしておけば、永遠に美しいままでいられると、モルティスは言っていた。私も、逃亡しなければ同じ道を辿(たど)っていただろうな」


 カレヴィの話を頷きながら聞いていたイグニスが、口を開いた。


「なるほど、君に逆らわれたのが気に障ったんだね。彼女らしいな」


「モルティスはルミナス出身と聞いていますが、イグニス様も、彼女を御存知なのでしょうか」

「うん、モルティスはルミナス始まって以来の天才魔術師と言われていたんだ。昔から、ちょっと我儘(わがまま)なところがあったけど、その才能ゆえに周囲からは何も言われず甘やかされていたっけ」


 イグニスは、少しの間カレヴィを見つめてから言った。


「君にかけられた『呪い』は、モルティスが独自に編み出したものの可能性が高いね。こちらとしても、是非解析してみたいと思う」

「それでは……呪いの解除に協力していただけるのですか」

「もちろんさ。これから、よろしく頼むよ」


 カレヴィは、イグニスの言葉を聞いて、安堵のため息をついた。


「ところで、ちょっと気になったんだけど」


 小さく手を上げながら、イリヤが言った。


「男から女に変化させられた時、見た目というか、顔立ちも変化したのか?」

「いや……基本的な部分は変わっていないと思うが、骨格が変わっているのか、少し丸みが増している気はする」


 カレヴィは、そう言いつつ自身の頬や顎の辺りに触れてみた。


「ということは、カレヴィって元から凄い美形ってことなんだな。女になったから美人になる訳でもないのか」


「なるほど、これは興味深いね」


 カレヴィたちのやりとりを聞いて、イグニスが、ふむふむと頷いている。


「でも、カレヴィが元は男の人だと分かって、少し、ほっとしたわ」


 そう言って、リーゼルが微笑んだ。


「そ、そうか? 黙って一緒に風呂に入ったのは悪かった……君の姿は、できる限り見ないようにしていたつもりだが」


 思わず身を縮めるカレヴィの姿を見て、リーゼルが、くすりと笑った。

 ふとカレヴィは、沈黙したままのティボーを見やった。

 ティボーは心ここにあらずといった様子だったが、カレヴィの視線に気付いて、息を呑んだ。


「……そうか、君が僕の気持ちに応えられないのは当然だよね。知らぬこととはいえ、君には気苦労をかけてしまっていたんだね」


 弱々しく微笑みながら言うティボーを見て、カレヴィは居たたまれない気持ちになった。


――いっそ、(なじ)られでもしたほうが、私も(かえ)って気が(らく)というものだが……本当に優しい男だな、ティボーは。


「でも、急に気持ちを切り替えるのは難しいな。たとえ君が男でも、きっと大切に思う気持ちは変わらないと思う。それくらいなら、許してもらえるかな」

「もちろんだ。君は、私にとっても大事な友人の一人だからな」


 カレヴィが言うと、ティボーは照れたように頭を掻いた。


「時に、君たち、ルミナスでの滞在先は決まっているのかね」


 少しの間を置いて、イグニスが言った。


「いえ、これから探すところです」

「それなら、僕の家に来たまえ。君の『呪い』を解析するのに、連絡を取りやすい態勢をとったほうがいいだろう。もちろん、連れの子たちも一緒にね。滞在費用は必要ないよ」

「そ、そこまでは……」


 イグニスの申し出に、カレヴィは戸惑った。


「はは、こちらも君を研究材料にさせてもらう面があるし、お互い様というやつさ」


「……という話だが、みんなも、それで構わないだろうか」


 カレヴィは、仲間たちの顔を見た。


「それだと、非常に助かるというのは確かだな。カレヴィの『呪い』の解析に、どれくらいの時間がかかるか読めないし」


 そう言って、イリヤが頷いた。


「イリヤの言う通りだね」


 ティボーも異存は無さそうだ。


「私は、カレヴィと一緒にいられるなら、それで……」


 リーゼルも、頬を染めながら言った。


「それじゃあ、セバスチャン、彼らを僕の家に連れて行ってあげて。僕は残りの業務を片付けてから帰るから」


 イグニスが、傍らに控えていたセバスチャンに声をかけた。


「かしこまりました。では、イグニス様の館へご案内しますので、皆さん付いてきてください」


 カレヴィたちはイグニスに挨拶してから、セバスチャンと共に執務室を後にした。


「どうなることかと思ったけど、順調に進んで良かったね」

「そうだな。エリナ殿の紹介状の効果が大きかったのだろう」


 ティボーの言葉に、カレヴィは頷いた。


 魔術師議会堂を出たカレヴィたちは、イグニスが所有するという小型飛行船で彼の館へ向かった。

 形は乗合飛行船と似た流線形だが、個人用ということで定員は八人ほどだ。

 一同を乗せた飛行船は地面すれすれに浮揚して、整備された道路を滑るように進んでいく。


「この飛行船は、小さいから高く飛べないのかしら」


 窓を流れる景色を眺めながら、リーゼルが呟いた。

 

「低空を飛行する機能もありますが、個人用の飛行船は、非常時以外は地上を走るという規則なのです」


 運転席に座っているセバスチャンが、リーゼルの言葉に答えた。


「たしかに、みんなが好き勝手に飛び回っていたら事故が起きるだろうしな。乗合飛行船は決まった路線しか通らないから心配ないってことか」


 はっとしたように、イリヤも呟いた。


「そういえば、地上を歩いている人が存外見当たらないな」


 言って、カレヴィは窓の外を改めて見た。


「実は、ルミナスの中心部には地下道や地下街があります。徒歩の場合は、そちらを利用することが多いですね」


 セバスチャンの淀みない説明に、カレヴィは、この都市の先進性が想像以上だと思い知らされた気がした。

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